じょじょりん文庫

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美談の男 尾形誠規

2010-06-28 | ノンフィクション
美談の男―冤罪袴田事件を裁いた元主任裁判官・熊本典道の秘密
尾形 誠規
鉄人社

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よくわからない本だ。
袴田事件のことについて語りたいのか,冤罪について語りたいのか,熊本典道氏について語りたいのか,その全てなのか。美談の男というタイトルも,その意図がよくわからない。

袴田事件は,1966年に静岡で起こった味噌製造会社経営者の一家4人殺害事件の犯人として,もとボクサーで当時味噌会社の従業員をしていた袴田巌氏が犯人として逮捕,死刑判決を受け今日に至っている事件である。
当初から証拠が乏しく冤罪ではないかという疑いがあったらしい。
当時の静岡県警には,後に拷問王と言われた紅林警部がおり,冤罪が多数発生していたことも,後に袴田事件が冤罪だという疑いを強くした。紅林警部は,その後冤罪が発覚し責任を取る形で55歳で警察を退職。その直後に脳出血で死去した。本人なりに苦しかったのかも知れない。

美談の男として本書で挙げられている熊本典道氏は,一審の静岡地裁で死刑判決を下した裁判体の一人であった。当時から袴田氏は無罪だという心証を持っていながら,多数決により袴田氏に死刑判決を下さなければならなくなったことに苦しみ,結局裁判官を辞めて弁護士となる。
同僚だった弁護士や,離婚した妻との間に生まれたお子さんたち,現在同居している女性などの話や,ちょっと認知症気味になってきたかのような熊本氏本人の話を通して,弁護士としては損保会社の顧問などを務め羽振りの良い時期もあったが,やはり袴田事件の事を気にして酒に溺れて,2回の離婚をし弁護士も辞め,ここ10年余りは日々の生活にも事欠くという人生を送っていることなどが述べられている。

この本では,一般社会には秘中の秘であるはずの裁判体の評議の秘密を2007年に明かした熊本氏の勇気を美談とすると共に,熊本氏のいわば袴田事件に翻弄された転落の人生を描きたかったのだと思うのだが,よくわからない。

この本についてよく分からないような気がするのは,なぜ2007年になって熊本氏は告白したのだろうか,ということについての記載も考察もなされていないからだと思う。
袴田氏のことを考えるならば,もっと早く告白していれば良かったのにという気もする。熊本氏は当時の一審裁判体の中では一番若く,袴田氏を有罪としたほかの2名の裁判官が死去するなどの事態を待って(実際死去しているのかどうかはわからないが,その可能性は高そう),評議の秘密を明かしたのだろうかというような気もする。
色々なリスクやメリットを考えた結果が2007年と言う時期になったのであろうか。だとすれば美談という感じはしないが。

袴田氏も,熊本氏も,拷問王の紅林警部も,誰にとっても良いことの一つもない事件だという思いが残った。

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