熊本で暮らす西本喜美子さんは、いま最も有名なアラナイ(アラウンド90歳)かもしれない。“自撮りばあちゃん”として一躍有名になった現在90歳の写真家だ。ゴミ袋に入って苦渋の表情を浮かべていたり、物干し竿にぶら下げられたり、また車にひかれそうになったりしている、高齢者虐待!? と目を疑うような衝撃的な作品を目にした人も多くいるだろう。

 西本さんが写真を始めたのは、70歳を過ぎてから。きっかけは、息子の和民さんが主宰する写真教室「遊美塾」に入会したことだった。和民さんは、これまでに東京で多くのアーティストのCDジャケットを手がけてきたAD、写真家で、地元熊本に約20年前に戻り、写真を教えている。「教室の生徒さんを実家に連れて行き、ご飯を食べながら撮影した写真をみんなで見ていたんです。そうしたら、母はこれまで考えていた写真の世界とは全然違うことに驚き、興味を持ったようです」(和民さん)

 5年前に亡くなった喜美子さんの夫、和民さんの父は写真が趣味で、一眼レフカメラで風景や花を撮っていた。「公務員だった父は真面目で融通が利かない性格。撮影について回っていた母にも、写真にはルールがたくさんあって難しいものという思い込みがあったようです」

 しかしながら、和民さんの教室は絞りやシャッタースピードから入る“従来型”ではなく、“感じられる写真”をテーマに生徒の個性に合ったアドバイスを重ねていく型破りなスタイル。これまでに見たことのない発想、視点で撮影された写真に開眼した喜美子さんを、そこに居合わせた生徒が教室に誘い入れた。

「翌日その人が車で迎えに来てくれて、強引に連れて行ってくれたんです(笑)」と喜美子さん。写真生活が、突如始まった。

教室には通っているけれど上手くはないから、楽しく、面白くできればいいなあと思って。よく分からないから、そっちに逃げているの(笑)

■目の前のものをあらゆる角度から捉える

 74歳で学び始めたPhotoshopを使ってユーモアあふれる自虐的な写真を創作する喜美子さんだが、実際に使いこなせるテクニックは数えるほどしかない。また、カメラはニコンD5500を愛用しているが、プログラムモードで撮影しているという。「フィルム時代は知識や技術が身についていないと写真を撮れませんでしたが、デジカメはシャッターボタンを押せば写る。必要と感じてから使い方を覚えるほうが効率がよいし、まずはどう撮るのかを考えることのほうが大切なんです」と和民さんが話すとおり、デジタル時代を迎えた現代だからこそ、喜美子さんの才能が開花したのであった。

 現在、腰を悪くした喜美子さんは外出を控え、室内での撮影が多い。約10年前に自宅の一室に作られた透過光撮影ができるスタジオで撮影に没頭している。題材を求めて出歩かなくても、喜美子さんにかかると周囲にある全てが撮影対象となる。例えば、机の上に置かれた乳酸飲料の容器をどう撮影するのか、喜美子さん流アプローチを聞いた。

「どういうふうに撮ろうかなとまず考えます。形として平凡だから、少し動かしてみようかなとか、花瓶にしてみたらどうかなあとか。あとは切ったりして形を変えて撮影しますね」 

 そして、20〜30分かけ3、4パターンの撮影に挑んだ後、カメラの液晶画面では小さすぎて分からないので、パソコンに取り込んでモニターで画像を確認する。

 また、スチール缶の灰皿の表面に描かれたカラフルな水玉模様を大きくボカして撮影し、ウェットな世界を構築したりもしている。喜美子さんは専門用語や知識を持ち合わせていないが、自分が面白いと感じる写真に少しでも近づくよう、被写体をあらゆる角度から捉え、光が創り出す世界を感覚的に直感的に見極めているようだ。この飽くなき探究心が、唯一無二の作品を生み出していると思われる。

■無口な人生が写真に出合い変わった

 70歳を過ぎて写真にのめり込んだ喜美子さんの人生は、どう変わったのか。ブラジル・サンパウロに生まれ、帰国後の学生時代に戦争を体験、美容師、競輪選手となった後に結婚し、子ども3人を育てる。和民さんからすると、無口な母親という印象だった。しかし、写真教室に通い、仲間ができてからはどんどんおしゃべりになっていった。

「自分の人生は、写真をやっていなかったらどうなっていたんだろうと思いますね。私にはすぐにお友だちになろうとする悪い癖があって(笑)。真剣に考えてくれたり、いろんなことを教えてくれたりする友だちがたくさんいて、本当にうれしいです。自分の年齢は忘れました。若いメル友もいっぱいいますよ

 喜美子さんに話を聞いていると、言葉や行動の端々に優しさやユーモアを持ち合わせていることを感じる。今年4月発売のファッション雑誌「Violet」でこれまでの作品やインタビュー記事が掲載され、さらにはハイファッションに身を包んだ喜美子さんがモデルとして誌面に登場した。その写真を見ながら、「本当にふざけておるね〜(笑)。撮影中は楽しかったけれど、じかに見たらすごいメイクですよ〜」と言い、周囲を笑顔にさせてしまうのだ。 

 写真を通じて人生を謳おう歌かしている喜美子さんの活躍はとどまるところを知らず、最近ではアイドルグループの私立恵比寿中学が今年8月にリリースした配信限定シングルのジャケット写真とアーティスト写真も手がけた。彼女たちのライブにも招待され、会場の2階席から公演を楽しんだそうだ。

 年齢を言い訳に行動できないことは、誰しも経験していることだろう。

「どこに行っても私が年上だからねえ(笑)。こんなおばあちゃんとお付き合いしてくれるなんて本当に有り難い。だから、友だちのことは考えるけれど、年齢は考えない。何事もやってみないと分からないよ

 喜美子さんのチャレンジ精神や活躍に、何かを始めるのに遅すぎることはないと勇気が湧いてくる。

◯にしもと・きみこ/1928年、ブラジル生まれ。小学生から熊本で育つ。70歳を超えて手にしたカメラで自撮りを中心とした撮影活動を開始。著書『ひとりじゃなかよ』(飛鳥新社)で2017年熊日出版文化賞受賞。現在のメインとなる使用機材は、ニコン D5500・18〜200ミリ F3.5〜5.6。

※「アサヒカメラ」2018年9月号から

(取材・文/久保田真理)

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視野が狭く、写真に関心のない貧乏英語塾長、西本さんのことをこの記事で初めて知りました。そして、すぐにインターネットでその作品を見たのですが、愉しいったらありゃしません。最高です。(関心のある方は、「西本喜美子」でグーグルしてください。)

西本さんのように歳を取れたらとおもいます。そして、死ぬまで新しいものにチャレンジしないといけません。

西本さんに乾杯!そして、脱帽です。