前の文章で「えだのんTalk」第3弾のことを書いた。
枝野議員の感覚では、中曽根行政改革くらいから日本社会がおかしくなった、という。
具体的に「何年から」は言っていない(私は字幕だけを読んだが、音声を聞いても同じでは)。だから食い違っているかもしれないけど。共感した。
まず。中曽根首相がレーガン大統領を別荘かどこかに招いたことが大ニュース扱いなのに違和感があった。今思えば日本はアメリカより地位が低い、という認識が私には足りなかったからだろう。
東西対立の相手・北方領土で対立しているソ連の書記長が中曽根氏の別荘に滞在したのなら大ニュースだろうけどさ、という考えだった。
中曽根政権時代・・・バブル期が始まった頃、と考えていいのかな?
バブル期を懐かしんだり羨んだりする人達も多いようだが。
私の記憶の中では、不動産関係・金融関係などで暗躍する今なら反社会の面々の活動が地下から姿を現わして社会のあちこちに影を配置しているのを目の当たりにしていたようで。暗い時代になっている。
新卒の職場で人間関係に恵まれ、個人的には楽しく幸せだったのだが。町や報道でふと目に入る暗い影に殺伐というかじっとりしたものを感じていた。
現実に、地上げ・金融機関での不良債権増加(よく言われる「晴れた時に傘を貸す」だけでなく。不動産関係で怪しい動きをしていた人達に引きずられて潰された感もある。ある登記証明書に怪しい明細をみつけてしまった)・・・などが起きていた。
日本企業がアメリカ人が大事にしている不動産を購入。違法ではないし関係者にはメリットもあったのだろうが、アメリカ人一般の気持ちを思うと、いい気はしなかった。
国鉄がJRになったことに賛否はあったが。私としては、旧国鉄従業員への怒りや不満を露わにする人達の度が過ぎているように感じたし、その結果なのか、清算事業団の事情はつらいものだったようだ(国連の担当組織からもアウト判定ばかりだった)。
・・・等々。きりがないのでここらはやめる。
(しかし。書くことを選び取る・使う言葉を考えるのがこんなにわからない文章も初めてだ。まだ整理できていないのだろう。読んでくださっている方々、通じていますか?)
枝野氏の件で私に衝撃だったのは細川隆一郎のことだ。
バブル期最中か崩壊直後(それでもディスコの「お立ち台」とか流行っていたそうで。時差?)、細川隆一郎は有名だった。
その著作も出演番組も見た覚えはないが。細川氏の本の広告はしょっちゅう新聞に載っていたし、テレビ番組にも頻繁に出演していたのはなんとなく知っていた。
それだけ知見がある評論家なんだろうな、としか思わず。竹村健一とか一目置かれるおじさん達は今思えば驚くほどメジャーで。今そんな「大物」扱いされる人はいる?
ピンクレディーが毎日テレビ番組欄を埋めていた頃を知る者にとっては、多くの人が「スター」に群がるのはさほど驚くようなことではなかった(無駄情報だが、私はスターやアイドルへの興味はなく。英米のロックなど聴いておりました)。
枝野議員が「世界日報」で新春座談会に出席した仲立ちが細川隆一郎だった、ということから気づいたことが衝撃だ。
細川氏、旧統一教会と親しかったそうで。もしかして、あの人気は旧統一教会の応援(選挙ならサクラ的な?)によるものだったの?
細川氏だけでなく。社会人となった時から今日までの私の「こういうのが好きな人達が社会を動かしている人なんだな」とか「こんな考えが今の日本社会で賛同を集めているのか」などの「社会のイメージ」とは、単に旧統一教会の手の平で踊る人々を見ているだけだったのか?
政治家・評論家・桜田淳子・新体操の山崎氏・・・他にもいる?
昭和末期から、日本社会のあらゆる分野に、信者・「賛同会員」・共鳴者・応援者がいたの?
それに影響されたりされなかったり、ただそんな狭い世界が日本だったのか?
その中で、良い意味でも悪い意味でも「これが現実なのね」「大人というものはこんなものだったんだ」「私自身が納得できる仕事とは?」・・・と経験を重ねてきたつもりだったのに。
旧統一教会が作ったはりぼてが判断材料のほとんどだったりする?
それなら私だって彼らの手の平の上にいたようなものだ。