幸栄丸がNHKのTV番組に出たら、大勢の知人からご連絡を頂いた
親戚友人、数十年の久しぶり人、釣り人等々...
皆様☎の向こうで、決まって一言「ずいぶんと年を取ったねぇー」だった
そう映ったかも、年齢なりに年だし、でも光のせいかも、.........少し気になった、
そこで直近今日の幸栄丸と愛猫のショットを一枚....
いけてるジイサンとニャンコ.かしら.ん😁.?
幸栄丸がNHKのTV番組に出たら、大勢の知人からご連絡を頂いた
親戚友人、数十年の久しぶり人、釣り人等々...
皆様☎の向こうで、決まって一言「ずいぶんと年を取ったねぇー」だった
そう映ったかも、年齢なりに年だし、でも光のせいかも、.........少し気になった、
そこで直近今日の幸栄丸と愛猫のショットを一枚....
いけてるジイサンとニャンコ.かしら.ん😁.?
昨日の揺れは怖かった、忘れたころにやって来る地震、
震度4だった、津波は10cmくらいだった
幸いにも翌日には普通の日常に戻っていた。
週明けの時化でいなくなったと思われたアジも、何処からともなく現れ港内で群れている
週明けの時化でかき回された海、そして地震、海中の変化は如何ばかりかと、期待したいところです
しかし、しばらくは様子見、週末週明けの釣り人には仕切り直しをお願いしました。
地面が揺れると55年前の恐怖を思い出す、そしてその揺れを比較し安堵する
55年前、小学生だったあの時、運動場で遊んでた午後1時ほんの少し前
地の底から突き上げてきた激しい上下動、立っているなんてとてもできなかった
揺れは入り口の戸を最大限えびぞりにして、バーンと外へはじき出した
南から山をゆれ動かしながら進んだ揺れは、土煙とともに尾根の石を落とし
かすんで消えた島影に地方の人たちは島が沈んだと思ったそうだ
その時、島は瞬時に1m50cmも浮き上がったのだ、強烈な揺れだった
津波注意報がでて、裏の塩釜神社に自主避難した地区の人々、
釜谷地区の背、ヤガハナから灯台がある小柴山までの尾根道を歩いてみた
一番の目的は斜面をうめつくすカタクリの花を見たいでした
沢の多い地形、底まで降りたり天辺まで登ったりのくり返し
ロープを引っ張って登る場所もあったし、笹を頼りに前のめりに降りてく場所も
道としては上級者コースか?..ふくらはぎはバンバンに張って筋肉痛
出かけたのは2時、考えが甘かった、時間が足りない
カタクリの花園までは行けたから今回は良しで
今度はおにぎり持って一日がかりで....途中リタイアでした
釜谷集落が見える尾根斜面一面に咲いていたカタクリの花....
見通せないほどの広がり、風にフルフルと紫の花弁がゆれ、見ごとでした
3月28日
8時30分 さようなら...「フェリー粟島」」出港.
「フェリーにはほんとにお世話になったから見送りに行く」と88歳のおばばさん
病院は村上市に、おばばさんの大事な通院船だった。
港には島民でいっぱい、手を振る人の目には涙、紙テープを握り見上げる人、大きく手を振り返す乗組員
27年間、凪の日も時化た日も、対岸へと繋いでくれた、大事な足でした。。
岩船港から乗船した時、波が高くて欠航だと言われ、戻った事もありました。
朝、荷物を出しに行ったら港にフェリーがいなくてびっくり、病人が出て臨時運行だった事も。
不思議とフェリーに乗って海を渡ってくと気分が変わる
背負ってた荷物を降ろしたような、そんな気分.............そんな事もありました。
27年間、凪の日も時化た日も、対岸へと繋いでくてありがとうでした。
27年間の島民の感謝を乗せて、第二の海、南の島へと出港してゆきました。
4月19日からは「ニューフェリー粟島」が運航します。
新年おめでとうごいます
北西の風、欠航で始まった一月一日
八幡神社へ初詣の帰り道に見えた南方面カムラの磯
渚釣りに最良の波だと好ましそうにツレは言う
海が、渚が、地磯が、沖磯が皆さまのお出でをお待ちしております
本年もよろしくお願いいたします
9月3日 防災訓練があった
荷捌き所の土砂は地区の人がスコップとバケツを持って集まり
一日がかりで片付けてしまいました、オンチャも参加した
その日の夕方、身に着けてた物は泥まみれで帰ってきたオンチャ
オンチャが入った浴槽の底はうっすらと泥がたまっていた...みんなが頑張った一日でした
3日、土砂災害と迫りくる台風の狭間に行われた防災訓練
みんな緊張感をもって参加してたと思う
今回は海上自衛隊の機雷掃海提「すがしま」が参加した
沖で待つ掃海艇にボートで救助された住民が艀される訓練だった
S丸も含めた釜谷住民5名は、救助され内浦港までの乗船を体験した
乗組員はみな若く平均年齢30歳前半、若者でなければできない事があると実感
きびきびと動く彼らはとても好ましく頼もしかった
とても良い経験をさせていただいたと思っている
8月31日
朝起きたら海は土色に変わっていた
夜半の雨は天の底が抜けたように降ってきた
沢は一変に川となり、両岸を轟音とともに削り流れ、海に下り落ちた
強烈な雨は弱い山肌を探し、あちこちで土砂となり、崩れ流れ落ち、海へ
県道、林道、遊歩道は寸断され交通止めとなった、県道は夕方には解除された
幸いにも人家や人には被害は無かった...が
墓場の背後が崩れて落ち、お墓が土砂に埋まってしまった
元々両墓制の埋め墓、土に戻した先祖の上に大量の土が盛られてしまったわけだ
どうしたもんやら...こんな事は過去にもあったのかしら
滑り落ちた土砂は漁協荷捌き所を襲い通過し、海へと流れた
梅のカリカリ漬けと梅紫蘇ジュースが仕上がった
瓶詰め袋詰めのばあちゃん、オンチャと穴釣りから戻った家族さんに
L食べてみろ―うめぞ」と甘酸っぱいカリ梅を差し出した
家族さんは「ウワ-.おいしいわ、カリ梅もジュースも大好き!」
ばーちゃんは「もってけぇー¨うめ¨持ってけ~」とおみやげに手渡した
今年の「梅持ってけ家族さん」は福島のSさんだった......ばーちゃんより
我が家が初めてだったSさん、
大好きな梅は美味しかったし、オンチャとの穴釣りも楽しかったと
帰りにオンチャにお手紙を置いて行ってくれた
先にばーちゃんに読まれちゃったけど、おんちゃは大満足でした
Sさんとの穴釣りとTさん達とのBQ、充実の1日だったようです
みなさん遊んでくれてありがとうでした.......オンチャより
2月23日
3月を感じるような久しぶりの凪
凪ならば磯だ、小舟に乗って沖磯へ、海苔摘みに行ってきた
どの岩に乗ろうかなと、高島の辺りから小岩を眺めながら、サドマリ大島方面へ
どの岩もへばりついた海苔は身が入ってそろっと終わりみたいだ
岩海苔の佃煮用にと足場の良さそうな小岩にあがり、
よっこらしょとリュックを置いて足場をかため、さあ摘むぞと見まわしたら
なんとなんと、タコがいるではないか、それもデカイ水タコだ、
ぬるぬるの皮膚表面が色鮮やかに点滅している、足が動いている、生きてる!
どうしよう、こんなデカタコ、つついてみようか、..ツンツン..動く..どうしよう
S丸をよぼう、それだ、携帯電話のありがたさを思いながら.「はよぉきて~」コール
接岩したS丸それを見て「もうけたねっか」..そ、儲けたんですわ
海苔摘みに行って、岩の上で手もぬらさずに、大タコをゲットしたのでした
それにしても、なんでこんな大タコが岩の上の水たまりにいたんだろ
できるならば、もう少し早くきて、大タコが岩によじ登るのを見たかった
夕食時、タコはS丸の美味しい肴になりました...S丸ももうけたです
2月21日 生き生きたいそう会でボランティア
またまた「おむすびの家」の花子さんが作ってきた、牛乳パックのボウリングピンで
ボウリング大会です
座った椅子から繰り出すおばばたちの畑で鍛えた足力
直球、変化球、からぶり、へなちょこ球....ぼーる転がり乱れ倒れるピン
どれもこれもみなおかし、だれもかれも大笑い、
こころもからだもひらいて、楽しい々一日を過ごしました