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葉室麟さん『風渡る』

2008-09-04 01:05:02 | 読書
生き残るために知謀の限りを尽くした戦国時代―

そんな時代、随一の知将と呼ばれたのが黒田官兵衛


豊臣秀吉に仕え、毛利攻め、備中大返しなどでその辣腕を振るった人物です。


葉室麟さんの『風渡る』は、そんな官兵衛がキリシタンであったという奇異な史実をもとに

彼と日本人宣教師ジョアンの交友を中心に描く

これまでにない戦国絵巻です。





物語は1565年の京から始まる

宣教師ロレンソとジョアンが街角で行う説教に

時おり、理知的なまなざしの若い武士が熱心に耳を傾けていた。

彼の名前は黒田官兵衛

当時はまだ、播州・小寺家の一家臣に過ぎなかった。



ある日、官兵衛が写本のために貴族・清原家を訪れると

廊下で二人の武士とすれ違った

一人は足利将軍家家臣、細川藤孝

もう一人は明智光秀


二人の知将は、これからたどる数奇な運命をまだ知らない―


そしてその日、官兵衛はジョアンたちに、はじめて声をかけた。


当時、宣教師たちは13代将軍・足利義輝の庇護の下

京での布教活動を許されていた


しかし、間もなく時代は風雲急を告げる

梟雄・松永久秀が足利将軍・義輝を誅したのである

京の支配権を握った久秀は、宣教師への弾圧を開始した―



物語は官兵衛の信仰心、さらにジョアンの出自の謎が大きな渦となり

時代を突き動かしていく。



これまでも多くの小説で取り上げられた黒田官兵衛ですが


その多くは、本能寺の変の直後、豊臣秀吉に向かい

「これであなたの天下が来ますね」

と進言するような「行き過ぎた才気」、「鬼謀」を強調するものでした


しかし本書ではそうした側面は息を潜め

真摯に信仰に向かう、知的で理想主義的な人物として描かれます。


本作で、「鬼謀の人」の役割を与えられるのは

むしろ、清廉な軍師とのイメージが強かった竹中半兵衛。


官兵衛を壮大な深謀遠慮の渦に巻き込む半兵衛の智謀

そして、彼を突き動かす武士の意地


従来の彼のイメージを覆す彼の姿に、官兵衛は〈悪魔〉の影すら見ます。


そして、この〈悪魔〉の姿は

商人や、南蛮諸国の思惑、さらにはキリシタンの中にすら現れ

時代を破滅的に動かしていきます。


こうした様々な人物が抱える業の描き方は

本書を〈単に史実を追った話〉以上のものにしているように感じました。



また、日本人宣教師ジョアンを「かすがい」として

黒田官兵衛を思いもよらぬ人物を巧みに結び付けていく点も

本作の大きな魅力と言えます


とくに、ジョアンの出自にかかわる〈ある人物〉と官兵衛の結び付きを読んだときは

この物語が更なる大きな物語へ繋がるように感じたのですが


どういうわけか、朝鮮出兵を前に―関が原は描かれず―終わってしまいます

せっかくこれから、クライマックスというのに…

すごく残念です。



とはいえ本書は

内藤ジョアンや清原枝賢など、脇役を固める登場人物のセレクトもかなり渋く

要所では宣教師の奏でる南蛮音楽が効果的に用いられるなど、

面白みのある趣向も凝らされており

とても強い好感を持ちます。



この本が売れれば、続編が出るかもしれないので

ぜひ、ご一読ください。