--Katabatic Wind-- ずっと南の、白い大地をわたる風

応援していた第47次南極地域観測隊は、すべての活動を終了しました。
本当にお疲れさまでした。

やつで沢の世界遺産

2006-12-12 | 南極だより・自然
朝、外玄関で血なまぐさい事件?が起きてしまいました。
ネコが2匹すごいけんかをしている様子。
鳴き声もすごいし、ときおり玄関のドアにぶつかっているのが聞こえます。
仕事に行きたいけれど、出るのもためらわれるほどなのです。
ノブをガチャガチャと回し、威嚇してドアを開けると、そ、そこには血の海・・いや、言い過ぎです。
血の水たまりが3つ、そしてネコの毛と鳥の羽。
どうやら捕まえた鳥を巡ってけんかが起きた様子。
出がけに玄関の掃除をするはめになりました。
朝にやるのはやめてください、と言っても、言葉分かんないよね。
それでは渡井さんからの南極だよりです。
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2006年12月11日(月) 晴れ やつで沢の世界遺産

ラングホブデやつで沢には世界遺産級(=石井さん@大型多目的アンテナ談)の見所がある。
昭和基地からラングホブデへのルート上からも遠望できるのだが、氷河の末端に大きな穴が開いているのだ。

#穴遠望
この穴があるのはやつで沢。
ちょうどゆきどり小屋に向かって右側に入り込んでいる沢だ。
小屋から小一時間ほど沢を辿ると穴のある場所に至る。
最初は滝が密集するエリアを抜けて、その後広々とした平らなガレ場を延々と遡る。
最後の10分ほどは谷の幅が狭まったところを行く。
凍てついたちょっとした斜面を登り穴の麓にたどり着いた。

#最後の凍てついた所
ほぼ丸い穴の下辺は地面から数mはありそうだが、水の流れた跡なのであろうか?
丁度人が通れるほどの幅が開いていて穴の中まで入れるようになっている。
穴の中は奥行き50mほど、高さは2-30mほどありそうだ。
奥は崩れた斜面になっていて反対側には通りぬけ不可能である。

#穴の入口

#穴のほぼ一番奥から入口

#穴の奥
少々谷を折り返して傾斜の緩い左岸から穴の横の斜面に登ってみた。
穴は北側の山から流れてきた氷河と東側にある氷河湖との出合にある。
北側の山から流れてきた氷河が丁度ダムのような形で谷を塞ぎ、東側から流れてきた氷河は氷河湖を形成しているのである。

#穴の上はこんな感じ

#こんもりしたところが穴の上部

#下流方向を見るとこのようになっている
なんらかの原因で氷河湖の水が下流に放出されて、ダムにこの穴が開いたと考えるのはいかがであろうか?
もしいっぺんに多量の水が流れたとすると、これほどまでに綺麗な穴の形を保っていないかもしれない。
水が徐々に流れ出しそれに伴い穴も大きくなってきたのであろうか?
とすると一体いつごろからこの穴はあるのか?
興味は尽きない。

#写真の説明は渡井さんが送って来たままのものです

-----本日の作業など-----
・精製装置立ち上げ
・O3変動解析
・金属タンク前除雪
 クローラーダンプ使用
・O3変動の気象部門とのdiscussion
・CO2, CH4, CO, O3濃度分析システムチェック
・CO2計10日チェック

<日の出日の入>
日の出 なし  
日の入  なし  
<気象情報>
平均気温℃
最高気温℃ 最低気温℃
平均風速m/s
最大平均風速m/s風向 最大瞬間風速m/s風向
日照時間 時間

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おお!なんてすごい穴!!
何人かの隊員さんのブログで見てはいたけれど、改めて見ると本当に大きい。
これはどんなところにあって、どうしてこんな穴が開いたのか、考えてみたくなりました。
渡井さんは「なんらかの原因で氷河湖の水が下流に放出されて、ダムにこの穴が開いた」と予測を立てていますが、私はどうでしょう?
地図と写真をたよりに予想してみることにしました。
まずは、地図。
ラングホブデの全体像から、

#ラングホブデ
今回の穴のあるあたりを切り出してみました。

#やつで沢・雪鳥沢周辺
高低が分かりやすいように一部等高線を描き入れています
氷河及び定着氷は水色(いつもは白)で、海や湖沼は黄緑(いつもは水色)で表しています

手間はかかるけれど既存の地図をそのまま使わず、地図を自分で起こすといろいろなことに気付きます。
(ただし、もとになっている地図がどれくらい前に作られたのか分からないので、氷河と露岩の様子がどのくらい変化しているかもしれないのと、コースや氷の穴の位置は文章をたよりに地図に描き入れたので、合っているかどうか分からないので、つじつまが合わなかったらゴメンナサイ。)

氷河湖の説明に「氷河末端の前面や氷河側岸に形成される湖。氷河の侵食作用により作られた凹地に水が貯まった氷食湖、モレーン(堆石)により堰き止められた湖(moraine-dammed lake)、および支流の河川が本流の氷河により堰き止められた湖(ice-dammed lake)等の種類がある。モレーンや氷ダムの崩壊により、下流域に洪水を引き起こすこともある。」と、NPO 氷河・雪氷圏環境研究舎にありました。
とすると、やつで沢の氷河湖は北側の氷河によって東側の氷河がせき止められてできていると書かれているので、ice-dammed lakeということができそうです。
氷河はとても長い時間をかけて流れてくるので、その速度はとても私には想像ができないのですが、氷だけに水みたいにすぐに谷に落ちたりしないのですよね?
もしかして、北側からの氷河と東側からの氷河が出会ったときに、お互いが支え合って谷の上に張り出すようになったら??
そうしたら谷に空洞ができてもおかしくないのではないかと思ったのです。
そう思ったのは、下記の写真を見たときでした。

#すこし明るさを調整してみました。

#すこし明るさを調整してみました。
これは穴の中の天井の写真なのですが、右と左から穴の入り口に向かって逆Vの字にラインになっているでしょう?
黒いのは、底面氷のことを思い出すと、もしかして氷河が削り取ってきた岩盤や堆積物なのかな?と思いました。
だから、つもった氷の真ん中に水が通ったのではなくて、もともと空洞だったのでは?と思ったのです。
一方、疑問がありました。
南方ルートからも見えるというくらい目立つのに、過去の隊でここに来たと書いてある記事は見あたらないのです。
毎日アップしていた45次のホワイトメールでも、やつで沢には登っているものの、氷の穴があったとは書かれていないのです。
ということは、最近できたものだと言うこと?
1年や2年でできるものなの?
でも、外に通じる穴が最近開いたと考えれば、45次の時には見つからなかったというのも納得がいきます(私だけ?)。
ということで私の予想では、穴は谷に張り出した2方向からの氷山が支え合ってできたもので、長らく入り口が氷に覆われていたけれど、融解水などで融かされて近年入り口が開いた、ということにします。
あ、でももしかすると、昔はダムの底からの融解水が流れていたけれど、奥が崩落して水が流れなくなり、入り口が外側から閉ざされていたのかも?
ハムナ氷瀑などの底面氷よりも黒くないし、層が見えているから水で削られているとしてもつじつまが合うような気がするし。
やつで沢がこんなにはっきりと谷になっているということは、水が流れていたことがあるということなのですものね。
どちらにしても根拠の薄い予想で、こんなでたらめなことを言ってはいけません、と怒られてしまいそうですが、どうしてそうなったのか考えるのはとても楽しいことなのだと思いました。
私みたいに素人で、しかも現場に行ったことがなくてもこれだけ面白いのですから、専門家の方はたくさんの手がかりをもとに確実に謎を解き明かしていくのは、どんなに面白いだろうと思います。

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2 コメント

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Unknown (さわがき)
2006-12-13 03:41:01
この氷の洞穴は,学術用語で glacial meltwater channel とか glacial spillway などといいます.氷河の底にあるので「subglacial」という形容詞をつける場合もあります.

氷の縞がV字にみえるのはみかけ上の形です.私は,たぶん縞は折れておらずまっすぐ(傾いてはいる)だと思っています.バームクーヘンを斜めに切ってみてください.平行な縞々模様でも,切り口をみるとV字になったり折れ曲がったりして見えるはずです.この洞穴の天井(氷の底)はアーチ状に湾曲していますので,たとえば「#穴のほぼ一番奥から入口」という写真にV字の模様が映っていますが,これは,縞をちょっと横切るように氷の底が丸くカットされたものです.縞々がまっすぐなことは,外側から撮った写真「#穴の上はこんな感じ」の模様からも分かります.

やつで沢で鉄砲水がでたというのは正式な記録としては残っていませんが,何年も前から隊員の証言が残っているようです.ただ,その「鉄砲水」がこの洞穴を作ったというよりは,洞穴を通って水が出た,というほうがよいのではないかと思っています.

やつで沢は両岸が切り立ったV字谷になっていて,下流には南極にはめずらしい川原があって,河岸段丘のようなものもできています.下流方向を映している最後の写真でも分かるとおり,V字型をした谷の横断面は二段に別れていて,下刻の時期が2度に分かれていることを示しています.おそらく,下の段は何度も繰り返された「鉄砲水」起源のものだと思われ,上断(幅のある谷)はもっと前のものでしょう.谷の出口(つまり小屋の横)には,谷を流れ下った土砂が海につっこんでできた堆積物があります.ここから出た貝殻の年代から考えて,1万年くらい前にはすでに川原はできていたと考えられます.氷河ダムができた年代が一番の謎ですが,洞穴の両岸の岩盤の壁からなるチャンネル自身は.ダムよりも前から存在していたと考えていいでしょう.

氷河ダムの決壊や氷河底水流のことを解説しだすときりがなくなりますので,詳しくは書きません.ただ,このチャンネルの存在は私が前に書いた論文で予測していたもので,今回確認できたことを非常にうれしく思っています.また,南極氷床の末端でこのようなものが見つかったこと自体,かなり貴重な例であることは間違いありません.なお,私自身の仮説では,氷床が拡大していた時期からすでに,宗谷海岸全域で氷底水流が発生していた,と考えており,氷床の底にある湖の決壊と関係があるのではないかと考えています.48次隊では,ドーム基地近くでレーダー探査を実施して,氷床の底に湖があるかどうか確認することになってるようです.

氷洞は非常に不安定で,崩落や水が突出する危険をいつもはらんでいます.研究上の興味とはいえ「中まで行って調べてみたい」とつい私が言い出して潜り込んでしまったばかりに,その後みんなが行きたがるようになって,47次隊では「世界遺産」級の一大観光地になってしまいました.逆に,野外主任としての立場もあって,自分のことは棚に上げて,内心ではあまり近づかないほうがいいと思ってました.それで,この氷洞に入るときは,気温の低い時間にするように,などど,安全には気をつけるように助言してきました.結局,皆無事で,胸をなで下ろしているのが正直なところです.もちろん夏オペ中の接近は厳禁です.

なお,「#穴遠望」の写真の赤字「氷河湖」は「北からの氷河」の間違いで,「氷河湖」は「ラングホブデ氷河」と「氷河洞」の間にあります.
さわがきさま (み・くり)
2006-12-17 23:57:55
私のでたらめな予想にあきれずに教えてくださってありがとうございます。
やはり、専門家の見方は違うものですね。
バームクーヘンの例、とても分かりやすかったです。
思わず買ってきて確かめてしまいました(食べたかっただけです)。

氷河底水流については、ほぼ1年ほど前に渡井さんが白瀬氷河をヘリで訪れたときに見たホットスポットの時にさわがきさんに教えていただいてから、興味を持っていました(教えていただいたサイトは英語が多かったのでたぶんほとんど理解できていませんが・・)。
ドームふじの近くにも氷床の下に湖がありそうだということが最近も報道されていましたね。
それを48次で確認するのですね?

いつかチャンスがあったらまた教えてください。