ヒルネボウ

笑ってもいいかなあ? 笑うしかないとも。
本ブログは、一部の人にとって、愉快な表現が含まれています。

夏目漱石を読むという虚栄 5140

2021-09-25 17:34:17 | 評論

   夏目漱石を読むという虚栄

5000 一も二もない『三四郎』

5100 「母」と「あの女」

5140 「囚(とら)われちゃ駄目だ」

5141 「ベーコンの二十三頁」

 

三四郎はハイティーンみたいだが、「二十三年」(『三四郎』一)も生きているのだ。

 

<三四郎はベーコンの二十三頁を開いた。

(夏目漱石『三四郎』一)>

 

二十三歳だから、「二十三頁」を開いた。作者の意図は不明。

 

Ⅰ 三四郎は奇跡的に「二十三頁」を開いた。

Ⅱ 三四郎は自分の性格などを占うために「二十三頁」を開いた。

Ⅲ 作者は奇跡や占いなどを嘲笑している。

 

三四郎が「読んでも解らないベーコンの論文集」(『三四郎』一)の「二十三頁」を開いて眺めると、広田がエクソシストとして召喚される。だから、作者は、ⅠもⅡもⅢも暗示しているのだろう。不合理なことだ。しかし、作者は自然なことのように考えているのかもしれない。作者は「自然の力に従って始めて自然に勝つ」(『吾輩は猫である』十一)という「ベーコン」の言葉を暗示していて、三四郎は無自覚にそれを実践しているところらしい。

 

<スコラ哲学に反対し、学問の最高課題は、一切の先入見と謬見すなわち偶像(イドラ)を捨て去り、経験(観察と実験)を知識の唯一の源泉、帰納法を唯一の方法とすることによって自然を正しく認識し、この認識を通じて自然を支配すること(「知は力なり」)であるとした。

(『広辞苑』「ベーコン」)>

 

「イドラ」は「偶像と訳されることもあるが正しくない」(『日本国語大辞典』「イドラ」)とのこと。

 

<『ノウム・オルガヌム』で彼はまず、人間の知性の真理への接近を妨げる偏見として、四つのイドラidola(偶像または幻影)をあげる。第一は、自己の偏見にあう事例に心が動かされる、人類に共通の種族の偶像、第二は、いわが洞窟(どうくつ)に閉じ込められた広い世界をみないために個人の性向、役割、偏った教育などから生じる洞窟の偶像、第三は、舞台上の手品・虚構に迷わされるように、伝統的な権威や誤った論証、哲学説に惑わされる場合の劇場の偶像、第四は、市場での不用意な言語のやりとりから生じる市場の偶像である。

(『日本大百科全書(ニッポニカ)』「ベーコン」杖下隆英)>

 

三四郎は、いわゆる偶像破壊を企てようとしたらしい。だが、彼はこの四つのイドラのどれ一つとして破壊できない。逆だ。むしろ、より深く偏見に囚われていくことになる。

 

 

 

 

 

 

5000 一も二もない『三四郎』

5100 「母」と「あの女」

5140 「囚(とら)われちゃ駄目だ」

5142 「別の世界の事」

 

三四郎は旧弊な思想のせいで近代都市の生活になじめないのではない。三四郎は「田舎」にいたときから、「母」や周囲の人々と打ち解けることができなかった。その不安や苦しみや違和感などが、都会に出ることになってからやっと自覚できるようになったのだ。

勿論、語り手がこのように語るわけではない。語り手は嘘つきらしい。作者は語り手を支持している。作者は読者を誑かそうとしている。だから、読者は誑かされてやらなければならない。Nは、自分の苦悩や不安などを文芸化することによって、解決したのではない。解決しようとして失敗したのですらない。憂さ晴らしだ。つまり、作者に成り上がることによって、苦悩や不安などを読者に丸投げし、共感や同情を求めている。拗ね者。

 

<三四郎は急に気を易(か)えて、別の世界の事を思出した。――これから東京に(ママ)行く。大学に這入る。有名な学者に接触する。趣味品性の具(そなわ)った学生と交際する。図書館で研究をする。著作をやる。世間で(ママ)喝采(かっさい)する。母が嬉しがる。と云(ママ)う様な未来をだらしなく考えて、大いに元気を回復してみると、別に二十三頁の中に顔を埋(うず)めている必要がなくなった。そこでひょいと頭を上げた。すると筋向うにいたさっきの男がまた三四郎の方を見ていた。今度は三四郎の方でもこの男を見返した。

(夏目漱石『三四郎』一)>

 

「別の世界」は意味不明。元の「世界」は、お花との一夜の体験というか未体験を指すのだが、それを「世界」と呼ぶのは無理だろう。

広田は「有名な学者」ではない。ただの教師だ。

 

<その道の人なら、西洋人でもみんな野々宮君の名を知っている。

(夏目漱石『三四郎』三)>

 

三四郎は、「有名な学者」の野々宮と親密にならない。その理由は不明。

与次郎は「趣味品性の具(そなわ)った学生」ではない。だが、遊び上手でもない。くだらない男。

「図書館」に入り浸ることもない。

三四郎は、学究肌ではないから、「著作」はやれまい。当然、「世間」には知られない。

「母が嬉しがる」と、三四郎はきちんと「考えて」いない。だから、「大いに元気を回復して」しまうという話には無理がある。

エクソシスト広田は、「母」と三四郎の間を裂くのではない。

 

<「うん。そうそう。なるべく御母さんの言う事を聞かなければ不可ない」と云ってにこにこしている。まるで子供に対する様である。三四郎は別に腹も立たなかった。

(夏目漱石『三四郎』七)>

 

広田は、三四郎の宿親のようだ。作者は「母」の毒気を希釈しようとしている。姑息。

 

 

 

 

 

5000 一も二もない『三四郎』

5100 「母」と「あの女」

5140 「囚(とら)われちゃ駄目だ」

5143 「亡(ほろ)びるね」

 

作者は「母」の話題を避けるために、広田を登場させたのだ。

 

<「然しこれからは日本も段々発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、

「亡(ほろ)びるね」と云った。――熊本でこんなことを口に出せば、すぐ擲(な)ぐられる。わるくすると国賊取扱(とりあつかい)にされる。

(夏目漱石『三四郎』一)>

 

「然し」は無視。「これ」は〈日露戦争の後〉だ。「弁護した」のは三四郎だが、「弁護」は〈自己「弁護」〉の略か。普通に言うなら、〈反論〉だろう。

「かの男」は広田。「すまし」は「きどる」(『広辞苑』「すます」)か。

 

<1876年(明治9)熊本城外の花岡山で祈祷会を開き、キリスト教奉教趣意書に署名。日本におけるプロテスタントの源流の一つ。

(『広辞苑』「熊本バンド」)>

 

Nは熊本の第五高等学校講師をやっていたのだから、熊本バンドを知らないはずがない。無視か。だったら、なぜ? 

 

<熊本バンドの一人。同志社中退。1887年(明治20)民友社を設立、「国民之友」「国民新聞」を発行し、平民主義を提唱。日清戦争以後、帝国主義の鼓吹者となる。

(『広辞苑』「徳富蘇峰」)>

 

『八重の桜』(NHK)参照。

 

<「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」で一寸(ちょっと)切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。

「日本より頭の中の方が広いでしょう」と云った。「囚(とら)われちゃ駄目だ。いくら日本の為(ため)を思ったって贔屓(ひいき)の引倒しになるばかりだ」

この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出た様な心持がした。

(夏目漱石『三四郎』一)>

 

「広い」は意味不明。広田が「広田」なのは、この言葉からか。くだらねえ。

「東京より日本」は無意味。「傾けている」は〈「傾けている」ので〉云々とやるべき。

「頭の中」が一番狭いやね。「広い」は逆説だから、きちんと説明すべきだ。

何に「囚(とら)われちゃ」だろう。「帝国主義」か。「平民主義」か。両方か。あらゆる「主義」か。「囚(とら)われちゃ駄目だ」なんて意味不明の言葉に囚われちゃうと「亡(ほろ)びる」よ。

 

(5140終)


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夏目漱石を読むという虚栄 5130

2021-09-24 15:05:35 | 評論

   夏目漱石を読むという虚栄

5000 一も二もない『三四郎』

5100 「母」と「あの女」

5130 物語のない「世界」

5131 「異性の味方」

 

引用を続ける。ただし、話は、突如、変わる。

 

<――明治の思想は西洋の歴史にあらわれた三百年の活動を四十年で繰返している。

三四郎が動く東京の真中に閉じ込められて、一人で鬱(ふさ)ぎ込んでいるうちに、国元の母から手紙が来た。東京で受取った最初のものである。

(夏目漱石『三四郎』二)>

 

「動く東京」は意味不明。何によって「閉じ込められて」いるのか。「閉じ込められて」いるのは「一人」か。あるいは、「鬱(ふさ)ぎ込んでいる」のが「一人」か。「いるうちに」は怪しい。「国元の母から手紙が来た」という展開は、唐突。〈三四郎が「不安」になって「母」に手紙を書いたら、その返信が届いた〉といった展開が普通だろう。作者は「東京の真中」と「国元」の比較が必要になった理由を意図的に隠蔽しているはずだ。

 

<要するに自分がもし現実世界と接触しているならば、今のところ母より外にないのだろう。その母は古い人で古い田舎に居(お)る。その外には汽車の中で乗合した女がいる。あれは現実世界の稲妻である。接触したと云うには、あまりに短くってかつあまりに鋭過ぎた。――三四郎は母の云い付け通り野々宮宗八を尋ねる事にした。

(夏目漱石『三四郎』二)>

 

「もし」は「現実世界」の有様を隠蔽するための小細工。「現実の世界」が、「現実世界」に戻った。作者は、かなり無理をしている。「今のところ」はおかしい。〈「接触しているならば」~「母より外にないのだろう」〉は日本語になっていない。

 

<女とは京都からの相乗である。乗った時から三四郎の眼に着いた。第一色が黒い。三四郎は九州から山陽線に移って、段々京大阪へ近付いてくるうちに、女の色が次第に白くなるので何時の間にか故郷を遠退(とおの)く様な憐(あわ)れを感じていた。それでこの女が車室に這入(はい)って来た時は、何となく異性の味方を得た心持がした。この女の色は実際九州色であった。

三輪(みわ)田(た)の御(お)光(みつ)さんと同じ色である。国を立つ間際までは、お(ママ)光さんは、うるさい女であった。傍(そば)を離れるのが大いに難有(ありがた)かった。けれども、こうして見(ママ)ると、お光さんの様なのも決して悪くはない。

(夏目漱石『三四郎』一)>

「異性の味方」の原型は「母」だ。

「九州色」は無理な冗談。

御光(おみつ)は、Sの従妹や『彼岸過迄』の千代子の前身だろう。彼女たちは「母」のダミーであり、「母」こそが「うるさい女」なのだろう。

御光(おみつ)という名が『新版歌祭文』(近松半二ほか)からなら、美禰子と三四郎が駆け落ちする展開もありえたか。

 

 

 

 

 

5000 一も二もない『三四郎』

5100 「母」と「あの女」

5130 物語のない「世界」

5132 「母」と「花」

 

私が常識だと思っていることと、語り手が常識だと思っていることは、違うらしい。

 

<元来あの女は何だろう。あんな女が世の中に居るものだろうか。女と云(ママ)うものは、ああ落付いて平気でいられるものだろうか。無教育なのだろうか、大胆なのだろうか。それとも無邪気なのだろうか。要するに行ける所まで行ってみなかったから、見当が付かない。思い切ってもう少し行ってみるとよかった。けれども恐ろしい。別れ際にあなたは度胸のない方だと云われた時には、喫驚(びっくり)した。二十三年の弱点が露見した様な心持であった。親でもああ旨(うま)く言い中(あ)てるものではない。……

(夏目漱石『三四郎』一)>

 

「あの女」に三四郎は「花」(『三四郎』一)と命名する。「花」は「遊女をもさす」(『日本国語大辞典』「はな」)から、ネタバレみたいだが、よくわからない。

〈「あんな女」でも娼婦ではない〉という表現は見当たらない。また、〈三四郎は娼婦という職業婦人を知らない〉という表現も見当たらない。〈三四郎は、売春という仕事を知ってはいたが、お花が娼婦だと夢にも思わなかった〉という表現も見当たらない。〈そのくらい、三四郎は初心だった〉という表現も見当たらない。作者は何をしているのだろう。

「無邪気」という言葉は、静に対しても用いられる。

「行ける所まで」は、〈性行為の諸段階を「行ける所まで」〉の略だが、空しい。

この「恐ろしい」は夏目語だろう。美人局だったら、恐ろしい。性病に罹るのは恐ろしい。ストーカーも恐ろしい。〈恥をかかされて「恐ろしい」〉の略らしいが、恥をかくのを普通は「恐ろしい」と言わない。〈据え膳食わぬは男の恥〉みたいな言葉が前提にあるのだろうが、この言葉は逆説だ。据え膳を食う方が、常識的には恥。

据え膳を食う「度胸」があったら、「無鉄砲」だろう。お花の捨て台詞は「あんな女」に特有の負け惜しみが言わせたものだが、作者の意図は不明。「喫驚(びっくり)」は意味不明。

「二十三年」は三四郎の年齢。「弱点」は〈「度胸のない」こと〉だろう。

「親」は「母」だ。彼女は息子に「御前は子供の時から度胸がなくて不可ない」(『三四郎』七)と言っている。「度胸のない方」の真意は〈受動的男性〉などだ。

語り手は、「母」といたときの三四郎が世間知らずだったように語る。だが、無理だ。三四郎が童貞だとしても、売春の知識ぐらいはあるはずだ。お花は、三四郎にとって、人間ではなかったのだろう。「母」の化身のような存在らしい。「母」の生霊が息子に追いすがったわけだ。だから、「恐ろしい」と形容される。作者は、この種の怪談を隠蔽しつつ、その雰囲気を醸し出そうとしている。

 

Ⅰ お花は、娼婦ではなく、男を買う女だった。

Ⅱ お花は「母」の化身だった。

 

Ⅰの物語は無視されている。Ⅱの物語は隠蔽されている。だから、本文は意味不明。

 

 

 

 

 

5000 一も二もない『三四郎』

5100 「母」と「あの女」

5130 物語のない「世界」

5133 エクソシスト広田

 

三四郎は、「母」の支配から逃れるために上京する。だが、今度は都会に対する不安が募る。彼の心は揺れている。「母」に対する依存と忌避が交互に起きる。

 

<三四郎は手紙を巻返して、封に入れて、枕元へ(ママ)置いたまま眼を眠った。鼠が急に天井で暴れ出したが、やがて静まった。

(夏目漱石『三四郎』四)>

 

「手紙」は「母」からのもの。

「鼠」も「母」の化身だ。「急に」は不図系の語。

 

<田舎の母の嫌な「気」が来ないように、東京と田舎の間に防御のバリヤーをずっと昔から張っていたのである。母が死んだら大気が軽やかになったということは、母の出す怨霊、生霊が東京の空の下で暮らす我が身に重くのしかかっていたというのだろうか。しかし、バリヤーが破られていたという実感はなかった。東京駅から西北に約55キロほどの所に、某私鉄の「森林公園駅」というのがあって、そのあたりがバリヤーを張ってある場所だったのである。その私鉄を利用して時たま田舎に向かう時など、その駅が近づくと母が出していると思われる嫌な毒ガスのようなものの濃度が強く感じられて暗い気分になったものだし、また逆に帰京する時は、その駅を境に通り過ぎると、空気も新鮮になった。夏などの場合、車輪がレールのつなぎ目を通過する音に混じって、口やかましい母の言葉が耳鳴りのようにセミの泣(ママ)き声と一緒に聞こえたものだが、その幻聴もこの森林公園駅を通過するとともに遠のいていくようだった。

(花輪和一『不成仏霊童女』「あとがき」)>

 

花輪の「セミ」が三四郎の「鼠」に相当する。花輪は「嫌な「気」」を異様なものとして回想できるが、三四郎は違う。

花輪の「森林公園駅」に相当するのが広田だ。彼は東京で三四郎と再会し、「知ってる、知ってる」(『三四郎』四)と言うが、この出会いについて話題にしない。その理由は不明。

 

<髭(ひげ)を濃く生やしている。面長(おもなが)の瘠(やせ)ぎすの、どことなく神主じみた男であった。ただ鼻筋が真直に通っている所だけが西洋らしい。学校教育を受けつつある三四郎は、こんな男を見るときっと教師にしてしまう。

(夏目漱石『三四郎』一)>

 

広田は〈同性の「味方」〉だ。彼は「神主」つまり「バリヤー」を張ってくれるエクソシトであると同時に、普通の「教師」だ。

作者は、〈「神主」は三四郎を救う〉という物語と〈「教師」では三四郎を救えない〉という物語を、同時に、不完全な形で発信している。

(5130終)

 


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聞き違い ~ハレーション

2021-09-23 10:24:00 | ジョーク

   聞き違い

     ~ハレーション

スイミング・スクール 睡眠ぐっすり

ハレーション 晴れ衣装

コンビニエンス・ストア 昆布にお酢と餡

ずらかった 鬘(ずら)買った

(終)


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夏目漱石を読むという虚栄 5120

2021-09-22 20:38:11 | 評論

   夏目漱石を読むという虚栄

5000 一も二もない『三四郎』

5100 「母」と「あの女」

5120 「現実世界だとすると」

5121 「大変な動き方」

 

『三四郎』の語り手は、三四郎の〈自分の物語〉を隠蔽するために無駄話をする。

 

<三四郎が東京で驚いたものは沢山ある。第一電車のちんちん鳴るので驚いた。それからそのちんちん鳴る間に、非常に多くの人間が乗ったり降りたりするので驚いた。次に丸の内で驚いた。尤も驚いたのは、何処まで行っても東京が無くならないと云(ママ)う事であった。しかも何処をどう歩いても、材木が放り出してある、石が積んである、新しい家が往来から二三間引込んでいる、古い蔵が半分取崩されて心細く前の方に残っている。凡(すべ)ての物が破壊されつつある様に見える。そうして凡ての物がまた同時に建設されつつある様に見える。大変な動き方である。

(夏目漱石『三四郎』二)>

 

三四郎は都会というものをまったく知らないらしい。以下、「東京」らしい事物は一つも出てこない。しかも、「沢山」ではない。東京について三四郎が知っている二、三の事柄について、語り手は戯画的に語る。作者は何をしているのだろう。

「第一」は意味不明。三四郎の故郷である熊本の「電車」は「ちんちん」と鳴らないのか。あるいは、「電車」がないのか。ええい、どっちだ? いらつく。

「非常に多くの人間」には驚かないのか。熊本の「電車」が満員になることはないのか。

「次に」は意味不明。「次」の次は、あるのか、ないのか。

「丸の内」を「何処まで行っても」「東京」から、出られるわけがない。くだらねえ! 「東京」は〈繁華街〉などの換喩だろうが、無理。

「何処をどう歩いても」は嘘だろう。裏通りに入らなかったらしい。貧民の暮らしぶりを見なかった。器用にも、道に迷わなかった。「ある」は〈あったり〉が適当だが、語り手はわざと拙く語っている。三四郎の浮かれた感じを表現しているつもりらしい。「引込んでいる」は〈「引込んでいる」ように見える〉が適当だろう。「家」が移動したかどうか、彼が知るわけはない。三四郎は先入観をもって「東京」を見ている。では、そういう文芸的表現になっているのか。てんでなっていない。「材木」や「石」や「家」や「蔵」が動く様子は語られていない。勿論、勝手に動いたら、「大変な」ことだ。驚くどころの騒ぎではない。人間が動かしているわけだが、労働者の姿がない。「心細く」は〈心細そうに〉などが適当だが、建物の擬人化はウザい。

〈「凡(すべ)ての物が破壊されつつ」あり、「すべての物が同時に建設されつつある」〉というのは無意味。だから、そんな情景が「見える」ということは考えられない。もしかして、二種の情景が三四郎の脳裏でオーバーラップしてしまうのか。どういう病気? 

「動き方」は唐突。〈「非常に多くの人間が乗ったり降りたりする」その「動き方」に「驚いた」〉という話ではなかろう。語り手は、三四郎の心の「動き方」を、外界の「動き方」によって表現したかったらしい。企画倒れ。外界の動きは彼の想像でしかないからだ。

三四郎が元気なら、驚きは喜びに変るはずだ。ところが、彼は喜ばない。逆に、めげる。三四郎は溌剌としていない。その理由について、語り手は明瞭に語りたくないらしい。

 

 

 

 

 

5000 一も二もない『三四郎』

5100 「母」と「あの女」

5120 「現実世界だとすると」

5122 「三四郎の自信」

 

『三四郎』の語り手は、三四郎自身の〈自分の物語〉の語り手と区別できない。『三四郎』という作品は、作中の〈三四郎の独白〉と区別できない。作中の三四郎は頭の中のに語っている。三四郎のDと、『三四郎』の語り手に対応する聞き手を区別することはできない。また、複数の聞き手と『三四郎』の読者を区別することもできない。言うまでもなく、作者が三四郎という人物を拵えたわけだが、その三四郎と、三四郎が拵えた〈もう一人の自分〉を区別することは、『三四郎』の読者にはできない。

 

<三四郎は全く驚いた。要するに普通の田舎者が始(ママ)めて都の真中に立って驚くと同じ程度に、また同じ性質に於(おい)て大いに驚いてしまった。今までの学問はこの驚きを予防する上に於て、売薬程の効能もなかった。三四郎の自信はこの驚きと共に四割方滅却した。不愉快でたまらない。

(夏目漱石『三四郎』二)>

 

「要するに」は不適当。「同じ」ではないはずだ。

「学問」の中身は不明。「売薬」は意味不明。『広辞苑』の「売薬」ではこの文が引用されているが、辞書の「効能」はない。〈「売薬程の効能」しかなかった〉が適当だろうが、その場合、「全く」が意味不明になる。「我が生れし邦をば、売薬をするものの様に、我計りをよしと云て自慢することに候ば」(『日本国語大辞典』「売薬」)を踏まえた表現か。

「学問」の中身は不明。「予防する」は〈治癒する〉などでないと、理屈に合わない。

何の「自信」か。近頃の〈自分に自信がない〉も舌足らず。「四割方」の中身は不明。「四割方滅却し」は無意味。

 

〈僕はまったく驚いた〉と、日記には書いておこう。「この驚き」という言葉によって、「自信」は六割方保てそうな気がする。少し愉快だ。

 

『三四郎』の読者は、三四郎の嘘の〈日記〉を読まされているようなものだ。

 

<この劇烈な活動そのものが取りも直さず現実世界だとすると、自分が今日(こんにち)までの生活は現実世界に毫(ごう)も接触していない事になる。

(夏目漱石『三四郎』二)>

 

「この劇烈な活動そのもの」は語られていない。「現実世界だとすると」あるから、「この劇烈な活動そのもの」は彼の幻覚かもしれない。〈「生活は」~「接触し」〉は意味不明。「今日(こんにち)まで」に呼応するには、「接触していない」を〈「接触して」いなかった〉とやるのが適当。ただし、真相は違うのだろう。三四郎は、郷里の「現実世界」にも「接触して」いなかったはずだ。そうした真相を露呈しているのが「事になる」という言葉だろう。

常識的には、〈東京と熊本が「接触していない事」に気づいた〉などが適当だろう。

 

 

 

 

 

5000 一も二もない『三四郎』

5100 「母」と「あの女」

5120 「現実世界だとすると」

5123 「自分の世界」

 

「世界」という言葉の意味が次第に朦朧となる。

 

<世界はかように動揺する。自分はこの動揺を見ている。けれどもそれに加わる事は出来ない。自分の世界と、現実の世界は一つの平面に並んでおりながら、どこも接触していない。そうして現実の世界は、かように動揺して、自分を置き去りにして行ってしまう。甚だ不安である。

(夏目漱石『三四郎』二)>

 

「世界」は「都」が妥当。「かように」の指す言葉は不明。「動揺する」は変。地震ではあるまい。「転じて、気持などが不安定になること。不安」(『広辞苑』「動揺」)というのを元に「転じて」いるわけだ。下手な冗談。動いているのは、「世界」そのものではなく、その内部の人や乗り物だ。街並みの変化を、上京したばかりの彼が見ているはずはない。三四郎は「自分」の心の「動揺」を外界に投影して「見ている」のだろう。だが、そうした文芸的表現になっているのではない。作者が浮ついているのだ。

「けれども」は機能していない。「それ」の指すのが「動揺」なら、無意味。

「自分の世界」は意味不明。「現実の世界」は先の「現実世界」と同じか。「平面」は意味不明。「物体を真上から垂直に見た形」(『広辞苑』「平面」)という意味ではなかろう。「並んで」も「接触」も意味不明。『日本国語大事典』は「接触」の項でこの文を引くが、無益。

「そうして」は機能していない。「現実の世界」と「並んで」いたのは「自分の世界」だから、「置き去りに」されるのは「自分の世界」でないと理屈に合わない。

「不安」は唐突。

 

<三四郎は東京の真中に立って電車と、汽車と、白い着物を着た人と、黒い着物を着た人との活動を見て、こう感じた。けれども学生生活の裏面に横たわる思想界の活動には毫も気が付かなかった。――明治の思想は西洋の歴史にあらわれた三百年の活動を四十年で繰返している。

(夏目漱石『三四郎』二)>

 

「東京の真中」は意味不明。「白い着物」と「黒い着物」は何の比喩だろう。

「けれども」は機能していない。「学生生活の裏面」は意味不明。「裏面に横たわる」は意味不明。「思想界」について、『三四郎』のどこにも明示されていない。

「明治の思想」は意味不明。「歴史にあらわれた」は意味不明。「三百年」は、いつからいつまでか。「三百年」プラス「四十年」を「四十年で繰返して」いるのではないのか。どちらにせよ、追いついたわけか。「思想」と「活動」の関係が不明。

「現実の世界」と「自分の世界」という意味不明の比較が、いつの間にか、「日本」の何かと「西洋」の何かの不合理な比較になっている。三四郎がおかしいのか。作者だろう。

「――」は姑息。作者は語り手に奇妙な特権を与えている。「あらわれた」は意味不明。

 

(5120終)


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夏目漱石を読むという虚栄 5110

2021-09-20 17:32:18 | 評論

     夏目漱石を読むという虚栄

 

第五章 一も二もない『三四郎』

 

王さまのお話を、まだまだつづけますから、かくごして読んでください。

(寺村輝夫『王さまびっくり』「まほうのレンズ」)

 

5000 一も二もない『三四郎』

5100 「母」と「あの女」

5110 「新しい女」

5111 あこがれの近代的自我

 

『三四郎』も誤読されてきた。

 

<熊本から上京した東大生小川三四郎は東京に驚き、不安を感じるが、先輩の野々宮(ののみや)や広田(ひろた)先生、同級生の与次郎(よじろう)らと出会い、啓発されてゆく。また、勝気で美しい里見美禰子(さとみみねこ)に恋をするが、実らない。

(『近現代文学事典』「三四郎」)>

 

三四郎と美禰子の「恋」は、なぜ、「実らない」のか。Nが美禰子を嫌いだからだ。

 

<美禰子は同じ作者の『虞美人草』の藤尾と同タイプの自我に目ざめた「新しい女」として描かれている。

(『ブリタニカ国際大百科事典』「三四郎」)>

 

「自我」は意味不明。「これは幼児期に自覚されはじめるが、確立するのは青年期とされている」(『日本国語大辞典』「自我」)というのが常識だろう。

 

<《文芸用語》 自立した個人・市民としての自覚に基づいて形成されてゆく自我。

(『近現代文学事典』「近代的自我」)>

 

「近代的自我」の「近代的」には、「〈近代化〉という観念がかつて有していた〈あこがれ〉のニュアンス」(『百科事典マイペディア』「近代化」)が含まれているようだ。「封建的遺制など、前時代的なものの束縛から解放され、個人主義・自由主義を背景に覚醒した自我。日本では、前提となる近代市民社会の確立を欠いたため、未成熟に終わった」(『三訂 常用国語便覧』「近代的自我」)という。この「自我」も意味不明。「日本では」いつごろ「近代市民社会の確立」ができたのだろう。まだか? そうかもしれない。

 

<因習を打破し、婦人の新しい地位を獲得しようとする女。1911年(明治44)女流文学者の集団「青鞜(せいとう)」派の人々が婦人解放運動を起こした頃からいう。

(『広辞苑』「新しい女」)>

 

藤尾や美禰子は「女流文学者」ではないし、「婦人解放運動」をやってもいない。

 

<女性解放運動の宣言とみられた問題作で、ノーラは〈新しい女〉の代名詞となったが、イプセン自身はこれを人間描写の劇とした。

(『百科事典マイペディア』「人形の家」)>

 

「ノーラ」は〈ノラ〉が普通。平野ノラはバブリーなノラ。

 

 

 

 

 

 

 

5000 一も二もない『三四郎』

5100 「母」と「あの女」

5110 「新しい女」

5112 塩原事件

 

「新しい女」には、ブラスの価値とマイナスの価値があった。

 

<ジャーナリズムが『青鞜』のスキャンダルを煽(あお)るにつれて、対象が『青鞜』の女性へと収斂(しゅうれん)してゆき、毒々しい罵詈(ばり)に変わっていった。

(『日本歴史事典』「新しい女」堀場清子)>

 

「ジャーナリズム」は、「新しい女」という言葉をマイナスの価値で用いた。

美禰子のモデルは平塚らいてうとされる。どこが似ているのか、私にはわからない。

 

<卒業後文学講座での教え子平塚らいてうと心中事件を起こし物議をかもしたが、漱石の庇護に救われ、長編『煤煙』(1909)を発表。

(『ブリタニカ国際大百科事典』「森田草平」)>

 

「心中事件」の後、『三四郎』が出て、その後に『煤煙』が出て、その『煤煙』を『それから』の代助が冷評している。しかし、『三四郎』や『それから』より『煤煙』の方が面白い。ただし、『煤煙』のヒロインの思惑などは、私には推量できない。

 

<卒業後、生田長江(いくたちょうこう)の閨秀(けいしゅう)文学会に参加して森田草平(そうへい)を知り、1908年「心中未遂」と騒がれた「塩原事件(煤煙事件(ばいえんじけん)」を起こすが、これも遺書によれば「わが生涯の体系を貫徹」するためとされる。

(『日本歴史大事典』「平塚らいてう」)>

 

「心中未遂」について、彼女は自伝で、きっぱりと否定している。森田は恋愛妄想を抱いていたらしい。この妄想に、Nもマスごみも巻き込まれてしまったようだ。

 

<夏目先生の小説は、本当の意味の小説ではない、ホトトギス派の写生と理屈で書いた学者の小説で、ああいう彽徊趣味の文学は、自分の趣味ではないなどといい、夏目先生という人は、女のひとをまったく知らず、それも奥さん一人しか女を知らないで小説を書くのだから、作中の女はみんな頭で作られ、生きている女になっていない。いつも弟子たちの、とくに女性についての話を注意深く聞いていて、そのまま翌々日あたりの新聞小説に書いたりする。女の使う言葉もまったく知らないから、わたくしが教えているのだ、などともいい、夏目先生の家庭のこと、奥さんの人柄などについても、森田先生はよく噂話をしてもいました。

(平塚らいてう『平塚らいてう自伝 元始、女性は太陽であった』「塩原事件」)>

 

Nは、『三四郎』で、『草枕』的混迷から脱しようともがいている。恋愛未経験のおっさんが青春小説を書こうとしてかなり無理をしている。

 

 

 

 

 

 

 

5000 一も二もない『三四郎』

5100 「母」と「あの女」

5110 「新しい女」

5113 陰険な専横

 

「塩原事件」はフェイク・ニュースだったらしい。だが、今でも訂正されていない。

 

<この事件をニュースとして知らせた新聞は、「決死の原因」というところで、こんなふうにかいている。

「むかしから情死はそんなにめずらしいものではないが、この事件のように最高の教育をうけた紳士(しんし)淑女(しゅくじょ)が、おろかな男女のまねをしたのは、今までになかったことだ。自然主義、性欲満足主義の最高を代表する、めずらしいニュースといっていい。しかもふたりが尾花峠の山上で、逮捕にきた警官にたいし『私たちの行動は恋(ラブ)の神聖を発揮するもので、だれにも恥ずかしいとは思わない』といばったのは、けしからんではないか」

(松田道雄『恋愛なんかやめておけ』「女の反抗」)>

 

注目すべきなのは、「性欲満足主義」と「恋(ラブ)の神聖」の対立だ。対立しているのは、新聞記者の見方と森田草平の見方だ。この対立は、〈「恋は罪悪」あるいは「神聖」〉というSの意味不明の発言に似ている。だが、『こころ』の場合、人によって恋愛観が異なるのではない。Sの恋愛観が自己矛盾めいているのだ。

辻潤の妻だった伊藤野枝は「青鞜」を受け継ぐが、既婚者の大杉栄や神近市子などと絡む。日蔭茶屋事件だ。『エロス+虐殺』(吉田喜重監督)参照。

 

<このごろ坪内博士の『いわゆる新シイ女』を読んだ。

老人は馬鹿で利口で利口で馬鹿であるとは、フランスの皮肉家ロシュフォコールの言葉である。

(大杉栄『本能と創造』)>

 

「坪内博士」は坪内逍遥。彼は、ノラをあまり非難せず、彼女の夫をやや非難し、中立公正な評価をしたつもりらしい。その煮え切らない態度に大杉が噛みつく。

 

<これほどの明快な解釈に対しては、僕もまた一言の加うべき文字を持たない。しかしこういうのが宜しくない夫ともなるとか、これがイプセンの皮肉な見解だなどというのは、おそらくは博士の例の馬鹿が災(わざわい)した言葉で、実はこういうのがほんとうに恐るべき宜しくない夫であり、またこれがイプセンの真面目な見解なのじゃあるまいか。

僕らはことさらに温和なる専横を憎む。砂糖(スイート)水(ウォーター)を嫌う。

(大杉栄『本能と創造』)>

 

「こういうのが」から「見解だ」までは、『いわゆる新シイ女』の要約らしい。「夫」は〈ノラの「夫」〉のこと。彼は、妻の犠牲的不貞を知った後、仮面夫婦を続けようと提案する。

「温和なる専横」の本質は〈陰険な専横〉だ。それはやがて〈苛烈な専横〉に変わる。大逆事件には捲き込まれなかった大杉と伊藤だが、後に虐殺される。甘粕事件。その後の甘粕正彦が『ラスト・エンペラー』(ベルトリッチ監督)に出てくる。

(追記)大杉と伊藤野枝について、『風よあらしよ』(NHK)参照。

 

(5110終)

 


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