アイ!サラマッポ in バギオ

フィリピン人介護者のケアを受けながらの、フィリピンでのインディペンデント・リヴィング…、心の赴くまま、ここに記します。

拙著『アイ!サラマッポ』~フィリピン人介護者と生きて~

2008-11-03 13:52:53 | フィリピン-障がい者の「自立生活」

 今日11月3日は、一年前に拙著『アイ!サラマッポ』(~フィリピン人介護者と生きて~)上下巻を脱稿した日です。もう一年が…。その後書きの中でこう書きました。

「この手記の題名『アイ!サラマッポ』は、タガログ語の「サラマッポ」(Salamat po!‐ありがとうございます)に、「アイ!」(Ay!)という、フィリピン人特有の感嘆詞を付けたものである。「アイ、サラマッポ。」は、心を動かされた時に「あーら、ありがとうございます。」といった具合に、フィリピン人がよく口にする表現だ。そして、題名の「アイ」には、もちろん「愛」の文字を重ねることができる。「愛を、ありがとうございます。」という気持ちも込めてこのタイトルをつけた。」

  うれしいことに、先月8日、ようやくフィリピン上院で日本との経済連携協定(EPA)が比准され、来年から2年かけて600名のフィリピン人介護士と400名のフィリピン人看護師が、インドネシアに続いて受け入れられることに…。賛否両論あり、試行段階での様々な問題あり…は承知の上。日比双方に戸惑いや混乱はあるでしょうが、個人的にはぜひうまく軌道に乗ってほしいと願っています。

  ところで、『アイ!サラマッポ』上下巻を自費出版したのは、諸事情が許さず、脱稿から10か月ほども経った、つい2か月ほど前のことです。ネット上、書店からも購入できますが、小生の手元にもまだ在庫があります。日本国内、フィリピン国内、送料無料で発送いたします。どちらも、発注後に、代金を指定銀行口座に振り込んでいただいた後、発送いたします。一週間から十日ほどお時間を下さい。

 よろしければご一読下さい。↓

『アイ!サラマッポ ~フィリピン人介護者と生きて~』 上・下巻


※解説(内容紹介)「19年前、不慮の事故で「頸髄損傷による四肢まひ」という重度の障害を負った著者が、その絶望の淵からどのようにはい上がろうとしてきたか。多摩市、マニラ、ダバオ…と、自立生活に挑み続けたこれまでの道程を振り返る中で、一旦失いかけたヒューマニティ(人間性)をいかに回復していったか。その心の変容を、自身で問い直そうとした書。1999年、単身フィリピンに渡り、以後フィリピン人介護者のケアを受けながら、現在もフィリピンでの一人暮らしを続けている著者が、口にくわえた割りばし一本でキーボードをたたき、記録と記憶を頼りに渾身の力をふりしぼって綴ってきた自叙伝である。タイトルにある「サラマッポ-Salamat po」とはタガログ語で、「ありがとうございます。」という意味である。「フィリピン」、支え続けてくれた家族や友人への感謝の気持ちを込めて『アイ!サラマッポ』というタイトルがつけられた。」

<日本国内-上下巻各1,575円・上下巻3,150円>

<フィリピン国内-上下巻各700ペソ・上下巻1,400ペソ>

※注文受付メールアドレス:isshin3_ph@mail.goo.ne.jp

 

<本書に関してのお詫びと訂正>

 ① 『アイ!サラマッポ』上巻76ページ14行目の「Statue of Freedom」は誤りで、正しくは「The Statue of Liberty」です。
  同
153ページ13行目の「褥創」は誤りで、正しくは「褥瘡」です。
  また、下巻132ページ6行目「そう場所」は誤りで、正しくは「そういう場所」です。(訂正)

② 本書に入っていない『著者プロフィール』です。(お詫び)

著者 寺本一伸 プロフィール

1958年 金沢市に生まれる。
1981年 金沢大学教育学部卒業。同年、金沢市内の小学校に就職。
1989年 不慮の事故により頸髄C4を損傷、「四肢機能全廃」の1級身体障害者となる。
     翌年退職。
以後、病院や重度身体障害者療護施設を転々とする。
1995年 東京都多摩市にて、いわゆる障害者の「自立生活」に挑戦。
1997年 多摩市での生活を断念。金沢市内の療護施設に入所。
1998年 療護施設を退所。金沢市にて自立生活に再挑戦。
1999年 日本での自立生活を断念。3月、単身フィリピンに渡る。
     以降、首都マニラにて、フィリピン人介護者のケアを受けながら4年間生活する。
2003年 ルソン島マニラから、ミンダナオ島ダバオ市に引っ越す。
     NGO日本フィリピンボランティア協会(JPVA)と関わる。
2007年 マニラに戻り、現在2008年に至る。

(2008年10月バギオ市に引っ越す。)