今、家庭教師をしている中学一年生の男の子、
最近、ちょっと不登校気味。
親御さんたちはそういう状態が長引くに連れて
かなり疲れてこられた様子 。
こういう状態の親御さんやお子さん、たくさんいるのだろうなと思います。
まさかうちの子が不登校になるなんて思っても見なかった…
他人事だと思ってた…
まさか自分が不登校児の親になるとは…
そんな親御さんの声、たくさん聞きます 。
独身の頃、不登校や引きこもりのお子さんや成人の方々と関わる仕事をしていたので、
そういう悲痛な声をたくさん聞きました。
不登校ってそんなに悪いことなの ?
不登校についてちょっと考えてみましょ 。
今日は学校に行けた!今日は行けなかった…
と毎日学校に行けたか行けなかったかで一喜一憂していては親御さんもお子さんも疲れ果ててしまいます 。
★一番大事なのは、お子さん自身が学校に行かないことに罪悪感を持たないこと。
少し前、世の中で「不登校」や「引きこもり」が問題になり始めた頃、
引きこもっていた子や学校に行ってない子が何か問題や犯罪を起こすと、
「あの子は不登校だから…。」とか「あの子は引きこもりだから…。」
と見られがちでした。
引きこもるような子や不登校するような子はどこかおかしいと見られていた感があります。
それはまったく間違っています 。
不登校をしている子も引きこもりをしている子もみんなかわいらしい、いい子たちです。
そして一生懸命に生きています。
引きこもったり不登校をするような子がおかしいのではなく、
引きこもりや不登校をしている本人がそのこと自体に罪悪感、罪意識を持ってしまうことによって
ゆがんでいくような気がします。
つまり、人をゆがめていくのは不登校やひきこもりではなくて、
「罪悪感」なんです 。
社会からの偏見、子どもを責める親。
親御さんが自分の子育ての仕方に自信をなくしたり、
自分自身に罪意識を持ってしまっているケースが多いように思います。
学校に行かないことは何も悪いことではありません。
本人の自由です。
「義務教育」の「義務」というのは「子どもが学校に行かなければならない義務」ではありません。
貧しくて、学校に行きたくても行けなかった時代、
家の手伝いなどの理由で学校に来させないというのはやめましょう、という意味での
親への義務だったんです。
今の時代、「義務教育」という言い方自体ちょっとおかしいのかもしれません 。
「学校に行かなければならない」
なんていう固定観念からちょっと離れてみれば、
不登校なんてまったく問題ないんです 。
ちょっと人間関係がうまくできない、とかちょっと気が弱いとか…
学校にちゃんと行っていたのに人間関係が下手な大人、
気が弱い大人なんていっぱいいますよね。
要はそういう学びは学校以外のところでもいくらでも機会はあるということです。
というか、
ちゃんと学ぶように機会が与えられるようになっているんです。
だから、学校に行かないとバランスの悪い子どもになるのでは?
なんて心配する必要はまったくないんです 。
もちろん学校を否定しているわけではありません。
学校でたくさんのことを学んでいる子どもたち、
先生方もいます。
そこだけがすべての人にとっての学びの場ではありませんよということです 。
もっと自由に生きましょうよ
もっと自由に
そんなにカチカチに考えずに 。
最近、ちょっと不登校気味。
親御さんたちはそういう状態が長引くに連れて
かなり疲れてこられた様子 。
こういう状態の親御さんやお子さん、たくさんいるのだろうなと思います。
まさかうちの子が不登校になるなんて思っても見なかった…
他人事だと思ってた…
まさか自分が不登校児の親になるとは…
そんな親御さんの声、たくさん聞きます 。
独身の頃、不登校や引きこもりのお子さんや成人の方々と関わる仕事をしていたので、
そういう悲痛な声をたくさん聞きました。
不登校ってそんなに悪いことなの ?
不登校についてちょっと考えてみましょ 。
今日は学校に行けた!今日は行けなかった…
と毎日学校に行けたか行けなかったかで一喜一憂していては親御さんもお子さんも疲れ果ててしまいます 。
★一番大事なのは、お子さん自身が学校に行かないことに罪悪感を持たないこと。
少し前、世の中で「不登校」や「引きこもり」が問題になり始めた頃、
引きこもっていた子や学校に行ってない子が何か問題や犯罪を起こすと、
「あの子は不登校だから…。」とか「あの子は引きこもりだから…。」
と見られがちでした。
引きこもるような子や不登校するような子はどこかおかしいと見られていた感があります。
それはまったく間違っています 。
不登校をしている子も引きこもりをしている子もみんなかわいらしい、いい子たちです。
そして一生懸命に生きています。
引きこもったり不登校をするような子がおかしいのではなく、
引きこもりや不登校をしている本人がそのこと自体に罪悪感、罪意識を持ってしまうことによって
ゆがんでいくような気がします。
つまり、人をゆがめていくのは不登校やひきこもりではなくて、
「罪悪感」なんです 。
社会からの偏見、子どもを責める親。
親御さんが自分の子育ての仕方に自信をなくしたり、
自分自身に罪意識を持ってしまっているケースが多いように思います。
学校に行かないことは何も悪いことではありません。
本人の自由です。
「義務教育」の「義務」というのは「子どもが学校に行かなければならない義務」ではありません。
貧しくて、学校に行きたくても行けなかった時代、
家の手伝いなどの理由で学校に来させないというのはやめましょう、という意味での
親への義務だったんです。
今の時代、「義務教育」という言い方自体ちょっとおかしいのかもしれません 。
「学校に行かなければならない」
なんていう固定観念からちょっと離れてみれば、
不登校なんてまったく問題ないんです 。
ちょっと人間関係がうまくできない、とかちょっと気が弱いとか…
学校にちゃんと行っていたのに人間関係が下手な大人、
気が弱い大人なんていっぱいいますよね。
要はそういう学びは学校以外のところでもいくらでも機会はあるということです。
というか、
ちゃんと学ぶように機会が与えられるようになっているんです。
だから、学校に行かないとバランスの悪い子どもになるのでは?
なんて心配する必要はまったくないんです 。
もちろん学校を否定しているわけではありません。
学校でたくさんのことを学んでいる子どもたち、
先生方もいます。
そこだけがすべての人にとっての学びの場ではありませんよということです 。
もっと自由に生きましょうよ
もっと自由に
そんなにカチカチに考えずに 。