アインシュタイン「人生最大の失敗」の驚くべき顛末〈dot.〉

誰もが知る天才・アインシュタインには「人生最大の失敗」があったという。
彼を長年にわたって悩ませた「失敗」の驚くべき顛末とは――。その逸話を宇宙物理学者・須藤靖(東京大学教授)の著書『宇宙は数式でできている』(朝日新書)より抜粋して紹介する。
2/24/2022
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■アインシュタインの「人生最大の失敗」
アインシュタインは、現在アインシュタイン方程式として知られている一般相対論の基礎方程式に基づいて宇宙がどのように振る舞うのかを計算した結果、無限の過去から無限の未来まで、ずっと同じ状態のままであり続ける静的な宇宙はあり得ず、宇宙は必然的に時間変化することを「発見」しました。
今の我々であれば、「宇宙が時間変化しても別にいいじゃん」と簡単に納得することでしょう。しかし、その当時、特に西欧においては「神が創られた宇宙は完璧なものであり、それが時々刻々変化するなどもってのほかだ」と考える人々が大多数でした。このように時間変化する宇宙という結論は、アインシュタインにとっては悩みの種でした。
そこで彼は、一般相対論が静的宇宙解を持つように、もともとのアインシュタイン方程式に新たな項を付け加えました。それはアインシュタインの宇宙項と呼ばれ、それに対応する定数Λ(ラムダ)は宇宙定数と呼ばれています。
ダーウィンの進化論を学校で教えることを禁止した州があったり、今でも国民の4割が進化論を信じていないとされたりする米国の例を考えれば、このような宗教的な偏見が科学に影響を与えることは、決して過去の話ではありません。そのような偏見とはほぼ無縁な日本は世界的に珍しいというべきなのです。
しかしながら、このΛ項を導入すべき積極的理由がない限り、勝手にそれを追加してしまうと一般相対論の美しさを減じてしまう、とアインシュタインは考えました。古くからの宇宙観と物理学理論の美しさの間で、アインシュタインはとても悩んだのです。
こうして宇宙は時間変化してはならないと考えたアインシュタインは、1917年に渋々宇宙項を追加することに決めたのです。
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■アインシュタインの「人生最大の失敗」
アインシュタインは、現在アインシュタイン方程式として知られている一般相対論の基礎方程式に基づいて宇宙がどのように振る舞うのかを計算した結果、無限の過去から無限の未来まで、ずっと同じ状態のままであり続ける静的な宇宙はあり得ず、宇宙は必然的に時間変化することを「発見」しました。
今の我々であれば、「宇宙が時間変化しても別にいいじゃん」と簡単に納得することでしょう。しかし、その当時、特に西欧においては「神が創られた宇宙は完璧なものであり、それが時々刻々変化するなどもってのほかだ」と考える人々が大多数でした。このように時間変化する宇宙という結論は、アインシュタインにとっては悩みの種でした。
そこで彼は、一般相対論が静的宇宙解を持つように、もともとのアインシュタイン方程式に新たな項を付け加えました。それはアインシュタインの宇宙項と呼ばれ、それに対応する定数Λ(ラムダ)は宇宙定数と呼ばれています。
ダーウィンの進化論を学校で教えることを禁止した州があったり、今でも国民の4割が進化論を信じていないとされたりする米国の例を考えれば、このような宗教的な偏見が科学に影響を与えることは、決して過去の話ではありません。そのような偏見とはほぼ無縁な日本は世界的に珍しいというべきなのです。
しかしながら、このΛ項を導入すべき積極的理由がない限り、勝手にそれを追加してしまうと一般相対論の美しさを減じてしまう、とアインシュタインは考えました。古くからの宇宙観と物理学理論の美しさの間で、アインシュタインはとても悩んだのです。
こうして宇宙は時間変化してはならないと考えたアインシュタインは、1917年に渋々宇宙項を追加することに決めたのです。
例えば、1995年には米国のローレンス・バークレー国立研究所のソール・パールムターのグループが、遠方の超新星を用いた観測から、宇宙定数は存在しないとする論文を発表しました。その年に京都で開催された国際天文学連合総会の際のシンポジウムで、パールムター氏が行った講演に対して、私は「理論的には宇宙定数が存在するという間接的証拠が積み上がっているが、あなたのグループの観測結果はどこまで確実に宇宙定数を否定していると考えているのか」と質問しました。これは、その当時、宇宙定数の存在を支持していた日本の理論研究者の疑問を代表したものだったように思います。
実際その後、彼のグループ、及びハーバード大学のブライアン・シュミットとアダム・リースたちのグループは、互いに独立に多くの観測データを追加し、それらに基づいた解析結果から、宇宙膨張は減速ではなく加速していると結論する論文を1998年に発表しました。さらにその後の観測が積み上がるにつれて、その結果はより確実になりました。この宇宙の加速膨張の発見によって、パールムター、シュミット、リースの3名は、2011年のノーベル物理学賞を受賞しました。そして、その加速膨張の原因としてもっとも有力視されているのが、宇宙定数なのです。
ところで、その当時の状況を指して、「彼らの発見は、それまで予想もされていなかった宇宙定数の存在を示した衝撃的な結果であった」と述べる人も多くいるようですが、これは明らかな間違いです。意図的に話を盛っているのか、あるいは単にその前後の研究の流れを知らないだけなのかはわかりません。
しかし先述のように、少なくとも私の周りの研究者たちは、宇宙定数が存在しないとした1995年のパールムターの最初の論文にこそ驚いたものの、それを自ら否定した1998年の論文の結果に対しては、「やっぱり予想通りだったね」といった反応だったと思います。
実際その後、彼のグループ、及びハーバード大学のブライアン・シュミットとアダム・リースたちのグループは、互いに独立に多くの観測データを追加し、それらに基づいた解析結果から、宇宙膨張は減速ではなく加速していると結論する論文を1998年に発表しました。さらにその後の観測が積み上がるにつれて、その結果はより確実になりました。この宇宙の加速膨張の発見によって、パールムター、シュミット、リースの3名は、2011年のノーベル物理学賞を受賞しました。そして、その加速膨張の原因としてもっとも有力視されているのが、宇宙定数なのです。
ところで、その当時の状況を指して、「彼らの発見は、それまで予想もされていなかった宇宙定数の存在を示した衝撃的な結果であった」と述べる人も多くいるようですが、これは明らかな間違いです。意図的に話を盛っているのか、あるいは単にその前後の研究の流れを知らないだけなのかはわかりません。
しかし先述のように、少なくとも私の周りの研究者たちは、宇宙定数が存在しないとした1995年のパールムターの最初の論文にこそ驚いたものの、それを自ら否定した1998年の論文の結果に対しては、「やっぱり予想通りだったね」といった反応だったと思います。