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「マッキーのつれづれ日記」

進学教室の主宰が、豊富な経験を基に、教育や受験必勝法を伝授。また、時事問題・趣味の山登り・美術鑑賞などについて綴る。

マッキーの教育論:小中学校の学習指導要領案について考える

2008年02月20日 | 教育
 まだまだ寒い日が続いています。しかし、太陽の光はその強さを少しずつ増しているようです。


まだ、寒々とした木々


先日の山登りで見た、整然とした杉林。まだ、花粉は飛んでいないようです。


 小中学校の学習指導要領案が、2月15日文部科学省から発表されました。

 私は、この要領案において、以下の4点の問題を取り上げて、考えてみたいと思います。

 まず第一点は、学校で学習する各教科の内容の問題です。学力低下が叫ばれて久しい現在、みんなの関心が一番集まるところです。

 たとえば、以前のブログで指摘した、日常に使う単位で、学校教育では指導しなくなった、重さの単位のt(トン)、面積の単位のa(アール)、ha(ヘクタール)の小学校での復活。

 中学では、以前学習していた集合・球・統計・不等式・相似の面積比と体積比、円周角の定理、解の公式などが復活します。

 特に中学では、ゆとり教育で削減された多くの内容が、再び指導する内容に盛り込まれています。

 ゆとり教育に慣らされた教師・生徒にとって、学習内容の大幅復活は、重荷になる可能性があります。

 学校を取り巻く状況が変化しているのにも拘わらず、以前学習していた内容だから、大丈夫だろうなどと、現場指導を甘く見ると、大変なことになります。

 生徒にとっては、今までよりも多くの時間、机に向かって学習しなければならないことになりそうです。

 それが、文科省の真のねらいでしょうか。


 次に、学校で学習する時間数の問題です。

 計算してみると、小学校では従来の学習時間よりも5.2%、中学校では3.6%学習量が増えます。新聞等では、減少し続けていた学習時間が増えたことについて、象徴的に扱っていましたが、学習時間の増加は、割合から見ると、さほどの増加にはなっていません。


 三番目は、学科指導以外の学校活動として、道徳教育・総合学習・外国語学習・特別活動等が挙げられますが、それらの指導のあり方の問題です。

 教科指導外の学校指導として、これらの指導は、最も各学校・指導教師の取り組み方によって、成果に差異が生じるはずです。

 「生きる力」・「社会性」・「主体性」・「個性を伸ばす」・「コミュニケーション能力」などと言った言葉で包括される指導内容は、それぞれの小中学校がもっと社会に開かれ、より自由で主体的に運営されることによって、真に充実したものになると考えられます。

 たとえば、NHKの「ようこそ先輩」や、朝日新聞で掲載されている「オーサービジット」などは、私でさえわくわくする授業です。

 こうした、学校外の社会の教育力を信じて、もっと開かれた学校運営を目指すべきでしょう。


 最後の4点目は、学校現場に対する指導要領・文科省の法的縛りの強化の問題です。

 この点に関して、歴史を学ぶべきは、生徒ではなく、教育行政に携わる「学習指導要領案」を策定した者たちではないかと思います。

 戦後間もなくの昭和22年、最初の指導要領試案の序章に「これまでの教育では、その内容を中央で決まると、それをどんなところでも、どんな児童にも一様にあてはめて行こうとした。だからどうしてもいわゆる画一的になって、教育の実際の場での創意や工夫がなされる余地がなかった」とあるそうです。

 この文言からは、戦前の苦い体験を反省し、教育のあり方を真摯に考えた人たちの思いが伝わってきます。

 本来、学習指導要領というものが必要とされるなら、それは義務教育が果たすべき必要最低限の基準を示すことではないでしょうか。

 子供たちの個性を尊重し、その適性に合った教育をしていく。個人によって異なる才能を、より一層伸ばすことのできる教育環境を作り出すことが大切だと思います。

 また、教育現場を活性化するためにも、教育行政側の縛りを強くするのではなく、各学校・各教師の創意工夫を促し、学校教育に携わる人たちの意欲を引き出す枠組みを構築することが今求められているのです。
 
 教育の理念・方針の根本を左右する政府も官僚も、本来あるべきものよりかなり小さな器の中で発想し、発案・策定しているように思うのは、私だけでしょうか。

 時の首相が言った一言が、また机上の論理で事を決めていく行政の担当者の発想が、クルクルと教育の根幹を揺さぶっているように思われます。

 神様・仏様や、聖徳太子のような人が、教育の道しるべを指し示すことができないのならば、我々は、できるだけ多くの人たちの知恵を出し合い、真剣な議論の上に、その指針を決定していかなければなりません。


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2 コメント

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ゆとり教育の弊害 (miki)
2008-02-24 18:54:23
はじめまして☆ mikiと言います☆

偶然辿り着いたのですが興味深い内容なのでコメントを残していきます。
私は我が子の小学校で英語のボランティア教師をしているのですが、そこの小学校は「総合の時間」を英語教育に当てています。地域の小学校に寄っては地域交流等などに当てていたり…「ゆとり教育」の弊害で家庭の経済的背景が子供の学力に影響したり(家庭の経済的事情で塾に行かせてもらえないコも居る)と問題ありますよね。

それと、私自身が携わっているので現場の教師の方々から「真っ先に削られる時間が図工だった」と嘆いていました…。海外に比べて日本の美術に対する教育のレベルの低さも問題…と私自身、思っています☆
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ご返答 (マッキー)
2008-02-25 11:11:29
コメントありがとうございます。

 小中学校の学習指導要領案が出され、ゆとり教育の是正が、はっきりしました。
 ゆとり教育も悪い面ばかりではないのでしょうが、明らかに弊害が多かったことも事実です。
 今後どうしたらよいのか、みんなが関心を持って、考えていく必要がありそうです。
 家庭の教育費の問題は、大変大きな問題で、いつかこのブログで取り上げて、私の考えを述べたいと思います。
 子供の個性を伸ばす教育、また情操教育は、学校だけでは不十分だと考えています。子供が社会にもっと積極的に参加でき、様々な体験ができるように、社会の側(地域的)の取り組み(仕掛け)が必要ではないでしょうか。
 美術に関心がある私としては、日頃美術に接する機会を子供たちに、今以上に提供することが大切だと考えています。
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