ボブ・ディラン(1941~)
ボブ・ディランの祖父母はロシアのオデッサ(現ウクライナ)とリトアニアからの移民である。ユダヤ人としてはアシュケナジムに属する。父と母は小規模だが絆の強いミネソタのアシュケナジム・ユダヤ人の一員だったという。ボブは1941年5月24日にミネソタ州ダルースに生まれている。1946年、弟デイヴィット誕生、翌年、一家は100キロ北の砂鉄の産地で知られる鉱業都市・ヒビングに転居する。(露天掘り鉄鉱床としては世界一で全米各地のUSスチール工場で鉄鋼に加工される。)
ボブは幼少期より家にあったピアノを独習し、ラジオから流れる音楽を聴いて育った。やがて、ギターを覚え、ピアノを弾いて、レコード店に入り浸った。ハイスクール時代はロカビリーの全盛期で、エルビス・プレスリーに憧れ、バンドを組んで、演奏活動を始める。18歳、奨学金を得て、ミネソタ大学に入学するが、半年後には出席しなくなる。ギターとともに音楽に生きることを決心した。
ガスリー(1912~67)
ボブはレコードで聴いたウディ・ガスリーの音楽によって生涯を決定づける衝撃を受ける。ガスリーは、戦前に大ヒットした「わが祖国」が有名だったが、一貫した社会主義者で、行き過ぎた資本主義とファシズムに反対する闘志だった。スターになる前は放浪生活も一文無しも経験し、愛憎激しく3度の結婚をした。ガスリーのメロディーとメッセージには人を動かす力があった。晩年はうつ病、ハンチントン病に苦しみ精神病院で死んだ。子供の何人かは歌手になっている。ボブはガスリーの人生の最後の年に訪問して、「私の最後の英雄」と描写し、デビューアルバムには「ウディに捧げる歌」を入れている。
20歳の時、ボブはニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジでクラブやコーヒーハウスで弾き語りを始めた。やがてコロンビア・レコードのプロデューサーの目に留まり、レコードデビューする。ロンドンでも「新たなるヒーロー」と評判になる。反戦歌で名をはせたジョーン・バエズにも楽曲を提供し度々共演している。公民権運動が高まるとボブは「フォークの貴公子」として時代の代弁者の言われる。「風に吹かれて」「時代は変る」など数々のヒット曲は世界にとどろいた。ボブの楽曲は時代を動かすメッセージとメロディーがあり、他のアーティストたちによってもその世界は広がった。同世代のビートルズとは互いに交流し影響しあい、ジョージ・ハリスンとは生涯の友になった。
スティーブ・ジョブズ(1955~2011)
ボブの音楽には時代を越え、国境を越え、あらゆる分野を開拓するエネルギーがあった。テクノロジーで最先端を走り、IT革命を起こしたスティーブ・ジョブズはボブの音楽を聴いて育った。とくに「時代は変わる」はジョブスを時代の申し子にした。「アップル」を立ち上げ大成功した後に、ジョブスはその「アップル」を追われる。再起を図るジョブスは繰り返し繰り返し「時代は変わる」を聴いた。そしてついに社会の仕組みを変える「スマートフォン」の時代を切り開いた。CEOに返り咲いたジョブスは株主総会で、「時代は変わる」の歌詞を披露している。
ボブ・ディランの音楽にはメッセージとともに文学があった。レコードデビュー50周年を迎えた2012年には、「チェンジ!」を唱えて大統領になったバラク・オバマより「大統領自由憲章」が授与されている。オバマ大統領は「正直、本当に大ファンなんです。大学時代にボブの曲を聴いて、彼がこの国の極めて重要な何かを捉えていたので、私の世界が広がっていったのを覚えてますよ。」と語った。2016年10月には、「アメリカ音楽の伝統を継承しつつ、新たな詩的表現を生み出した功績」を評価され、歌手としては初めてのノーベル文学賞が授与された。
「風に吹かれて」
どれだけ砲弾を撃ち込めば、気が済むのだろう
どれだけの死人が出れば戦争を止めるんだろう
いつになったら平和になるんだろう
いつになったら人々は自由になれるんだろう
誰にもわからない、それは風だけが知っている
(猶興改訳)
~~さわやか易の見方~~
「風水渙」の卦。渙(かん)は散るである。ちょうど風が吹きわたり全てを散らしてゆく象である。水面を吹く風にのって船は進む。風が吹かなければ進むことはできない。大をなすものは時代の風をとらえることである。
音楽は時代とともにある。ボブ・ディランの音楽はまさに時代とともにあった。ベトナム戦争に人々が嫌気がさしている頃、自然と民衆の心とともにボブ・ディランの音楽があった。そして今、ウクライナ戦争の渦中にある。戦争はいつになったら終わるのか。「風に吹かれて」だけではあまりにも虚しい。人類は本当にいつになったら眼が覚めるのか。戦争なんてしている場合じゃないだろう。
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