あなた方が嫌な体験と思っているものが、最高の薬になっていることがあるのです。
本当の自分を見出すのは日向の生活のなかでははなく、嵐のような生活のなかなのです。
人間は厳しく磨かれ、清められ、純化されなければなりません。
絶頂もどん底も体験しなければなりません。
地上生活だからこそ体験できるものを、体験しなくてはいけません。
最近、知人から、病院でほぼ乳がんに間違いがなく、早期発見でなくて、抗がん剤治療などが必要だと言われたと
突然のこと過ぎて、乳がん経験のある私が思い浮かんで連絡をしたとのこと。
「あと何年か生きれるかしら」
「まさか私が乳がんになるとは予想もしていなかった、何が悪かったのかしら」
癌の宣告をされたら、= (イコール)死
が思い浮かんでしまうが、進行癌でもない限りそう簡単に
死んだりはしない。
病気という困難なことに、直面して、考え方や、生き方がかわるキッカケになる。
病気は摂理違反である。
治療に対しての不安もあり
昔の抗がん剤治療のイメージは、吐き気や副作用がキツくて、壮絶な闘病生活のイメージがあるけれど、今は、良い薬が出ているので、日帰りで治療し、リクライニングシートに座って、本を読んだり、寝ている間に抗がん剤投与が終わり、思っていたより、なんか普通だなと思うことが、多かった。
私の初の抗がん剤投与後、体調が普通だったので、食べれるものを食べたら良いだろうというので、大好きなパンのバイキングに行ってたらふく食べた後の辛さは、ほんとキツかった。食べれるものを食べる、無理に食べないこと。
癌という病気になって、大きな治療が、ほぼ終わっても、再発という不安があったりと、気持ちが上がったり下がったり、霊的真理を知っていても、なりうる。
私の今できることとして、普及会さんの遠隔ヒーリングを知人に紹介した。
霊的真理を知るキッカケに、なってくれればと思う。
管理人様は、「病気は摂理に反したことの結果だ」とお書きになっていらっしゃいますね。勿論、それもあるでしょう。この世で言うところの「不摂生」もその一つかと思います。
しかし、病になるのはそれだけが原因ではないのではないかと私には思えるのです。つまり、「後に携わる大きな仕事の為に、自ら望んで病を得る人生を選択する」ということもあるのではないでしょうか。
病を得た人の絶望、落胆、恐怖、治療の苦しみ、そして、それが快癒した時の喜びは、経験した者以外、心から理解することは難しいでしょう。
「自らをそのような人々の灯台とする」という仕事のためには、自らも病の嵐の中に身を投じ、経験してみる必要が是非ともあるのです。このことは、病にだけ妥当するのではありません。全てがそうです。この世は、経験してみないと分からないことだらけです。ラクそうに見える仕事でも、いざ自分でやってみると難渋し、「こんなに大変なことだったのか!」と分かるのです。管理人様も、恐らく
このようなご経験をなさったことがおありでしょう。
私達人間は、例え自らを捨ててでも他者への愛を実践できる魂となるべく、様々な経験を積む為にこの地上に生まれて来ているのです。心から愛する為
には相手=自分と思える程までに人々を知る必要があるでしょうから。
管理人様のご経験が、ご友人様のこれからの為に生かされることを心から願います。
ふと思ったのですが、ご友人様が咄嗟に管理人様を思い、ご連絡なさったのは、偶然ではありませんね。ご友人様は真理に導かれているのでしょう。
と同時に、管理人様も重要な役割を演ずるよう要請されているように思われるのですが、如何でしょうか。
長文失礼致しました。有難うございました。
病気の原因は確かに
摂理違反だけども言い切れず、
不摂生であったり、カルマの問題であったり、一言ではいいきれないですね。
人は困難やつらい経験によつて
いろんな学びがあります。
この世には偶然はなく
すべては導かれた結果であり
これからも
自分のすべきことができればと考えています。
こうしてコメントをいただけることが
何よりありがたい限りです。