へびのように賢く、はとのように素直であれ

いつの頃か、偽善が世の中に満ちている。偽善は見破らなければならない。へびのように賢く、はとのように素直でありたい。

不思議な少年!! その22の1

2009-05-01 15:02:52 | Weblog

ラバンナ、イエスをブラマ教研究のためインドに連れ行く!!



 イエスが、若かりし頃、インドを旅したことは、多くの史実に語られている。しかし、斯く程までに具体的に描かれた話は少ない。真偽はともかくとしても、その旅の意義は容易に察せられる。世界的な宗教となるには、世界的な視野、識見が必要であることも当然と言えば当然である。


 『明けの明星』をイルミナティーという。かといって、陰謀論で言うイルミナティーを想起して、詮索しても始まらない。イルミナティーと言葉は、本来、良い意味で聖書では使われている。悪用しているのは、アダム・ヴァイスハウプトの方である。大体、悪党は実体がない者であるから、実体のある物まねをする。偽物づくり、真似しが得意だ。


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<2007年10月28日16:24パチリ!向こうの山は石鎚山。まゆみさんのコメントに応えて..>


 

 アンチ・キリストであるとか、偽ハルマゲドンとか登場すると言うことは、本物のキリストが実在するからである。すべからく、偽物は本物に似せて語られる。よく偽物を取り上げて、本物の否定に奔走する者が居るが、それは主客転倒と言うべきである。偽ルイビトンが氾濫するのは、ルイビトンが評価されてのことである。本物ルイビトンは実在する。これが『理』である。


 偽物が氾濫すると言うことは、本物の実体が評価された証拠である。そう思えば、そういきり立つほどのことでもない。


 さて、イエスのインド行脚。これから楽しみである。


 


 南部インドのオリッサ州の王族ラバンナは、ユダヤの祭礼に来ていた。


 ラバンナは裕福な君子人であった。彼は一団の僧侶を連れて、西方に智恵を求めに来たのである。イエスがユダヤの祭司のなかに立って、読みまた話しているのを聞いて、ラバンナはびっくりした。


 そこで、彼はイエスは何人か、どこの生れで、何をする者かと聞いた。祭司長ヒレルはこれに答えて言った、「わたしどもはこの子を天から降って来た『明けの明星』と呼んで居ります。それは彼は生命の光なる光を人々に携えて来て人々の道を照らし、その民イスラエルを救うために来たからです。」


 それからヒレルはこの子についての予言、生れた夜の不思議な出来事、マギ僧の訪問、悪人の激怒から身を守るために、エジプトに遁れたこと、また今ナザレで大工となって、父と一繕に働いていることなど、詳しくラバンナに語った。


 ラバンナはこれを聞いて、いたく感激し、ぜひ行って、そのような人を、神の子としてあがめたいから、ナザレに行く道を教えてほしいと言った。ラバンナは華美ないでたちをした部下をひきつれて旅路につき、程なくガリラヤのナザレに着いた。


 彼は自分の目ざしている者が人の子らのために家屋を建てているのに出逢った。イエスと彼の初対面は、イエスが十二段の梯子(はしご)を登り、手にはコンパス、定規、斧などを持っていた時であった。


 ラバンナは挨拶した、「ごきげんよう、おめぐみ豊かなお子よ。」それからラバンナは町民全部を旅館に招待してもてなした。その時イエスと両親は正客であった。それから数日問、ラバンナはマーミオン通りのヨセフの家の客となり、イエスの智恵の秘密を学ぼうとしたが、それは到底白分には及びもつかない大したものであった。


 彼は子供の保護者となり、東洋に連れて行き、そこでブラマ経の智恵を学ばせたいが、どんなものかと相談を持ちかけた。イエスはぜひ行って学びたいと熱望した。それから数日たって、両親はこの申し出に応ずることにした。


 ラバンナは望みが叶って、いたく喜び、一行と共に日の出ずる方角を指して旅賂についた。幾日かの後シンド河を渡り、漸くオリッサ州に達し、わが宮殿に戻った。


 ブラマ僧たちはその帰国を喜び、ユダヤの少年を快く迎えた。


 イエスはジャガンナス(クリシュナ神)の寺院に弟子入りを許され、ここで吠陀(ヴェッダ)聖典、マニ法典を学んだ。ブラマ教の教師たちは少年の聡明におどろき、時には彼が律法の意味を自分たちに説明するのを聞いて、しばしば感嘆の声を洩らした。



【宝瓶宮福音書:栗原 基訳】


第六部 インドでのイエスの生活と行動

第二十一章 ラバンナ、宮でイエスを見て心動く。ヒレル、少年について語る。ラバンナ、ナザレにイエスを訪う。彼のために宴を設く。ラバンナ保護者となり、イエスをブラマ教研究のためインドに連れ行く。


1)南部インドのオリッサ州の王族ラバンナは、ユダヤの祭礼に来ていた。


2)ラバンナは裕福な君子人であった。彼は一団の僧侶を連れて、西方に智恵を求めに来たのである。


3)イエスがユダヤの祭司のなかに立って、読みまた話しているのを聞いて、ラバンナはびっくりした。


4)そこで、彼はイエスは何人か、どこの生れで、何をする者かと聞いた。祭司長ヒレルはこれに答えて言った、

→22の2に続く


不思議な少年!! その22の2

2009-05-01 14:59:52 | Weblog
→22の1より続き

5)「わたしどもはこの子を天から降って来た『明けの明星』と呼んで居ります。それは彼は生命の光なる光を人々に携えて来て人々の道を照らし、その民イスラエルを救うために来たからです。」


6)それからヒレルはこの子についての予言、生れた夜の不思議な出来事、マギ僧の訪問、

7)悪人の激怒から身を守るために、エジプトに遁れたこと、また今ナザレで大工となって、父と一繕に働いていることなど、詳しくラバンナに語った。


8)ラバンナはこれを聞いて、いたく感激し、ぜひ行って、そのような人を、神の子としてあがめたいから、ナザレに行く道を教えてほしいと言った。


9)ラバンナは華美ないでたちをした部下をひきつれて旅路につき、程なくガリラヤのナザレに着いた。


10)彼は自分の目ざしている者が人の子らのために家屋を建てているのに出逢った。


11)イエスと彼の初対面は、イエスが十二段の梯子(はしご)を登り、手にはコンパス、定規、斧などを持っていた時であった。


12)ラバンナは挨拶した、「ごきげんよう、おめぐみ豊かなお子よ。」


13)それからラバンナは町民全部を旅館に招待してもてなした。その時イエスと両親は正客であった。


14)それから数日問、ラバンナはマーミオン通りのヨセフの家の客となり、イエスの智恵の秘密を学ぼうとしたが、それは到底白分には及びもつかない大したものであった。


15)彼は子供の保護者となり、東洋に連れて行き、そこでブラマ経の智恵を学ばせたいが、どんなものかと相談を持ちかけた。


16)イエスはぜひ行って学びたいと熱望した。それから数日たって、両親はこの申し出に応ずることにした。


17)ラバンナは望みが叶って、いたく喜び、一行と共に日の出ずる方角を指して旅賂についた。幾日かの後シンド河を渡り、漸くオリッサ州に達し、わが宮殿に戻った。


18)ブラマ僧たちはその帰国を喜び、ユダヤの少年を快く迎えた。


19)イエスはジャガンナス(クリシュナ神)の寺院に弟子入りを許され、ここで吠陀(ヴェッダ)聖典、マニ法典を学んだ。


20)ブラマ教の教師たちは少年の聡明におどろき、時には彼が律法の意味を自分たちに説明するのを聞いて、しばしば感嘆の声を洩らした。



【原文:The Aquarian Gospel of Jesus by Levi H. Dowling  


SECTION VI


VAU

Life and Works of Jesus in India.



CHAPTER 21


Ravanna sees Jesus in the temple and is
captivated. Hillel tells him about the
boy.

Ravanna finds Jesus in Nazareth and gives a feast in his honor.

Ravanna becomes patron of Jesus,

and takes him to India to study the Brahmic religion.



A ROYAL prince of India, Ravanna of Orissa in the south, was at the Jewish feast.

2) Ravanna was a man of wealth; and he was just, and with a band of Brahmicpriests, sought wisdom in the West.

3) When Jesus stood among the Jewish priests and read and spoke, Ravanna heard and was amazed.

4) And when he asked who Jesus was, from whence he came and what he was, chief Hillel said,

5) We call this child the Day Star from on high, for he has come to bring to men a light, the light of life; to lighten up the way of men and to redeem his people, Israel.

6) And Hillel told Ravanna all about the child; about the prophecies
concerning him; about the wonders of the night when he was born; about the visit of the magian priests;

7) About the way in which he was protected from the wrath of evil men; about his flight to Egypt-land, and how he then was serving with his father as a carpenter in Nazareth.

8) Ravanna was entranced, and asked to know the way to Nazareth, that he might go and honor such a one as son of God.

9) And with his gorgeous train he journeyed on the way and came to Nazareth of Galilee.

10) He found the object of his search engaged in building dwellings for the sons of men.

11) And when he first saw Jesus he was climbing up a twelve-step ladder, and he carried in his hands a compass, square and axe.

12) Ravanna said,
All hail, most favored son of heaven!

13) And at the inn Ravanna made a feast for all the people of the town; and Jesus and his parents were the honored guests.

14) For certain days Ravanna was a guest in Joseph's home on Marmion Way; he sought to learn the secret of the wisdom of the son; but it was all to great for him.

15) And then he asked that he might be the patron of the child; might take him to the East where he could learn the wisdom of the Brahms.

16) And Jesus longed to go that he might learn; and after many days his parents gave consent.

17) Then, with proud heart, Ravanna with his train, began the journey towards the rising sun; and after many days they crossed the Sind, and reached the province of Orissa, and the palace of the prince.

18) The Brahmic priests were glad to welcome home the prince; with favor they received the Jewish boy.

19) And Jesus was accepted as a pupil in the temple Jagannath; and here learned the Vedas and the Manic laws.

20) The Brahmic masters wondered at the clear conceptions of the child, and often were amazed when he explained to them the meaning of the laws.

【続く】


自作自演のパンデミック・フルー4

2009-05-01 14:39:36 | Weblog

鳥インフルエンザは嘘っぱち!!
当然、パンデミック・フルー(pandemic fiiow)も神話、
周到に用意された恐怖(fear)パニック(panic)作戦。
そのソリューション(solution)に本当の狙いがある!!



 考えてみよう。パンデミック(感染爆発)はすべて人為的なものだ。かの中世のペスト流行がパンデミックの古いものだが、ベネツィア寡頭貴族の策略であったと言われている。ユダヤ人の手を使い撹拌された。

 近年ではスペイン風邪がある。

《Dr.Ott の "Bird Flu Hoax" によると、1918~19年に全世界で6億人に感染し、死者4000~5000万人を出したパンでミックであるスペインかぜには、以下のようは真実がある
そうです。


1900~02年に John D. Rockefeller を中心とした資金援助により、全米で大規模な天然痘対策の予防接種キャンペーンを呼びかける。これは徐々にインフルエンザ予防接種へと流れを変えるが、米国人はこれらの予防接種案には否定的だった。
1914年にヨーロッパで第一次世界大戦勃発。
1917年に米国もドイツに対抗して参戦。スペインに訓練のための軍事基地を設置。
この時に初めて、18~34歳の米国徴収兵士への強制予防接種を実施し、2~3週間後にスペインに向けて出航。
約6週間に渡る軍艦での閉所的で過酷な生活と、戦地に向かうという精神的ストレスのために船酔い者が続出し体力が低下。これにインフルエンザの症状も重なり死者まで出した地獄絵図の様子が、兵士から家族へ向けた手紙等から伺い知れる。
軍艦内で蔓延したインフルエンザは、感染を繰り返すごとに少しずつウイルス形態を変化させてより強力に。
スペインに上陸してすぐに兵士らは、フランス戦地に向けての訓練と称して、様々な有毒ガスを吸入する科学的実験台となった。
非常に致死率の高いA型インフルエンザウイルス(H1N1亜型)はこのように人工的に変異を繰り返させて強力になった。
兵士らにより米国に持ち帰られて世界中に流行したスペインかぜはこのようにして起こった。


J.D. Rockefeller はこの予防接種とスタンダード・オイルの世界展開という軍産複合体により巨額の富を築いた。》
 上記は、某有志からの情報である。その原典は下記の動画にある。英語版なので難解だが、得意な方は確認されたい。長シリーズである。結論から言うと、スペイン風邪はその致死性において十分でなかったと言うから恐ろしい話である。

 問題は、トラブル→反応→ソリューション(問題解決)である。恐怖とパニックを引き起こし、その解決策を提示する事にその目的がある。その解決策が、単なる製薬会社の金儲けに繋がることなら、悪質ではあるが詐欺の一種である。どうもそうではない。いろいろ考えられる。

 人口抑制(population control)もあるだろう。温暖化キャンペーンもその一環である。その前に、もっと恐ろしいことが考えられる。予防接種と称してチップを体内注入する暴挙がある。既にほぼ完成した強制収容所がある。隔離病棟は準備完了だ。

 懲りない面々は、一体何を考えているのだろう?!!


Bird Flu Hoax (鳥インフルはウソ)Pt. 1

http://www.youtube.com/watch?v=VLT0_xMeLjI

Bird Flu Hoax(鳥インフルはウソ) Pt. 2
http://www.youtube.com/watch?v=wW11wZOmdSA
その他12シリーズまであるので、割愛。元動画でどうぞ!!



【転載開始】豚インフル:「死者は25歳から45歳」の理由や発生源情報

2009年4月28日http://wiredvision.jp/news/200904/2009042822.html


Brandon Keim



Image: Flickr/Eneas
メキシコシティで撮影された「豚インフルエンザを恐れてマスクをする人々」シリーズ写真の一部


4月初旬にメキシコのベラクルス州で、耳慣れないインフルエンザの症例数件が初めて報告されて以来、感染性が高く、死亡する可能性もある新種のインフルエンザの発生に、世界中で不安が高まりつつある。

メキシコではこれまでに約1600人の発症が報告され、103人が死亡した。このうちのすべてが正式に確認されたわけではないが、同種のウイルスが原因と考えられている。

死者の多くは25歳から45歳までの間だ。[スペイン風邪やトリインフルエンザでは、免疫系の活発な反応がサイトカインの過剰産生(サイトカイン・ストーム)につながるため、若くて健康な人がかえって罹患しやすいと考えられている。具体的な症状は、気道閉塞や多臓器不全などアレルギーに似たものになる。ただし、メキシコ以外での死者は現時点では報告されていない。

なお、4月5日から12日まで同国で行なわれたカトリックの祭典『La Semana Santa』で、国内旅行者が増えたことが感染拡大の原因という報道もある]

メキシコの各新聞は、今回のインフルエンザの発生源を、世界最大の養豚会社である米Smithfield Foods社が経営する高密度の養豚場だと伝えている。水を介して感染したという意見もあれば、ハエが媒介したという意見もある。[リンクされている記事によると、発生が始まったと見られる村La Gloriaに同社の養豚場があるという]

同様の養豚場は米国にも存在する。また、抗生物質に耐性があり、死亡を引き起こす可能性もあるMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が、養豚場の豚や労働者から検出されたという研究もある。[養豚の餌に抗生物質が添加されている結果として、養豚場では複数の耐性菌が見つかっているが、養豚場の空気中から検出された耐性菌についての研究はこちら]

[韓国のブタから採取されたウイルスに、数十年前に科学者が人間のインフルエンザ・ウイルスから人工的に作り出したウイルスの遺伝子が含まれていたという2005年の日本語版記事はこちら]

豚インフルエンザの流行に関しては、膨大な量の情報がインターネットに流れている。最も信頼できるのは、米疾病管理センター(CDC)の豚インフルエンザ専用ページだ。『Twitter』のフィードも用意されている。

疾病監視を専門とする米VeraTect社が運営する『Biosurveillance blog』は、ニュースや分析の入手元として優れている。『Aetiology』や『Effect Measure』のブログもお勧めだ。

[日本語版:ガリレオ-平井眞弓]【転載終了】