忍之閻魔帳

ゲームと映画が好きなジジィの雑記帳(不定期)。
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「エレファントマン」と私の25年

2005年03月08日 | 作品紹介(映画・ドラマ)

■DVD:「エレファント・マン 作品生誕25周年ニューマスター版」


この映画が初めて上映された1981年当時、
私はまだガキんちょであった。
「エレファントマン」を直訳通りの「象人間」としか思わず、
布切れを被っている間のやり取りはひどく退屈で、
布を剥ぎ取る瞬間をジェイソン(「13日の金曜日」)が現れる時と
同じ心境で待ち詫びていた。
ジョン・メリックという人間の「素顔」を知ろうともせず、
ただただ、肥大した頭部と、瘤だらけの背中を嫌悪し、
辿々しい口調をゲラゲラと笑いながら観ていた。
看護婦に怯え、花束に涙するジョン・メリックを
「ホラー映画にしちゃ随分弱い化け物だ」と見下し、
「これなら怖くないよ!」と自信満々だった。
あの頃の私は、見世物小屋の客そのものだった。

25年という時間を経て改めて観た「エレファントマン」には、
「完全な善意」も「完全な悪意」も存在していないことに気付いた。
いや、気付いたというより、今の私にはそう見えた。
あれほど極悪人に見えた見世物小屋の親父から愛情を、
フレデリック医師からは外科医としての悪意を感じた。
もちろん、リンチがそういう意図で描いたかどうかは分からない。
リンチは「このシーンはこういう意図で撮りました」
と自ら解説するような無粋な真似をあまりしない監督なのだ。
だからこそ、「ブルーベルベット」や「マルホランドドライブ」などの
リンチ作品は何度でも観たくなる麻薬的な味わいを持っているのだろう。

ケンドール夫人の招待した舞台は
ケンドール夫人の言葉通り「夢」が詰まっていた。
物語の最後にジョンが枕を使って眠ったのは、
まだ叶っていない夢を叶えたかったからなのだろうか。
「人間らしく生きること」が無理なのだと悟ったのだろうか。
自分の死期を悟り、もう充分と考えたのだろうか。
愛しい母親に会いに行ったのだろうか。
いつの日か、
「あぁ、こうだったんだろうな」と分かる日が来るのだろうか。
私にはまだまだ分かりそうもない。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
  タイトル:エレファント・マン
    配給:ザジフィルムズ
   公開日:2004年11月20日より全国で順次公開中
    監督:デヴィッド・リンチ
    出演:ジョン・ハート、アンソニー・ホプキンス
 公式サイト:http://www.zaziefilms.com/elephant_man/index.html
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
コメント (6)
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