goo blog サービス終了のお知らせ 

地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

長浜に眠る北陸線電化の立役者・ED70 1

2011-01-09 00:34:00 | 保存・園内・特殊車両


 私は別に某国営放送の大河ドラマに親しむ者ではありませんが、今日から始まる新シリーズの舞台は浅井長政の居城である近江国・長浜であるとか。長浜という街自体は、近江商人の活躍の名残をとどめる豪勢な屋敷通りや伊吹山麓・琵琶湖沿いの風光明媚な雰囲気を擁するところですが、これで今年一年間は関西をはじめ全国から観光客が殺到するのでしょう……。あるいは、そんな経済効果を狙ってか、全国各地で大河ドラマの舞台を誘致する運動が日に陰に展開されているようです。
 しかし正直……奥方様の視点からみた歴史絵巻というのは、今ひとつ「表ネタをひねった○番煎じ」な印象も否めな……(中略)。どうせ私は大学受験で日本史を選んでいないものですみませんねぇ……(季節柄、頑張れ受験生! 笑)。
 以上の内容に関するコメントはご遠慮頂くとしまして、今回はそんな長浜にちなみ、この地で眠る北陸線交流電化のパイオニア・ED70をアップしてみましょう。



 鉄道省→国鉄における電化区間の延長は、長らく直流電化を以て推進されていたものの、昭和30年代以降地方幹線の電化過程では、仙山線で各種試験が繰り返されていた交流電化が大々的に採用されたのは周知の通りでしょう。そこで1957年、北陸線の田村~敦賀間電化にあたって用意されたのがED70。現在、何気なく223系に乗って田村駅を通過しますと、やたらと広く長い構内に機回し線を剥がした跡が生々しく残っていますが、ここで直流機やSLから列車を引き継いだED70が、颯爽と新線の長いトンネルを抜けて(旧線は柳ヶ瀬線となったのち廃止) 日本海側に抜けるという光景が展開されていたようです。のち、北陸線の交流電化が糸魚川まで延びるにつれ、ED70も活躍の舞台を広げたものの、やはり田村という中途半端な場所での機関車交換は面倒なものがあったようで、加えて交直流機EF81が開発されたこともあり、ED70は登場後20年にも満たずして全車廃車になったとか……。
 しかし、ちょうど旧型機と新性能機の中間を取ったようなED70のスタイルは、写真で見るにつけなかなか好ましく、産業文化財的な価値も認められた結果、1号機が「長浜鉄道スクエア」にて素晴らしい美しさを保ちつつ現存しているのは幸いなことと言えましょう。唯一の難点は、保存されている建物が必ずしも十分大きな空間ではないことから、写真を撮ろうにも十分な引きを得られないことでしょうか。35mmフルサイズと広角24mmでやっとこんな感じですので、理想としては35mm換算で17~20mm程度の画角を用意しておくことでしょうか。
 ちなみに「長浜鉄道スクエア」には、新線開通で不要になったトンネルの洞口に掲げられていた石彫りの匾額が保存されており、台湾総督から満鉄初代総裁に転じた後藤新平など、明治の歴々の面々が揮毫した筆跡をしのぶことが出来ます。「うををっ!何気に貴重すぎるコレクションじゃね?これ……」と思いつつ、それらをバシャバシャ撮影していたところ、目の前をEF81牽引の貨物列車が通過して行ってしまいましたとさ……(嗚呼、ちゃんと調べておけば……勿体ない! ^^;)。