今日公文で
みりこが終わるのを待っているときに
今まさに子育て真っ最中の若いママと話をしていました。
みりこと同じくらいのお子さんと、1歳過ぎのお子さんの二人をかかえて、どれだけ毎日大変か…語ってくれました。
「小さい子がいると大変だよね~。」大変さが想像できたのでそう言いました。
でも、その小さな男の子が階段を昇ったり下りたりするのを見ていて
「私もそんなに大変だったのかなぁ~?」って考えちゃった。
きっとそのお母さんよりも1人多い3人だったのだから、もっと大変だったのだろうけど、
もう、全然覚えていないのよね。
思い出すのは子供達が幼稚園に入ったくらいからだもん。
それまで毎日どんなだったかよく覚えていません。
でも、きっと今日の若いお母さんのように、毎日一生懸命子育てしてたのだろうなぁ。
でも、今
みりこは私にとっては全然大変な存在ではなくて、
みりこが私の癒しになってくれてるのよね。
(スイミングの送り迎えは面倒だったけど)
今、
みりこはとても自分では理想的に育てていると思えるの。
もちろん、すべて思い通りに…というのではなく、
何ていうのかなぁ…自分が年を取ってから産んだ子なので、
自分に精神的な余裕があるからなのかなぁ。
上の子達もこんな風に愛情たっぷりに育てていたら
変わっていただろうなぁ…と思います。
1日に何回も「みりちゃん、抱っこさせて~」なんて言って
ひざの上に乗ってもらってむぎゅ~っとさせてもらいます。
そうすると私もすごく落ち着くし、
何より、
みりこがそのあと、変わるのがわかるのです。
みりこがちょっと私の思いと違う方に行っちゃってるなぁ~と思うと、
悲しくなって、自然に「こっちきて、抱っこさせて~」と、言っちゃいます。
別に意識してやっているのじゃないけど、そうすると、
みりこは
すごく素直になって、「元の
みりこ」に戻ったりするの。
私が上の子供達をこんな風に毎日抱きしめて育てていたら
きっと変わっただろうなぁ。
幼稚園のころまでは抱っこしてたのよ。
でも、それは抱っこして…と私のところに来た時だけだった気がする。
今みたいに愛しくて抱っこしたことが何回あったかしら…。
特に、年子で妹が生まれた
番人は随分我慢していたのではないかなぁ。
その
番人に、今日私はぶちぎれて、
なんと、全部消してしまったの…。
番人の使っていたDドライブの中身を…。
番人は昨日(今日だね)朝4時までゲームをしていたのです。
ゲームは11時から12時までの1時間…という約束なのに…。
最近毎日、朝は11時ごろまで寝ている
番人。
私が朝の4時に目が覚めた時に、ゲームをしている姿をみて、
「だから、最近11時まで寝てるんだ」と、呆れて言葉も無かった。
そして今日、
番人は、朝、起きてきてしばらくして「ちょっと出てくる」と出かけました。
滅多に出かけないのに、用も無いはずなのに…。
朝4時までゲームをして、11時近くに起きてきて、ぶらぶら遊びに出かけるという。
プログラムを消しても仕方ないのは分かっているけど、
消さずにいられなかった。
先日言い争いをしてから、今まで、少しは勉強をするようになって、
まぁ、本人は努力しているのね…と、認めかかっていたのに…。
本当に情けなくなった。
でも、時間が経つと、「やりすぎだったなぁ~」と後悔しました。
番人だってわかっているはずだものね。
早まったなぁ…。悪かったなぁ~。
小さい頃、私がぎゅ~っと毎日抱きしめて愛情たっぷりに育てていたら
今とは違っていたかなぁ。
子育てやり直すなんてもう、まっぴらごめんだけど、
今の私だったらもっと上手に余裕を持って
番人も
まりぶも
けんぴも育てられたかもしれないなぁ…と思います。
でも、仕方ない。若かった私は私で、きっと一生懸命育てていたはずだもの。
あとは、子供達の本当のやさしさを信じるしかないよね。
「ママを悲しませたくない」
そんな風に思ってくれたらそのとき、子育ては成功だったと言えるのかもしれませんね。