定本愛國百人一首解説

愛国百人一首解説
編集者:日本文學報國會
代表者 久米正雄
初版 :昭和十八年三月二十五日
再版 :昭和十八年七月一日
発行 :毎日新聞社

愛国百人一首 いわゆる異種百人一首のひとつ。戦時中の翼賛運動の一環として、「愛国の精神が表現された」とする名歌百首を選んだもので、皇室への崇敬を筆頭に、国土愛や家族愛の歌が採られている。
日本文学報国会が情報局の後援、大政翼賛会の賛助、東京日日新聞と大阪毎日新聞の協力を得て企画された。
選定委員 佐佐木信綱、土屋文明、折口信夫(釈迢空)、斎藤茂吉、太田水穂、尾上柴舟、窪田空穂、吉植庄亮、川田順、齋藤瀏、松村英一、北原白秋ら12名。北原白秋は、委員選定直後の昭和17年11月2日に死去したため、選定委員名から削除されている。
「万葉時代から幕末までの詠歌者の分かっている臣下の和歌であり、愛国の精神が、健やかに、朗らかに、そして積極的に表現されていること」とされた。
選ばれた百首は、情報局の検閲を経て昭和17年11月20日、情報局から発表され、これに改訂と解説を加えたものが、『定本愛国百人一首』として昭和18年(1943年)3月に毎日新聞社から刊行された。
斎藤茂吉や土屋文明ら、アララギ派の歌人が選定委員の為か、万葉集からの歌が多く、古今和歌集からの選歌は無い。


1 柿本人麻呂
大君は神にしませば天雲の雷の上に廬せるかも 万葉集
2 長奥麻呂
大宮の内まできこゆ網引すと網子ととのふる海人の呼び声 万葉集
3 大伴旅人
やすみししわが大君の食す国は大和もここも同じとぞ念ふ 万葉集
4 高橋虫麻呂
千万の軍なりとも言挙げせずとりて来ぬべきをのことぞ思ふ 万葉集
5 山上憶良
士やも空しかるべき万代に語り続ぐべき名は立てずして 万葉集
6 笠金村
丈夫の弓上振り起し射つる矢を後見む人は語り継ぐがね 万葉集
7 山部赤人
あしひきの山にも野にも御猟人さつ矢手挟みみだれたり見ゆ 万葉集
8 遣唐使使人母
旅人の宿りせむ野に霜降らば吾が子羽ぐくめ天の鶴群 万葉集
9 安倍郎女
わが背子はものな思ほし事しあらば火にも水にも吾われなけなくに 万葉集
10 海犬養岡麿
御民われ生ける験あり天地の栄ゆる時に遇へらく思へば 万葉集
11 雪宅麻呂
大君の命かしこみ大船の行きのまにまに宿りするかも 万葉集
12 小野老
あをによし奈良の京は咲く花のにほふがごとく今さかりなり 万葉集
13 橘諸兄
降る雪の白髪までに大君に仕へまつれば貴くもあるか 万葉集
14 紀清人
天の下すでに覆ひて降る雪の光を見れば貴くもあるか 万葉集
15 葛井諸会
新しき年のはじめに豊の年しるすとならし雪の降れるは 万葉集
16 多治比鷹主
唐国に往き足らはして帰り来むますら武雄に御酒たてまつる 万葉集
17 大伴家持
天皇の御代栄えむと東なるみちのく山に金花咲く万葉集
18 丈部人麻呂
大君の命かしこみ磯に触り海原わたる父母をおきて 万葉集
19 坂田部麻呂
真木柱ほめて造れる殿のごといませ母刀自面変りせず 万葉集
20 大舎人部千文
霰降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍に吾は来にしを 万葉集
21 今奉部與曾布
今日よりは顧みなくて大君のしこの御盾と出で立つ吾は 万葉集
22 大田部荒耳
天地の神を祈りてさつ矢ぬき筑紫の島をさしていく吾は 万葉集
23 神人部子忍男
ちはやぶる神の御坂に幣奉り斎ふいのちは母父がため 万葉集
24 尾張浜主
翁とてわびやは居らむ草も木も栄ゆる時に出でて舞ひてむ 続日本後紀
25 菅原道真
海ならずたたへる水の底までも清き心は月ぞ照らさむ 新古今和歌集
26 大中臣輔親
山のごと坂田の稲を抜き積みて君が千歳の初穂にぞ舂つく 栄花物語
27 成尋阿闍梨母
もろこしも天の下にぞ有りと聞く照る日の本を忘れざらなむ 新古今和歌集
28 源経信
君が代はつきじとぞ思ふ神かぜやみもすそ川のすまん限かぎりは 後拾遺和歌集
29 源俊頼
君が代は松の上葉におく露のつもりて四方の海となるまで 金葉和歌集
30 藤原範兼
君が代にあへるは誰も嬉しきを花は色にもいでにけるかな 新古今和歌集
31 源頼政
みやま木のその梢とも見えざりし桜は花にあらはれにけり 詞花和歌集

32 西行法師
宮柱したつ岩根にしき立ててつゆも曇らぬ日の御影かな 新古今和歌集
33 藤原俊成
君が代は千代ともささじ天の戸や出づる月日のかぎりなければ 新古今和歌集
34 藤原良経
昔たれかかる桜の花を植ゑて吉野を春の山となしけむ 新勅撰和歌集
35 源実朝
山は裂け海はあせなむ世なりとも君にふた心わがあらめやも 新勅撰和歌集
36 藤原定家
曇りなきみどりの空を仰ぎても君が八千代をまづ祈るかな 拾遺愚草
37 宏覚禅師
末の世の末の末まで我が国はよろづの国にすぐれたる国 元冦祈願文
38 中臣祐春
西の海よせくる波も心せよ神の守れるやまと島根ぞ 祐春詠草
39 藤原為氏
勅として祈るしるしの神風に寄せくる浪はかつ砕けつつ 増鏡
40 源致雄
命をば軽きになして武士の道よりおもき道あらめやは 風雅和歌集
41 藤原為定
限りなき恵みを四方にしき島の大和島根は今さかゆなり 風雅和歌集
42 藤原師賢
思ひかね入りにし山を立ち出でて迷ふうき世もただ君の為 新葉和歌集
43 津守国貴
君をいのるみちにいそげば神垣にはや時つげて鶏も鳴くなり 新葉和歌集
44 菊池武時
もののふの上矢のかぶら一筋に思ふ心は神ぞ知るらむ
45 楠木正行
かへらじとかねて思へば梓弓なき数に入る名をぞとどむる 太平記
46 北畠親房
鶏の音になほぞおどろくつかふとて心のたゆむひまはなけれど 臨永和歌集
47 森迫親正
いのちより名こそ惜しけれもののふの道にかふべき道しなければ 常山紀談
48 三条西実隆
あふぎ来てもろこし人も住みつくやげに日の本の光なるらむ 雪玉集
49 新納忠元
あぢきなやもろこしまでもおくれじと思ひしことは昔なりけり 西藩野史
50 下河辺長流
富士の嶺に登りて見れば天地はまだいくほどもわかれざりけり 晩華和歌集
51 徳川光圀
行く川の清き流れにおのづから心の水もかよひてぞ澄む 常山詠草
52 荷田春満
踏みわけよ日本にはあらぬ唐鳥の跡をみるのみ人の道かは 春葉集
53 賀茂真淵
大御田のみなわも泥もかきたれてとるや早苗は我が君の為 賀茂翁家集
54 田安宗武
もののふの兜に立つる鍬形のながめかしはは見れどあかずけり 天降言
55 楫取魚彦
すめ神の天降りましける日向なる高千穂の嶽やまづ霞むらむ 楫取魚彦家集
56 橘枝直
天の原てる日にちかき富士の嶺に今も神代の雪は残れり 自撰家集
57 林子平
千代ふりし書もしるさず海の国の守りの道は我ひとり見き 六無齋遺詠
58 高山彦九郎
我を我としろしめすかやすべらぎの玉のみ声のかかる嬉しさ
59 小沢蘆庵
あし原やこの国ぶりの言の葉に栄ゆる御代の声ぞ聞ゆる 六帖詠草
60 本居宣長
しきしまの大和ごころを人問はば朝日に匂ふ山ざくら花 六十一歳自画自賛像
61 荒木田久老
初春の初日かがよふ神国の神のみかげをあふげもろもろ 五十槻園集
62 橘千蔭
八束穂の瑞穂の上に千五百秋国の秀見せて照れる月かも うけらが花
63 上田秋成
香具山の尾の上へに立ちて見渡せば大和国原早苗とるなり 藻屑
64 蒲生君平
遠つ祖の身によろひたる緋縅の面影うかぶ木々のもみぢ葉 岡廼屋歌集
65 栗田土満
かけまくもあやに畏きすめらぎの神のみ民とあるが楽しさ 國民歌集
66 賀茂季鷹
大日本神代ゆかけてつたへつる雄々しき道ぞたゆみあらすな 雲錦集
67 平田篤胤
青海原潮の八百重の八十国につぎてひろめよこの正道を 氣吹廼舎歌集
68 香川景樹
ひとかたに靡きそろひて花すすき風吹く時ぞみだれざりける 桂園一枝
69 大倉鷲夫
やすみししわが大君のしきませる御国ゆたかに春は来にけり
70 藤田東湖
かきくらすあめりか人に天つ日のかがやく邦のてぶり見せばや 東湖遺文
71 足代弘訓
わが国はいともたふとし天地の神の祭をまつりごとにて 海士囀
72 加納諸平
君がため花と散りにしますらをに見せばやと思ふ御代の春かな 柿園詠草
73 鹿持雅澄
大君の宮敷きましし橿原のうねびの山の古いにしへおもほゆ
74 僧月照
大君のためには何か惜しからむ薩摩の瀬戸に身は沈むとも
75 石川依平
大君の御贄のまけと魚すらも神世よりこそ仕へきにけれ 柳園詠草
76 梅田雲浜
君が代を思ふ心のひとすぢに吾が身ありともおもはざりけり
77 吉田松陰
身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし日本魂やまとたましい 留魂録
78 有村次左衛門
岩が根も砕かざらめや武士の国の為にと思ひきる太刀
79 高橋多一郎
鹿島なるふつの霊の御剣をこころに磨ぎて行くはこの旅 殉難後草拾遺
80 佐久良東雄
天皇に仕へまつれと我を生みし我がたらちねぞ尊かりける 薑園歌集
81 徳川斉昭
天ざかる蝦夷をわが住む家として並ぶ千島のまもりともがな 景山公歌集
82 有馬新七
朝廷辺に死ぬべきいのちながらへて帰る旅路の憤ろしも 都日記
83 田中河内介
大君の御旗の下に死してこそ人と生れし甲斐はありけれ
84 児島草臣
しづたまき数ならぬ身も時を得て天皇がみ為に死なむとぞ思ふ 歎涕和歌集
85 松本奎堂
君がためいのち死にきと世の人に語り継ぎてよ峰の松風 殉難遺草
86 鈴木重胤
天皇の御楯となりて死なむ身の心は常に楽しくありけり 橿の本つ集
87 吉村寅太郎
曇りなき月を見るにも思ふかな明日はかばねの上に照るやと 殉難遺草
88 伴林光平
君が代はいはほと共に動かねば砕けてかへれ沖つしら波 光平先生辭世歌碑
89 渋谷伊與作
ますらをが思ひこめにし一筋は七生かふとも何たわむべき
90 佐久間象山
みちのくのそとなる蝦夷のそとを漕ぐ舟より遠くものをこそ思へ
91 久坂玄瑞
取り佩ける太刀の光はもののふの常に見れどもいやめづらしも 紅月齋遺集
92 津田愛之助
大君の御楯となりて捨つる身と思へば軽きわが命かな 殉難録稿
93 平野国臣
青雲のむかふす極すめらぎの御稜威かがやく御代になしてむ
94 真木和泉
大山の峰の岩根に埋めにけりわが年月の日本だましひ
95 武田耕雲斎
片敷きて寝ぬる鎧の袖の上へに思ひぞつもる越の白雪
96 平賀元義
武夫のたけき鏡と天の原あふぎ尊め丈夫のとも
97 高杉晋作
後れても後れてもまた君たちに誓ひしことをわれ忘れめや
98 野村望東尼
武士のやまと心をより合はせただひとすぢの大綱にせよ 向陵集
99 大隈言道
男山今日の行幸の畏きも命あればぞをろがみにける
100 橘曙覧
春にあけてまづみる書も天地のはじめの時と読み出づるかな