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パトリック・ルイス『百年の家』

2010-03-27 22:02:49 | 読書
本書は、イタリア出身の絵本画家とアメリカ出身の絵本作家による

家そのものを主人公にした絵本です。


南欧とおぼしき山間にある、石造りの小さな家。

17世紀に建てられ、廃墟になっていたその家が,

激動の20世紀をどのように過ごしたのかを定点観察形式、

ブリューゲルを思わせる、あたたかみのある絵で描かきます。


廃墟が改築され、家族が移り住み、

喜びと悲しみ・出会いと別れを繰り返す。


住人たちの服装の変化はもちろん

井戸ができ、ポンプになり、水道が通る

裏山の木が伐られ、石垣ができ、ブドウ畑が作られる…など、

時代の経過が細かく書き込まれており、何度見ても飽きることがありません


ブリューゲルを思わせる、あたたかみのある絵

コンパクトながらも、詩情豊かな言葉

どのページも印象的ですが

個人的に、忘れがたいのは最後のページ。

人々の営みが時代を越えて受け継がれる様子に、つよく心を打たれました


静謐ながらも、ぬくもりとドラマに満ちた本書

絵本が好きな方に限らず、

多くの方に強くオススメしたい一冊です。




個人的には、本書のように

書き込みが多く、かつ、セリフのない絵本が大好きです

受け身の姿勢で物語に接するのではなく

積極的に無限の読みを楽しむことができるからです。

小さい子には、あまり向かないとは思いますが

それでもおススメしたい一冊です☆

川合康三さん『白楽天』

2010-03-18 08:14:45 | 読書
本書は、中国文学を専門とし、

京都大学教授である著者が、白楽天を紹介する著作です。


玄宗と楊貴妃の悲愛を詠んだ『長恨歌』で知られる唐代の詩人・白楽天。

彼は、当代きっての人気詩人であると同時に、

宰相の地位も嘱望された優秀な官吏でもありました。


本書では、その栄光と挫折が入り交じる生涯を、

当時の政治状況や他の文人らとの交遊をふまえ概観し、

『長恨歌』や代表的な詩作についてコンパクトに解説します。


左遷による挫折を味わい、鬱々とした気分で詠んだ『舟中雨夜』

友人である元稹に長年会うことのできない状況を詠んだ一連の詩作などはもちろん

思いがけず人気作家となったことを、自嘲するかのような言葉なども印象的でしたが、

とりわけ心に残ったのは、

自身の詩作の意義を『孟子』によって裏付けようとする過程です。


文字通り、血で血を洗う政界で身を処しつつ

風雅の世界で頂点を極めた稀有な才人・白楽天

その栄華に満ちた生涯と、秘められた苦悩を簡潔に紹介する本書。


中国の詩や歴史に興味がある方はもちろん

授業で漢詩を勉強する高校生などに強くオススメしたい著作です。

伊藤計劃さん『虐殺器官』

2010-03-17 22:52:30 | 読書
本書は、2009年に早逝した著者による、近未来を舞台にしたSF小説。

舞台はインド・パキスタン国境で核爆発が起き、テロや紛争が頻発する近未来


旧ユーゴ、アフリカ

アメリカ諜報機関の一員として世界各地を転戦しながら、

テロや暴動を影で扇動する首謀者を追う主人公でしたが、

極限を超えた任務での精神的緊張と

彼自身の内的葛藤が相俟って、やがて世界を大きく変えることになります。


虐殺を意図的に発生させることができる「虐殺の文法」

月光の流れる中、ただ自問する独裁者―など

各話・各場面ともに、著者の鋭い問題意識と美意識に溢れており、

とても印象的なのですが


脳に特殊な施術を受け、痛みを感じることなく肉片になるまで戦う兵士の姿には

おぞましさとともに、形容しがたい美しさを感じました


早熟の鬼才が幻視した破滅への預言


SFや政治小説ファンに限らずオススメしたい著作です。

島本和彦さん『ゲキトウ』

2010-03-17 12:10:10 | 読書
本書は、『吼えろペン』シリーズで知られる著者による熱血野球マンガ


甲子園での活躍後、プロ選手となった主人公・不屈闘志ですが、

リーグ優勝がかかった試合直前、全てを捨て姿を消します。


それから10年、戦力外を通告された選手にとって最後のチャンス、

「トライアウト」の場に彼は姿を現します


彼の真の目的は何か?

彼はもう一度プロの舞台に立つことができるのか?

新たな不屈闘志の伝説が始まります。


不屈を正しい方向へ導く妻・唯と、悩みのタネである息子・魂士

南無さん、ヒルバン監督など、どこかで聞いたような魅力的な新キャラクターはもちろん

明子ちゃん、新屋敷、不屈撫子など、前作の登場人物が登場するのも、

前作からのファンにとって嬉しいところ


各話、全ページともに印象深いのですが、なかでも印象的なのは

第16話で、不屈のライバル椿が

「もうしょうがねぇよ 終わっちまった10年はよ―!!」

―と叫びバットを、そして、自分の過去を振り切る見開き2ページ


不屈に劣らず熱い彼の生き様に、体の奥底から何かが沸き上がって来るのを感じました。



熱い生き様、魂のこもった言葉にパルスが上がりっ放しの本作


著者のファンはもちろん

現在、逆境にある方も、幾多の墓穴を飛び越えて来た方にも

強くオススメしたい一冊です。

服藤早苗さん『平安朝の父と子―貴族と庶民の家と養育 』

2010-03-15 22:26:27 | 読書
本書は、平安時代、女性史を専門とし

現在は埼玉学園大学教授である著者が、

平安時代における父子関係について検討する著作です。


まず1章において、平安時代、父親が子の成長にどのように関わったのか

『古今著問集』や『蜻蛉日記』など当時の資料を参照し紹介します。


続く2章では、平安時代よりも以前では、父の権威は確立していない

―との認識を示し、「家」や「父権」がどのように確立したのかを

「墓参り」や「親不孝(親による子の絶縁)」などの概念を手掛かりに考察。


そして終章では、本書の内容をまとめるとともに、

現代における父権論についても触れ、

父子関係のあるべき姿について論じます。


菅原道真による自身の家系についての分析や

女性にとっての元服である「着裳」をめぐる政治的駆け引き

なども興味深かい記述は多くありました。

なかでも、個人的に印象深かったのは

貴族層の墓参りは、命日とは関係なく

官職の継承に際して行われたものであった―という記述です。

個人的には、天智天皇などは命日が国忌などが定められたことについて、

命日だからお墓参りをしたのだろう―と考えていましたが、

そうではないと知ることができ、とても興味深かったです


あいまいに理解しがちな、歴史の中の家族関係について

実証的かつ平易に論じた本書。


日本史に興味がある方はもちろん

多くの方におススメしたい著作です。

乾ルカさん『メグル』

2010-03-14 15:41:36 | 読書
本書は、『夏光』によって注目を浴びた著者による、

ミステリー風味の短編集。


大学でアルバイトを斡旋された学生が体験する

少し不思議な体験を描く5話を収録します。


父親が入院する病院の売店でたな卸しをする女子大生を主人公にした『モドル』


海外旅行中、飼い犬に冷凍した「肉」を与えるだけの高額アルバイト

これを引き受けた学生に生じたある「疑念」と、その衝撃の結末―(『アタエル』)


日常系、心霊系、サスペンス系-とタイプは異なるものの

どの作品も、筆者ならではのミステリアスで耽美的なテイストを堪能できます。


いずれも印象深いのですが、とりわけ心に残ったのは、

学生が暮らす家を、自分の家だと言いはる奇妙な女性を手伝うことになる表題作『メグル』


女性の正体は何ものなのか?―という、

ミステリーとしてのおもしろさはもちろん、

物悲しくはかない心理描写と、

著者の世界観が色濃く現れた、最後の一文に心を鷲掴みにされました。


人間の優しさ、悲しみ、悪意

そして、世界の美しさを情感豊かに綴る本書。


著者やミステリーのファンはもちろん、

一人でも多くの方にオススメしたい著作です。

梓崎優さん『叫びと祈り』

2010-03-14 00:03:25 | 読書
本書は、デビュー作『砂漠を走る船の道』で、

ミステリーズ!新人賞を受賞した著者によるミステリー短編集。


灼熱の砂漠、風車の回るスペインの平野、酷寒のロシアなど

世界各地を旅する主人公が行く先々で事件に遭遇します。

このように言うと、ありがちなロード・ムービー形式のミステリー

…と思われるかもしれませんが、本作はそれに終始しません。


トリックや動機は、ミステリーの固定観念を覆す清新なものばかりですし

詩情豊かな情景描写と、繊細な心情描写があいまって、

読者を遥か彼方の地へ誘います。

しかも、各話とも全く異なる味わいがあり、

飽きることなく全編読み通すことができました。


個人的には、各話とも印象深いのですが

とりわけ、エボラが発生したアマゾンの集落を舞台にした『叫び』は、

全く想像できない展開だったうえ、物悲しいラストがいつまでも心に残りました。


再注目の新鋭による鮮やかなデビュー作

ミステリーファンはもちろん、すべての読書好きにオススメしたい―

そして、好きになってもらいたい作品です。

湯浅邦弘さん『菜根譚』

2010-03-13 18:56:30 | 読書
本書は、中国思想史を専門とし、

現在は大阪大学教授である著者が、

中国の説話集『菜根譚』を紹介する著作です。


16世紀、明の時代に編纂された『菜根譚』は、

儒教をベースに、仏教・道教を融合させた人生哲学を論じる処世訓集


筆者は、まず菜根譚がどのように誕生し普及したのかを解説します。

続いて、菜根譚に納められた説話を、

その内容や意味、関連する他の古典の解説などを交えて紹介

終章では、唐代の「顔氏家訓」など『小学』など、処世訓の変遷をたどります



文は拙を以て進み、道は拙を以て成る


人の小過を責めず、人の陰私を発かず、人の旧悪を念わず


-など、含蓄に富む語はもちろん

万暦帝の墓所や中井武山・履軒兄弟などに関するコラムも興味深かったのですが、

個人的に、もっとも印象深いのは


『菜根譚』に見出しがないのは、読者に自由な読みをさせる意図ではないか


という筆者の指摘です。


単にその場しのぎの世渡り術ではなく

よりよい人格を育み、豊かな人生を送るための手掛かりを与えてくれる本書


中国思想に関心のある方に限らず、多くの方にオススメしたい著作です。

朱川湊人さん『太陽の村』

2010-03-13 10:00:28 | 読書
本書は、ホラー、SF、ミステリーなど、

幅広いジャンルに渡って、多彩な作品を発表し続ける著者による

少しミステリアスなファンタジー作品です。

飛行機事故で奇跡的に生き残った主人公が、どこか奇妙な村に迷い混みます

まるで江戸時代のような生活をする村人や

幻術を使い村人たちを恐怖に陥らせる地頭

そして、親の敵である地頭を倒すため、鍛練に励む少年

電気も自動車もなく、年号すらも異なる不思議な村での日々

当惑しながらも、徐々に馴染みはじめた主人公は、やがて「隠された秘密」へと近付いていきます


繊細で丁寧な心理描写と

躍動感あふれるアクションシーン

そして、主人公と村人との間に生じるカルチャーショックのコミカルさが一体となり

読者を経験したことのない不思議な世界に誘います


生死すらわからない家族への思い

『走れメロス』にむせび泣く村人など、どの場面も印象深いのですが

とりわけ印象的なのは、ラストで明かされる村の秘密と、それを知った主人公の対応です


エンターテイメント性に富み、
パロディやサスペンスの要素を含みつつ

同時に、鋭い問題意識を内包する本作


著者のファンに限らず、多くの方にオススメしたい著作です。

佐藤賢一さん『象牙色の賢者』

2010-03-12 20:15:52 | 読書
本書は、『傭兵ピエール』『王妃の離婚』など

フランスを舞台にした歴史小説で知られる著者による、

アレクサンドル・デュマ・フュスを主人公にした歴史小説です。


『三銃士』で知られるデュマ・ペールの子であり、

自身も作家として『椿姫』などを残したデュマ・フュス。


物語は、彼の私生活上の問題や創作の葛藤

さらに、移民の血をひきながらも共和国将軍にまで上り詰めた祖父や、

大作家である父についての想いをつづる、モノローグ形式で進行します。


代表作である『椿姫』をめぐるエピソードや

ナポレオン3世の登場や、ガリバルディによるイタリア統一といった

当時の政治状況に対する冷静な分析もさるながら、

やはり印象的なのは、彼がその偉大な家族について語る場面です。


面識もなく職業も違う祖父については、過去の英雄を語るような口調である一方

同じ作家である父については、豪放な性格について時に軽蔑を示しつつ、

溢れんばかりの才能や「人間」としての活力には感嘆を隠しません。

しかも、こうした語りの中にデュマ・フュス自身の複雑な内面が滲み出ており

とても重厚で、味わい深かい場面でした。


ある家族の物語であるとともに、文明論や作家論、

さらに近代フランスそのものの物語ともいえる本作。


筆者やデュマのファンに限らず

多くの方にオススメしたい著作です