トラカリコン!

「虎・借り・コン!」。虎の威を借りた狐。虎の威を借りて吠える狐が私…。虎が何であるかは、本人にもわからない。

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矢部宏治著「日本人はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」を読んだ方からの、憲法改正についてのコメントをお待ちしています。 コメント受付用記事 のアドレス http://blog.goo.ne.jp/kanra-toriko/e/a08c500525a4ba2e568012c53edbaa6f

盛り上がらないこの問題・・・NHKの捏造事件も起きたのに<CLP*立憲民主党(5)>

2022-01-17 22:50:18 | アベスガ政治の仕上げ中?
去年の立憲民主党代表者戦では、西村議員の弁舌に好感を持った。姿勢(特に、「野党は批判ばかり」への対応や、立憲民主党は公共を縮小する維新とは違うので、というような)も言葉の選び方も態度(どっしりしてました)も。だけど、この件での発言は苦しい。


とはいえ、会見(BLOGOS 2022年01月13日 15:02【全文】立民・西村幹事長がCLP問題を説明「適切でなかった」 福山前幹事長は処分せずhttps://blogos.com/article/576023/)でもベースには共感できた。

第2次安倍政権以降の自民党の官房長官達の会見を彷彿とさせる言葉は多い。しかし。そういえば、記者会見で党や議員の行為の違法性や犯罪性の有無が盛んにテーマになるのは、第2次安倍政権以降のような。それまでは、主に政策や政治責任や任命責任などの確認そして追及の場だった。健全だったなあ。
なので、この種の記者会見でのやり取りが野田政権・菅(かん)政権・鳩山政権・福田政権・麻生政権の官房長官の会見ではなく、第2次安倍政権・菅(すが)政権に似通ってしまうのは仕方ないかな。



それでも「やはり非常にメディアと政党との関係というのは一言では語りつくせないものもあるし、その時代時代で色んな媒体もございますので、私は今回のことを契機にぜひ関係性、あり方について議論が深まっていくということを望んでおります。」という発言のように、「私もそう思う!」もあるのだ。

NHK衛星放送で放映された、河瀬監督が東京五輪の記録映画制作(本人は「創作」する意向のようだが)する姿を追ったドキュメンタリー。「東京2020」への反対運動に日当5千円目当てに参加した人がいた、という捏造が施された。
反対運動は安倍元首相に忌み嫌われているし。政府は札幌での2030年冬季五輪をやるつもり。当然、今後の反対運動を封じたい。
制作者達による筋書きは見え見え。なのに、NHKは的外れなお詫びと会見しかしていない。

16日のNHKスペシャルもひどかった。予告には立憲民主党の泉代表と落選した辻元氏の顔もあったのだが。内容は。私なら、「コロナ禍という未曾有の危機の中、自民党の大物(で有能な)政治家達は緊迫した政局をこう動いた」と要約してしまうかもしれない。ただ、それだけの内容。ナレーションは「プロフェッショナル仕事の流儀」の人だった・・・という情報でイメージがつかめるのでは。

どうなの、公共放送ではなくて政府自民党の広報局みたいな番組達は。
立憲民主党から資金援助されていた頃のCLPの方が公共性を意識していたのでは、と想像してしまう。
一線を越えてNHKを支配下に置いてしまった政府。政治や政党とNHKの関係の現状も合わせて立憲民主党とCLPの件を考えなければ、二度手間三度手間じゃないの?



ただ、このようにテーマを広げると、今だとおおかたのテレビ・新聞は参加しないだろう。自分達がもう当事者だもんね〜 森友学園問題の維新・安倍元首相・麻生前財相のように、調査する立場ではなくされる立場になりつつある。
10年かそこらで、なんという日本になってしまったのだろう。



CLP問題については考える材料がまだ揃っていない。福山前幹事長の記者会見も望むがそれよりCLPからの資料が必要だし、出されるようだ。
まともな議論・対処が行われますように。
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時系列第2版<CLP*立憲民主党(4)>

2022-01-17 22:50:18 | 政治や経済
立憲民主党西村幹事長の12日の定例記者会見の内容を入れた(*1〜*7)。



<2016〜2019(2020?)年(CLP立ち上げ当初>

現在の、市民サポーター型の「公共メディア」という方針・明確な理念はもてておらず、制作しているコンテンツ(選挙時に投票を呼びかける動画)の方向性や内容についても試行錯誤が続いていた。
(現共同代表・佐治洋の)自費で制作。しかし、運用資金がかかるので手弁当で制作を続けることは困難な状況に。番組制作費の支援やスポンサーとなっていただける方を探した(企業スポンサーを探してプレゼンをしたり、大口の個人で寄付をいただける方を探したり、その他団体など)。

立憲民主党の福山哲郎氏にも面会。「フェイクニュースやあまりに不公正な差別が横行する状況に対抗するための新しいメディアを作りたいという理念に共感をいただき、広告代理店・制作会社を通じて番組制作のための支援をいただくこととなりました。」
(福山哲郎氏名義のコメント「フェイクニュースに対抗するメディアの理念に共感したため、広告代理店と制作会社を通じて番組制作を支援した」)




<2020年3月>

佐治洋、それまで所属していたテレビ制作会社を退社。CLPはまだ法人化していなかった。
立憲民主党から「番組制作費」として、広告代理店や制作会社を通じて資金提供(佐治の給与、A氏・工藤の報酬、その他制作にかかる外注費として使われた)を受け始める(*1 請求の開始。支払いは8月から)。




<2020年7月>

CLPの理念をまとめ法人化し、「公共メディアを作る」としてクラウドファンディングを開始(9月まで。3147万8500円が集まる)。自分たちのファンドを運用できるように。
「この時点から、自立・独立した形でのメディア運営が開始されたという認識でした。」
「ネットメディアは、これまで私が長く働いてきたテレビ業界の、スポンサーがお金を出す形態とは全く違うものでした。初めての挑戦に叱咤激励されながら、やがて本当の意味で「番組は視聴者と一緒に作るものだ」と気づかされました。




*2<2020年8〜10月>

立憲民主党が広告代理店にCLPからの請求(2020年3〜8月分)4回分(合計1500万8270円)を支払う。政治資金報告書には、番組制作費・企画広報費と記載。複数の弁護士によれば取引実態もあるので寄付には当たらない(西村幹事長の回答)。




*3<2020年8月7日>
4回の支払いのうち1回目447万5390円が支払われた。




*4<2020年9月>

これまでの立憲民主党が解党。
CLPからの請求4回目は9月1日に為された。
クラウドファンディングの開始により、党からの支援は9月まで、と協議で決定(福山氏コメントによれば、「自立できるまでの期間」支援)。




*5<2020年9月4日>
4回の支払いのうち2回目563万7090円が支払われた。




*6<2020年10月9日>

4回の支払いのうち3回目251万1420円が支払われた。
4回の支払いのうち4回目238万4370円も支払われた。新・立憲民主党が福山幹事長(当時)の決済で行なった。





<2021年1月>
サポーター制度(市民が継続的にメディアを支える)を整え、ホームページに理念をまとめる。



<2021年7月>
工藤剛史共同代表に就任。



<2021年11月>
報道に携わるA氏CLP脱退。



<2021年12月31日現在>
マンスリーサポーター制度において1824人が登録し毎月数百万円がCLPに入っている。





<2022年1月5日>

小島慶子氏・津田大介氏・南彰氏・望月衣塑子氏・安田菜津紀氏が連名で、「Choose Life Projectのあり方に対する抗議」文書を公開。

この文書があげている、現時点にある2つの重大な問題とは、
①「公共メディア」を標榜しつつも、実際には公党からの資金で番組制作を行っていた期間が存在すること
②その期間、公党との関係を秘匿し、一般視聴者から資金を募っていたこと




<2022年1月6日>
共同代表・佐治洋氏がCLPサイトに「Choose Life Projectのあり方に対する抗議」へのご説明を公開。


*7<2022年1月12日>
立憲民主党の西村幹事長が、福山前幹事長への聞き取りと関係書類確認などの調査結果を定例記者会見で語る。





以上、大部分を「Choose Life Projectのあり方に対する抗議」から、他には福山哲郎氏のコメント報道 J-CASTニュース(https://www.j-cast.com/2022/01/06428366.html?p=2)・「Choose Life Projectのあり方に対する抗議」・西村幹事長会見(BLOGOS 2022年01月13日 【全文】立民・西村幹事長がCLP問題を説明「適切でなかった」 福山前幹事長は処分せずhttps://blogos.com/article/576023/)を加えて整理。
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巻き込み自殺者、政治家

2022-01-17 22:50:18 | アベスガ政治の仕上げ中?
高2生が、ボヤを起こしながら東大に近付いて3人を刺し、自分のことは刺しそびれた。1月15日のこと。この事件を、大阪のクリニック・京王線・小田急線・・・とまとめることもできる(被害者の方々にどこかが失礼な気がするのだが)。




闘病中しかも治療方針思案中の身なので、自分の最期について想像しているこのごろ。
(a)苦しまずすんなり・(b)痛みや苦痛の中で・(c)(b)かと思いきや最後の一瞬は楽になる・・・のどれかだろう。

私が見送った家族2人はどうだったか。意識があるかどうかわからない状態だったが、最後には閉じた瞼から涙が溢れ出た。
生理現象なのか感情的な反応だったのか知りたい。

それで、2人目である父が死んでしまった頃に同じくお父様が亡くなった友人に、涙のことを尋ねたが。最期には間に合わなかったそうで、そのことに傷ついていたので。あれから誰にも尋ねていない。

ただ、療養型病院で亡くなったお父様の死に顔が衝撃的だった、という人と話したことがある。苦しみ・怒り・悲しみに満ちた、無念そうな表情だったそうだ。その病院の態勢のせい(患者の異変に目が行き届かない)だったのでは、と後悔しておられた(だからお母様を自宅で介護するために退職する、とのこと)。
どうなんだろう。若くして去った友人も含め、私は安らかな死に顔しか見たことがないので。病院で亡くなれば、死後硬直の前に看護師さんか誰かが表情を整えてくれていそうな気がする。それをやってくれない病院だったのかも。

亡くなる本人にとって最期がどんななのか。自分なら、上の(a)(b)(c)のうち望ましいのはどれだろう。
生きることへの未練が消えそうなので(b)が良いかなあとは思う。でも、「つらいから早く死んで早く楽になりたい〜」と思いながら逝くのは、尊厳みたいなものを放棄するようでひっかかる。たいした人生でもなかったが、悩んだりなんとかしようとしたり。運が良かったような悪かったような。そういう人生を「一刻も早く終えたい」というのは、たぶん主に自分に対して申し訳ない気がする。が、肉体的にあまりにつらかったらそういう感傷も台無しになるかもね。
(a)や(c)だとなあ。この心地良さをもう少し味わうために死にたくない、という気持ちでいっぱいになりそうだし。


・・・というようなことを考えている人もいる。そしてもちろん、「自分の最期」などではなく自分の現在や未来も考えている。いつも考えているわけじゃないけどなんとなく感じている。
みんな生きている。それを踏みにじらないでもらいたい。尊重してほしい。




しかし。病気がわかってから、私の感覚はどこか麻痺しているようなのだ。
人を、それも計画的に殺す。それが大罪である、というのは変わりがない(「大罪」っていうのもしっくりしない言葉ではあるが)。でも、人を間接的に死に追いやることはどうなのか。そうしておきながら何事もなかったように好きなように生きる、そういう人達は何なんだ。
・・・と考えてしまう。

もしかしたら私にとって晩年になるかもしれない近年。生まれ育った日本が変わってしまった。なんだかパラレルワールドに来ちゃったみたいな気がする。
日本は変に浮かれてたり弱体化してもがいたりしてきたが、それは目的地に着くまでの過程、そう思い込んできた。一歩進んで二歩下がりながらも、良い方向に進んでいるはず、と。
でも、第2次安倍政権成立以降は、目的地・方向を変える、と宣言されているようなものだ。

私だけではない。安倍政権を批判していた高齢者には亡くなった方々も多いが。受け入れ難い統治下に人生の終盤が置かれ、さぞ心残りだったろう。
そういう人達のうち有名人は、一周忌などに思い出や功績が報じられたりする。私が目的地・方向と思ってきたものは彼らの言葉で培われたんだなあ、としみじみ。そして、私も「こんな日本になるなんて」と失意のうちに死ぬのだろうか(あ、余命宣告とか出てないですが)。


安保法制「改正」時に焼身自殺してしまった人がいた。遺書によると法案に抗議するため。だが、本当のところはわからない。
湯川氏・後藤氏は助けてもらえなかった。政府は水面下では努力していたという説はあるが、私には信じられない(根拠はイスラエルでの演説内容など)。
政権の「功績」に関わった公務員には自殺者達も。
気候的な災害と新型コロナでも犠牲者が。あの対応が政府の「精一杯」だったというのか。
海外独裁政権への援助(見返りは「東京2020」)。それらの国の一般国民は迫害されているのに。
そして、死刑囚達。制度ではあるが、命を奪う行為であるのは同じだ。なのに執行の日に大宴会という感性はわからないなあ。

今も嬉々として外交や防衛を語って回っている。大きな政治(って言うのかなあ)が好きなんだろう。一人一人の尊厳というような小さなことには興味がないのだろう。自分達政治家の判断で命を失った人達のことを思い出すことはあるのだろうか。

(思い出さない人達だから、新型コロナ禍の中の大学入試共通テストの方針・「#不備ループ」への対応といった、個々の人生の一大事を意識しないで年末年始を過ごせたんだよね)

そして。そういう死者達の命に見合った成果は本当に得られたのか?

ああいう政治家達が正々堂々と支持を勝ち取っているなら、あきらめもつくかもしれない。しかし、現実は「自分達の目的は正しいから手段は問わなくていい」と言わんばかりの、資金力と権力の乱用だ。





他者のことを、自殺するための道具や舞台装置扱いする犯人達。
政策のために国のために、実は自分達のために、犠牲者を出すのが既定路線になっている、政治家達。
両者の間にくっきりとした境界線は引けるだろうか。私には、両者の思考回路には共通の部品がある(または皆に共通の部品が飛び去ってしまっている)ように思える。
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「室井さん」か昭恵夫人か(岸田首相)

2022-01-12 15:56:40 | アベスガ政治の仕上げ中?
第2次安倍内閣・菅内閣で閣僚を務めた政治家達なら、私は誰も信頼しない。
首相に異議を唱えるべき局面は多々あったのに。あんな9年間にせめて1人くらいは辞職覚悟で動いても良かったんじゃないの?
というわけで、昨年の自民党総裁選には誰にも期待していなかった。もちろん岸田新総裁に対しても。

ただ、2代の前任者達とは違って、陰険さ・陰湿さ・残忍さといった言葉はあてはまらない印象。




では、安倍氏・菅氏のような毒気はないか、というと。安倍昭恵氏のような「かまとと」的な毒を感じないでもない。

岸田首相は「聞く耳あり」の自己評価通りにわりと開放的に見えるし攻撃的な態度を見せてもいない。
だが、「善き志」(という言葉でどうでしょう。あくまで「」付きなのがポイント)ある人々と一見無害だが社会に地雷を埋め込むような会話(や約束。「良い話ですから進めてください」のような)をして回っていた安倍昭恵氏・・・という前例がある。そういう「毒」もあるのだ、と夫人には思い知らされてきた(最近発見された地雷が「東京2020」記録映画監督の河瀬監督だ)。
ご本人のえぐい言動が伝えられるわけではないが。昭恵夫人を利用した人達はえぐいなあと思うし。ご本人が本当に無垢なのかは怪しい。無邪気な無分別な無神経な悪意をたま〜に使って他人を動かし、周囲の人間関係における序列を確認するお嬢様、私は何人か知ってた。

露骨に腕力を使うのではなく、いつのまにか、ふわ〜っと。不本意な、思いがけない方向に連れて行かれてしまう。いつのまにか「アベスガ政治」が完成されてしまう。岸田首相にそんな恐れを感じるのは怯え過ぎだろうか。



疑ってごめんなさいな展開は、「踊る大捜査線」の室井さん的なもの。
室井さんは、警察組織の不条理さに悩んでいるが。湾岸署の青島刑事から、「上」へ行って改革を、と託されている。なので、出世街道から外れないようにしていた。

選択的夫婦別姓制度に対する態度のように、かつては「リベラル」と評されていた首相。そうでなくても、第2次安倍政権以降の政治のあり方とそれが日本内外に与える悪影響に心を痛める方が普通の感覚なのでは。
首相になって強い権力を握るまでは本心は出さない。アベスガな人達(維新含む)との対決は、それからだ。・・・そんな期待を持って、首相は官房長官人事(*)などで安倍元首相に逆らっているので2人の間に亀裂が、というような記事を読むと。岸田さん、応援しようかな、と一瞬思ってしまう。

この場合、「アベスガ政治」は挫折するのかもしれない。だが、岸田首相ってそんな人かな? その政策などを見極めればわかるだろうか。
日本学術会議問題や赤木裁判への態度からするとね〜

しかし。
こんなに長い間自民党に期待できないなんていくらなんでも、という思いはある。昭和の頃、大平さんとか宮澤さんとか伊東さんとか、「さすが。こういう人物が出てくる」と感心したことがあったので。




なので、室井さん説に逃げ込みたい気もするが。

「(・・・)長官番記者にとってみれば、記者会見で菅の怒りを買う質問を執拗に繰り返すよりも、別の機会にサシとなって懇談取材に呼ばれる方が、メリットが大きいという思惑もある。だから、“はぐらかし”答弁を殊更、問題視することもなくなっていった。メディアと菅官房長官との打算的な関係が築かれていたともいえる。つまり、“鉄壁のガースー”は、こうした関係を前提として成立していた“幻想”のようなものだった」(柳沢高志『孤独の宰相 菅義偉とは何者だったのか』文藝春秋)

ウェブ論座「永田町で話題の菅義偉氏の内幕暴露本に見る「政治報道の落とし穴」内容は読み応えあり。オフレコ発言の扱い、政治家と記者の間合いをどう考えるか」星浩 政治ジャーナリスト 2022年01月10日(https://webronza.asahi.com/politics/articles/2022010700001.html?page=1)・・・からの孫引き。



岸田首相は室井さん的に動いてきたと仮定してみても、日本が失うものは多そうだ。
国家財政や自然環境など、物理的な損失だけでなく。信頼や善悪や勇気など、精神的な損失。

「踊る大走査線」の完結編はなかったと思うが。たぶん、室井さんは失敗してます。



------------------------
((*)でも、今の官房長官って森友学園問題が浮上した時に文科大臣だったような。ということは、あの出来事の隠蔽に携わったと言える。そのままなら元首相とは同じ穴のムジナじゃん)
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「Dappi*自民党」との対称性を唱えること<CLP*立憲民主党(3)>

2022-01-09 23:04:00 | その他ニュース関連
この件についてまたもや「立憲民主党がまたブーメラン」と書く人が多いだろう、という予想通り。
だが、そういう見立ては妥当ではないような。

CLP(公共メディアを目指す)とDappi(安倍政権のためなら虚偽情報も厭わない)の発信情報の質の違いはもちろんだが。数的には多くもない共通点を示して各々を線で結んで「ブーメラン!」こと「対称性ある!」というのには無理を感じる。
相違点もあげて線でつないで各々の輪郭を見れば、「CLP*立憲民主党」と「Dappi*自民党」の関係は対称状態ではなくて、私の感覚だと後者はもっと大きな像の一部に過ぎない。

(「CLP*立憲民主党」は福山前幹事長が認めているが「Dappi*自民党」は自民党は認めていないしまだ裁判中なのだから安易に並べるな、という意見もありそう。だが、「Dappi*自民党」はどうせ解明されないんでしょ。第2次安倍政権以降、ドリルでハードディスクを壊すことから始まって何もかもそうだ。もう付き合いきれないです)

両者の共通点5個をあげてつないで「ほら、五角形だから同じ」。だけどよく見れば片方には頂点がまだ3個ある。全部をちゃんとつなげば八角形だから、この2つは違う図形だ。・・・ものすごく簡略化した例えになるが、そんなイメージで。




デジタル思考なのか、回答を2択にして即決するのが良し、という価値観が広がっているような。でも、即決する必要がないことは抱えたままで考え続ければいいのではないか。即決する必要がある問題の方が少ないような気もする。

あくまで想像だけど。文字を手書きした経験とパソコンやスマホで入力する経験の大小が影響しているのでは。私は入力の方が多いけど、それが当たり前のように育った世代とは全く違うはずだ。
自分が握っている筆記具が接した点から紙の上に文字を少しずつ完成させるのと、ボタンを押すとちょっと離れた画面に文字の完成品が一気に表示されるのとでは、文章を書く感覚がまるで違う。
文章・文字と自分の身体との距離の違いかな。打ち込んだ文章がポン!と「向こう」に出現して俯瞰的に見える。すぐに自分の体から離れるのだ。それに対して、手書きだとしばらく自分とつながっている感覚があるので、入力文字よりもひきずる。そのくせ、(字が下手なので)読みにくい。なので、すぐには割り切れない。
自分の文章すなわち言葉にも相手のそれにも、そういった体温みたいなものを感じながら、すぐには割り切らない・型にはめない。根気や体力が必要だが、一瞬の変な張り詰めがなくて済むのでは。

世の中、そんなにくっきりはっきり輪郭を描けることばかりではないと思う。無理に線をひくと、グラデーション部分が切り捨てられる。
その場限りの勝敗判定ではなく、先につながる成果を生み出すのが重要。現実は逆になっていることが多い。が、本当はそうすべき時代にあるような。
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