家の向かいに大きな木工所があります。今は使われてなくて、私たちが住み始めた頃から倉庫,物置きとされていました。が、この前取り壊すと言って、トタン屋根を少し剥がしていたのですが、途中でやめてそのままになっていたのですが、日曜日に車2台で10人位やって来て、チェディーの前(仏様の前)に卓を置いて、お供え物をしていました。

卓の左端に載ってるのは豚の顔です。で、明日から解体を始めます、とのこと。一応、このチェディーは古いもので、アユタヤ王朝時代のものではないでしょうかね。以前は、ブロック塀が繋がっていて、塀越しにチェディーの先っぽしか見えなかったのですが、塀を取り壊して、木工所の部分との間にトタン板を張って、道路側から直接入れるようにしたのです。それ以来、何組みもの見学者がやって来ています。また、誰かが仏様を持って来て飾っています。お供えや掃除、草刈りはその辺の篤志家の方たちが。将来は、木工所を取り壊して、発掘調査してから、他の遺跡の所のように整備するとの話だったのですが、ようやっと動き出したようです。
で、月曜日から、チェディーの東側のトタン屋根を剥がし始めました。西側の方は半分くらい以前に剥がしてあるので。

まあ、だいぶ日数は掛かりそうですね。

卓の左端に載ってるのは豚の顔です。で、明日から解体を始めます、とのこと。一応、このチェディーは古いもので、アユタヤ王朝時代のものではないでしょうかね。以前は、ブロック塀が繋がっていて、塀越しにチェディーの先っぽしか見えなかったのですが、塀を取り壊して、木工所の部分との間にトタン板を張って、道路側から直接入れるようにしたのです。それ以来、何組みもの見学者がやって来ています。また、誰かが仏様を持って来て飾っています。お供えや掃除、草刈りはその辺の篤志家の方たちが。将来は、木工所を取り壊して、発掘調査してから、他の遺跡の所のように整備するとの話だったのですが、ようやっと動き出したようです。
で、月曜日から、チェディーの東側のトタン屋根を剥がし始めました。西側の方は半分くらい以前に剥がしてあるので。

まあ、だいぶ日数は掛かりそうですね。