うすやみ
霧のなかを ゆっくり 滑らかに
ひとりで ボートを漕いでいる
水面は ねっとりしていて
オールが重い
あたりには
ホタル草が 水面から顔を出し
あわいあわいうす紫の姿で ゆれている
ここは、鏡の中なの
と いった途端
四方は 鏡で覆われ
わたしの姿らに 囲まれる
ここは どこなの
鏡の中では
ホタル草に囲まれ
ボートに乗った わたしたちが ゆれている
ほうー
ほぅーっ と
木霊のように
遠くから 行き来する
騎士や 魔物や 女王の、声がする
捉まらぬよう
打ち倒されぬよう
そこを、
通り抜ける
カバンが 裏返る
この国は、「鏡の国」です
ふり向くと
一匹の ウサギが 立っていた
あなたは今、
あなたを 見ました
間に合いました
一匹の ウサギは、懐中時計を覗き込み
この、鏡の 時刻を告げたのだ
R3.5.26