答えは現場にあり!技術屋日記

還暦過ぎの土木技術者のオジさんが、悪戦苦闘七転八倒で生きる日々の泣き笑いをつづるブログ。

〈私的〉建設DX〈考〉その2 ~ これってDX(じゃん)

2024年06月07日 | 〈私的〉建設DX〈考〉

「あたらしい技術」を使ってどこを目指すか

「デジタル技術を活用して、業務フローの改善や新しいビジネスモデルの創出を通じて、それまでのあり方を変え、より良い未来を創造する取り組みがデジタル・トランスフォーメーション、すなわちDXであるらしい」

とぼくは規定しました。末尾の「らしい」は単なる照れ(のようなもの)であって他意はありません。大上段に振りかぶってはみたものの、ちょっとばかり照れくさくなってアタマを掻いてみただけのことなのです。なので、一般的には上記説明でなんら問題はないはずです(たぶん)(これも同様)。

以前からぼくは、「あらたな仕事のやり方/あたらしい技術」という分数モデルを提示し、「あたらしい技術」という分母をいくら大きくしたところで、分子である「あらたな仕事のやり方」がちいさいままでは、その効果は部分最適にとどまり、企業全体の成果とすることはできないと言いつづけてきましたがーーーちなみにぼくオリジナルの考えではありません。元ネタは杉浦さんですーーー、今さらながらに白状してしまうと、そこにはDXという概念は存在しませんでした。

ところがあるとき、「これってまさにDXじゃん!」(ゴメンナサイ。「じゃん」なんて語尾につけることは口が避けてもありません。ちょっと気取ってみただけです。許してください)と気づいたのです。

前述したように、デジタル技術の活用は、DXに向かって歩む際の手段に過ぎず、その目的は、それまでのあり方を変えることであり、その先に、現実がどうかはともかく、概念としては「より良い未来」の創出があります。
つまり、「あらたな仕事のやり方/あたらしい技術」という分数の分子を「それまでのあり方を変える」に、分母を「デジタル技術」に置き換え、その分数であらわされる全体をDXとする。そしてそれに、デジタルテクノロジーの導入や活用だけでは不十分で、実際の業務プロセスやビジネスモデルの変革が伴わなければDXにはたどり着けないよ、という解説を加えると、それはそのままDXの本質を理解し、より効果的な取り組みを促すモデルとなります。

いかがでしょうか。「これってまさにDXじゃん!」と、あらぬ言葉を口走ったとしても、さもありなんと思ってはいただけないでしょうか。


しかし、どうもその分数モデルだけでは説明不足のようです。
では、こうしてみるとどうでしょうか。

「仕事の効率をよくする(=カイゼン)/あたらしい技術(=デジタルテクノロジー)」

これで表される全体は、「生産性の向上」です。
ここでもまた、便利なツールの導入は、「生産性の向上」という全体を見通して、カイゼンという分母を常に意識していないと効果は乏しいままで終わってしまいます。「ツールを使ったら成果が上がる」のではなく「ツールを効果的に使ったものが成果を上げる」という構図です。

といってもそれは、企業(現場)の一部の生産性が上るに過ぎず、企業(現場)全体にとっての生産性向上を図るには、そこにマネジメントの介在が必要欠かさざるものとしてなければなりません。だとすれば、

「仕事の効率をよくする(=カイゼン)/あたらしい技術(=デジタルテクノロジー)」

という分数モデルがあらわす全体は、「部分的な生産性向上」とあらわすのが適切でしょう。では、全体の生産性を上げるためにはどのようにすればよいのでしょうか。

「仕事のつながりをよくする(=マネジメント)/あたらしい技術(=デジタルテクノロジー)」

が並立して存在し、かつ前者を包括しておく必要があるだろうとぼくは考えます。

ここで、

「仕事の効率をよくする(=カイゼン)/あたらしい技術(=デジタルテクノロジー)」を(1)、

「仕事のつながりをよくする(=マネジメント)/あたらしい技術(=デジタルテクノロジー)」を(2)、

「あらたな仕事のやり方/あたらしい技術」を(3)

とすると、すなわち、(1)+(2)が「生産性向上」で、(3)DXは、それを包括し、かつ常に同時に存在している必要がある概念となります。


デジタルでなければならないのか?

ここで、デジタルトランス・フォーメーションから少し離れて考えてみましょう。
「あらたな仕事のやり方」を模索するためには、何もデジタルである必要はありません。デジタルテクノロジーの導入よりも「あらたな仕事のやり方」を見つける方が、はるかに重要度が高いはずです。そもそもそこをデジタルで固定する方が無理があるのではないか、そう言われれば、ぼくは素直に「仰るとおりです」と答えるでしょう。

しかし、今という時代はデジタルテクノロジーを抜きにして物ごとを進めることはできません。本質的には上述のとおりだとしても、そこからデジタルを外すとしたら、むしろそちらの方が不自然です。
だとしたら、今という時代に生きているのですもの、デジタルツールを用いない手はありません。デジタルテクノロジーを積極的に活用することで良くなろうとするのは自然な流れです。そして、それがもっとも効果的であると考えることに不都合はありません。


話を戻します。
つまりぼくたちは、生産性向上が実現したとして、それが即DXにはつながらないということを理解しておく必要があるのです。
ということで、次回は生産性向上とDXの相違および関係性についてとき解いていこうと思います。


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