杉 良太郎さんの幸福感その2 No.8
日本からの出演者は、五代夏子さん、夏川みりさん、秋川雅史さん、W-indsさん。
舞台に上がる前、歌い終わった後の表情を楽屋裏でとらえていて放映されていました。
歌手の方々の生の表情がみれるのも面白かったです。
日本では有名な歌手でも、さすが異国で受け入れられるかどうか、全員が出演前は緊張していて、歌い終わった後は、観客からの声援に救われたといっていました。
杉 良太郎さんは、異国訪問したとき必ず、まず日本人墓地を訪れている。
また現地の市場や身障者施設の訪問も欠かさない。
「病気の人や年寄り、子どもは自分の力だけではどうにもならないものがある。
底辺で一番苦しんでいる人たちに会って、その痛みを一緒になって受け止めなければ
本当の交流とはいえない」と杉 良太郎さんはいっている。
また「ハノイやオーチミンの市場の前には子どもたちが倒れていた。
それはみんなハンセン病の患者だった。『さわってはいけない』。文化省の人に言われ、
何もしてやれなかったことが、ずっと頭にこびりついていた。
帰国して、すぐ熊本の国立療養所菊池恵楓園を慰問し患者さんと交流した。
日本とベトナムの状況の違いがよくわかった。
三年後、マスコミの人とベトナムのハンセン病施設を慰問した。
太い格子を開けて中に入ると、患者さんは驚いて後ずさりした。
『日本にはいいワクチンがある。だから大丈夫だよ』と通訳に声をかけようと振り
向くと誰もいない。
病院を出た数百メートル先の交差点にみんな固まっていた」
と杉 良太郎さんはいっている。
ハノイのバックラー孤児院(現こども村)では、杉 良太郎さんのことを「お父さん」
と呼ぶ子どもがまっています。
とりわけ25人の子どもたちの養い親として、大学・高校卒業するまで彼らの経済的
面倒も杉 良太郎さんはみています。
杉 良太郎さんファミリーは、これらの子どもたちが結婚して家族も増えているので、
ものすごい勢いで膨張しています。
以下次号
歓乃喜 師弟 No8.(7/5 2008)
日本からの出演者は、五代夏子さん、夏川みりさん、秋川雅史さん、W-indsさん。
舞台に上がる前、歌い終わった後の表情を楽屋裏でとらえていて放映されていました。
歌手の方々の生の表情がみれるのも面白かったです。
日本では有名な歌手でも、さすが異国で受け入れられるかどうか、全員が出演前は緊張していて、歌い終わった後は、観客からの声援に救われたといっていました。
杉 良太郎さんは、異国訪問したとき必ず、まず日本人墓地を訪れている。
また現地の市場や身障者施設の訪問も欠かさない。
「病気の人や年寄り、子どもは自分の力だけではどうにもならないものがある。
底辺で一番苦しんでいる人たちに会って、その痛みを一緒になって受け止めなければ
本当の交流とはいえない」と杉 良太郎さんはいっている。
また「ハノイやオーチミンの市場の前には子どもたちが倒れていた。
それはみんなハンセン病の患者だった。『さわってはいけない』。文化省の人に言われ、
何もしてやれなかったことが、ずっと頭にこびりついていた。
帰国して、すぐ熊本の国立療養所菊池恵楓園を慰問し患者さんと交流した。
日本とベトナムの状況の違いがよくわかった。
三年後、マスコミの人とベトナムのハンセン病施設を慰問した。
太い格子を開けて中に入ると、患者さんは驚いて後ずさりした。
『日本にはいいワクチンがある。だから大丈夫だよ』と通訳に声をかけようと振り
向くと誰もいない。
病院を出た数百メートル先の交差点にみんな固まっていた」
と杉 良太郎さんはいっている。
ハノイのバックラー孤児院(現こども村)では、杉 良太郎さんのことを「お父さん」
と呼ぶ子どもがまっています。
とりわけ25人の子どもたちの養い親として、大学・高校卒業するまで彼らの経済的
面倒も杉 良太郎さんはみています。
杉 良太郎さんファミリーは、これらの子どもたちが結婚して家族も増えているので、
ものすごい勢いで膨張しています。
以下次号
歓乃喜 師弟 No8.(7/5 2008)