goo blog サービス終了のお知らせ 

まるこビッチの鼻

今日も青空がきれいだな。良い日、良い日。

着ぐるみでGO!

2011-12-07 | テレビ・CM
 昨夜のリンカーンでは、芸人達が着ぐるみを着て様々な競技にチャレンジすると言うヤツをやっていた
 松本の姿がなく、フットボールアワーやカンニングの竹山とかも、着ぐるみ着用で参戦していた。
 松本が疲労骨折を起こしたことによる苦肉の策だったのかもしれないが、松本いなくても、というよりこの企画、超笑えたわ~

 中に入っている人が全く知らぬ人でも、着ぐるみというものにはなぜか異様にガードがるゆくなって(普段なら存在さえも気付いてもらえないような有名女優さんでも、着ぐるみを着ていたらめっちゃハグしてもらえた と、着ぐるみの中の人が言っていた)可愛く思えるものなのだが、中に知っている人が入っているのが判っても、これまたオツなものでありんすな
 特に竹山の犬とか、岩尾のピンクのゾウさんなんか、なぜかしぐさがめっちゃ可愛かったりして
 中ではあの岩尾や竹山が、あのポーズをとっているんだと冷静に考えるとかなりコワイものがあるのだが
 よく考えるととても不気味だよな、着ぐるみ着込むとキュートになるオヤジって

 全編どこをとっても大笑いできたのだが、特に、浜田が着ぐるみを全く着こなせず、走ってはビリ、タイマン競技でも運動神経の悪さが顕著に現れて、どつき倒されるわ、自分でばったん倒れまくっているところを見ては、涙を流してヒ~ヒ~笑っているワタクシ
 ああ、でも浜田の辰もめっちゃ可愛かったのだ
 んでもって、その中で浜田がこてんこてんとこけているのかと思うと、これまた笑いが止まらなくなってねぇ
 対浜田だと、なぜか絶対ドSになってしまう自分のこの性根が不思議だわぁ

 来週はこの着ぐるみ企画の後編があるので、これはもう、絶対昨日設置した外付けHDDに録画しておかなきゃね
 もちろん、浜田の辰で大笑いするために

 ああ、ダウンタウン達お笑い芸人が身体を張るとこんなに笑えるんだもの、年末の絶対に笑ってはいけない空港、めっちゃ楽しみだわ~
 つうか、もしかしてワタクシ、浜田が罰を受けるのを見るのが楽しくて、毎回このスペシャルシリーズを楽しみにしているのかもしれないなぁ
 実際、昔の絶対に笑ってはいけない、は、罰を受ける側とお仕置きの側に分かれていて、浜田がお仕置きの側の時は、面白いから好き、程度だったような気がするからなぁ。

 ああそれにしても、ウチでテレビが録画できるという幸せ
 地デジ前ならごく普通のことだったのだが、今はその幸せを震えるほどに感じております

 当たり前のことは当たり前じゃない。
 当たり前に出来るということは、奇跡のような幸せなこと。

 今年は多くの日本人が、そのことをいろんな形でかみ締める一年になったんだなぁ 

笑う魔物

2011-11-16 | テレビ・CM
 昨日の夕方、NHKのBSの西方笑土~踊るカマドウマの夜、を見ていた。
 実は、この番組を襟を正して? 見るのは初めてでありました
 今回は千原せいじが出ると言うことでついつい興味があって
 昔、ジャックナイフと言われ、今バターナイフと言われている、繊細で最近人格者になった弟より、同じ大阪人にさえ「大阪の恥部」と呼ばれる、このガサツな兄ちゃん、ワタクシ結構好きなんですわ

 曰くつきの物件に入居したガサツなサラリーマンのせいじ、と言う設定のショートショートなドラマと、コントが交互に取り混ぜられる、ちょっと変わったスタイルのお笑い番組。
 ショートドラマの方は、昔、惨劇があった一軒家に入居したせいじが、そこに居ついている幽霊の恐怖のアピールをちっとも解せず幽霊と不動産屋を困らせると言うお話
 霊障が起きると速攻不動産屋に電話を入れ、お宅の手落ちだから、と家賃を値切り、出現した幽霊には自分がすでにこの家借りたのだから、と幽霊を追い出すせいじ。
 あの手この手の恐怖の小細工を全く気にしないせいじに業を煮やし、直接対決しに来た幽霊に対しても、幽霊と納得した上で、お前もここにいるなら家賃半分払え、家にずっとおるんだから光熱費もお前が払え、と言い出し、結局、値切った家賃の半額を幽霊に支払わせ、その上幽霊をメイドのようにこき使い、快適な生活をエンジョイするせいじ、と言うお話でした
 まあ、せいじのあのキャラクターからすると、全くおかしな点の見あたらない、じつにせいじらしいお話でありました

 あれはせいじだから強烈に見えるけど、やっぱり一番恐い生き物は人間であることには間違いないんだから。

 そのドラマの中に、一つずつ芸人さんたちのコントが挟まって。
 それぞれそこそこ面白く見ていたのだが、モンスターエンジンのコントが始まったとき、ワタクシつい、口を尖らせて冷たくこういってしまいました。

 なんやこれ、キングオブコントでやってたネタじゃん。

 アミューズメントパークのベテラン係員が新人を教育する、と言う話で、確かに見たことのあるネタだったのだが。

 だがしかし、その瞬間、少し前に、松本人志がインタビューで語っていた言葉がぼこっ、と脳裏に転げ出してきた。

 面白い漫才なんてそう何本も作れるわけがない。
 作り手は必死の思いで一年かけて台本作っても、見る側は一回観たらいとも簡単にその笑いを消費してしまう。

 そのような意味合いのことを確か言っていたと思うのだが、モンエンのコントを見た瞬間ワタクシが洩らした感想が、まさに消費する側の悪魔のような欲求だったのだ。
 それに気がついたとき、自分の中の、笑いに対する貪欲な魔物のような消費欲に、背筋が寒くなるような気がいたしました

 大会のために芸人が作り上げたコントなのだから、本人達にとっては会心の一作なのだろうが、受け手のほうから見たらば、これこの前も見たヤツじゃん、になってしまうというこの恐ろしい事実。
 友近が同じネタを何回もしているのを見たとき、テレビとかに出ていてネタ作る暇がなくなってんじゃないの? とか意地の悪い見方をしていた事もあったのだが、普通に考えてみたらば、いくらお笑いのセンスがある人であっても、ヒットな台本を無尽蔵に湧き出させれる訳がない。
 それを忘れて、日々、目にするたびに新しい面白いことを常にやって欲しいと、心の中の笑いの悪魔は芸人に向かって無意識のうちに要求しているのだ。

 常にぽんぽんとテンポのいい生まれたての笑いが求められるから、テレビではお笑い芸人がひな壇に座っておのおのテーマについて喋ったりボケたり突っ込まれたり、という番組が必然的に増えていくのだろう。

 築地の魚よりも、高級パティシエの作るお菓子よりも、笑いの鮮度はあっという間に賞味期限切れになっていく。
 正統派の笑いと言うものは、なんと足の速い、超ナマモノであることよ。

 そしてその笑いを、もっともっとと際限なく要求し続ける化け物を、ワタクシたちの多くは心の中に住み着かせている。
 笑いを求めることに半ば中毒のようになっているのかもしれない。
 笑いは自らの心の中に生まれてくるものであって、与えられ続けてはよくないものなのだろうか?

 せいじが幽霊を怖がらないわけだ、ワタクシたち人の心にはもっと大きな魔物が住んでいるのだから

木皿泉の世界

2011-11-13 | テレビ・CM
 ワタクシの本棚には、お気に入りの本だけを集めた一角がある
 ライナスの毛布のように、気に入った本を小さなトートに入れて家中(会社に居たときには会社に持っていっていた)持ち歩く癖のあるワタクシの、そのトートから卒業した本がよくそこに置かれておる。
 そこに置かれていて、そして一年に一回くらいは必ず取り出してきて読み返すのが、ドラマ、すいか、の脚本集だ。

 今から8年ほど前に放映されたこのドラマ、主人公と自分の歳が近かったせいもあり、ひと夏、物凄くハマってみたドラマだった。
 その後、脚本が本になって出版された時はもう、嬉々として購入し、何度も何度も繰り返し読んだ本だ。

 その脚本を書いたのは、木皿泉。
 男女二人が、一つの脚本を書き上げている、といった変わった手法で作品を仕上げている、ということ以外、ワタクシはこの脚本家達について何も知りませんでした。

 すいか、からもう10年近く経とうかとしているのに、この脚本家が世に出したドラマは物凄く少ない。
 野ブタを…、や、セクシーボイスアンドロボ、と、Q10くらいしか記憶にない。
 しかしどれを見ても木皿ワールドをしっかり堪能できる、ファンにとっては素敵な作品ばかりだった。
 まあ脚本の作り方が特殊なので、時間が掛かるのだろう、それに、待つだけの価値のある脚本を仕上げてくれるのだから、とその程度で居たくらいで。

 その謎の多い作家、木皿泉のドキュメンタリーとドラマをNHKのBSでやると言うことだったので、昨夜はもちろん見た。
 しかし、脚本家二人の番組であるはずなのに、番組冒頭、出てきたのは身体に障害のある車椅子に乗った中年男性と、その介護をする妙に明るい中年のおばさんの二人。
 その二人が、木皿泉、である、と知った時、正直、驚きは少なくなかった。

 二人で脚本を執筆して、その作品が向田邦子賞を受けてさあ、これから! というときに、夫の和泉務氏が病に倒れ、左半身が動かなくなり、それでも妻の年季子さんが夫の介護をしながら二人での脚本執筆を続けておられたのだ。
 トムくんの半身に障害が残ったものの、幸い右手も言語や思考への障害もなく、創作活動は再開でき、また二人で大量の本を読み(マンションの床が抜けるんじゃないかと言うくらいの大量の蔵書と生活している二人、実に羨ましい)、印象に残った言葉やイメージをそれぞれ日常生活の続きのように交わし、やがてそれらが妻の手によって年代もののワープロの中で一つの世界へと構築されていく。
 たぶん、すいか、を書いたときも、同じように二人でアイデアを、普通の生活の中で普通に話し合いながら、あの世界を練り上げて言ったのだろう。

 ただ、すいか、以降に二人のうちの一方が、大きな病を得た。
 それを知って、すいか、以降のドラマが、同じ木皿ワールドでありながら、すいかの世界とちょっとだけ変わって行っていた事の合点が行った。

 すいか、のラストで、物語の世界そのものと呼べる下宿屋から、一人の人が旅立っていき、でも、それは切ないながらも、その物語の世界にまた新たな世界が生まれる予感も感じさせるものだった。
 しかし、その後のラストはどこか切ないものが多くて。
 特にセクシーボイスアンドロボ、のラストは、一つの時間が終わり、そして二人の関係も、劇的にではなく残酷なまでの自然消滅で終わっていき、それでも、二人ともこの街で生きているんだ、出会うことは多分もうないけど、という感じの、すいかの時に感じたその世界の未来の明るさの色が、夕焼けの空を見上げる切なさに変わっていたというか。

 そこに、夫の病と介護と、そこで生まれた新たな二人の世界観がちょっとづつ深みを増して、作り上げた作品の世界に影響して行ったのだろう。 
 それはどこかに夕焼け、もしくは冬の日の静かな日差しのような感覚のする世界。
 でもそれで木皿ワールドが色あせるわけはない。
 その色は澄んだ空気の中で、より鮮明に浮かび上がって来る。

 夫の介護は本当に大変だろう、毎日笑顔で明るくこなしていても。
 夫も自分の介護が妻の負担になっていることは十分判っている。
 自分がいる限り、妻の負担は無くならない。
 でも、妻にとって夫を失うことは自分自身の半身を引きちぎられることよりもっと辛い、むしろ、そのほうが彼女自身の喪失に直結してしまうのだろう。
 そのことを多分、夫は知っている。妻もわかっている。
 だから今、笑顔でいられる。笑顔でいる事ができる。

 二人で一つの世界を作り上げていく。
 不思議な創作の形のようだが、この二人がいないと木皿ワールドは作り上げられないのだろう。
 神話の時代から、世界を作り上げる時には、男神と女神の二人の力をあわせることが必要だったのだから。

 木皿泉、一組の夫婦が作り上げていく、誰にも真似の出来ない世界。
 一つの世界が生まれるまでに、とても長い時間を要するかもしれない。
 でも、その世界が生まれてくるのを、じっと待ち、見守ることが出来るワタクシたちの幸せを感謝しよう。

神様にセンスはない

2011-11-06 | テレビ・CM
 夕べは妖怪人間ベムを見た後、風呂に入り、その後NHKの東京カワイイTVを見て、11時半から始まった松本人志のMHKを見た。
 昨日はNHKがこの番組のためにBS2の午後からを使って大々的に宣伝をしていたものだ。
 それを、母のやるはずのボランティアの仕事を黙々とやりながら見ていたワタクシだったのだ(ボランティアの仕事を人に丸投げするな)。

 松本人志文化祭とか銘打って、ダウンタウンの漫才時代から民放のコント番組、松本の長時間インタビューや異業種の人との対談、夜には松本の初監督作品、大日本人まで放映するという力の入れよう。

 松本のMHKは前に単発でやった時に一度見た。
 はっきり言ってそのときは、今ひとつ、と言うかあまり面白くないなぁ と言うのが本音の感想だった。
 だがしかし、BS2でやっていた初期の漫才は、今見てもテンポが良く、面白かった
 あの頃の笑いの感じならまだまだいけるんちゃうかな? 浜田と10年ぶりのコント作品共演と言うことだし、と、ちょっとばかし期待して見たのだが。

 結論から言ったら、開始3分くらいから、めったに見ない深夜のアニメ番組、ワーキング! にチャンネルを合わせて、ほとんど最後までそっちのアニメを見てしまった程度のものでございました

 あの感じで映画も作っているなら、映画も間延びしたものなんじゃないのかな? とすら思ってしまう感じで。
 
 何が悪いのだろう? といったら、やっぱり、間、が悪いのではないのかな?
 漫才の時のあのテンポのよさが全くなく、ちょうど大御所の歌手が、自分の昔ヒットした持ち歌を、昔の曲調を無視して、自分だけが気持ちいい節回しで唸ってがなったりしているのを聞かされている感覚、に近いのかな

 どよんとした独特の空気がなんとなくそこにあるのは判るのだが、そこの独特の間でのコントは、自然発生ではなく押し付けられた笑いを無理に与えられる空間、とでも言うのかな?
 ワタクシが特に、変顔や大きなリアクションでなどで取る笑いにあまり反応しない、言葉の意味や遊びや内容で笑うタイプの人間なので余計にこのMHKがワタクシには不評だったのかもしれないなぁ

 人をわらわかすのはとてもシンプルなこと、だからこそ実はとても難しい。
 お笑い芸人が、自分の笑いに客が付いて来れないのが悪い、と言うのはお笑い芸人としての怠慢じゃないのかな?
 何で付いてきていないのか、そこをもう一度考えて見て、客が笑える手直しをしてみるのがお笑い芸人の仕事なんじゃないのかな?
 笑いでお金を頂いているのなら、人の笑えるものを提供するのが筋ってものでしょう?
 自分のお笑いがわからないやつはバカだ とか言いたいのなら、お笑い芸人ではなく、芸術家にならなきゃダメだよ。

 笑いの神様とか言われて足元見えなくなってるのかも知れないけど、正直なところ、神様に笑いのセンスってのはあまりないんだよ

 まあ、NHKだから作れる番組、として、NHKが流すのはいいと思うけど。 
 多分ワタクシは、その時間起きていても深夜アニメの方を見ると思うが

腹が減ったら皆エリカ

2011-10-21 | テレビ・CM
 ハンスト明けの昨日、テレビを見ていてビックリした

 サッカーグラウンドで相手チームに激しいスライディングタックルを仕掛けるのは、あの時々出て来ては世間を騒がせる沢尻エリカ。
 しかも金髪
 心配して大丈夫か、と集まる仲間にふてぶてしい顔で、あの有名な「別に」を連発するエリカ。
 こいつ腹が減ってるとエリカ様になっちゃうんだもんな、と言いつつ仲間が渡すヌガーチョコを一口食べると、なんとも毒のないゆるゆるな笑顔の兄ちゃんに戻る、というCMを見てでやんす(キーパーまでエリカになっているというあの落ちもいい)。

 あの沢尻エリカのことを快く思っていないのは世の人だけでなくもちろんワタクシもでありました。
 だがしかし、あのハラヘリで機嫌がすこぶる悪くなっているエリカは、ワタクシの超機嫌が悪い時とまさしく瓜二つではございませんか

 ワタクシがエリカ化するのは、

 1.母の家庭内傍若無人に切れた時。

 2.変なものが取り憑いたとき

 3.物凄く疲れてかつ腹が減っているとき。

 の、3パターンなのだが、あの殴ってやろうか、と思うエリカの態度、実はワタクシもやっていたのですなぁ
 だからあの態度がさらに憎憎しげに見えたのか? これが近親憎悪というヤツか

 まあそれは置いておいて、あの稀代の感じの悪さを逆手に取ったこのCMは実に素晴らしい

 まず判りやすいこと、二つ目に商品の売りどころがはっきりと明示されていること、そして三つ目に単純に面白いということ、この三つをすべて備えているものが、ワタクシの中ではよいCMと規定されているのだが、このハラヘリエリカ様のCMはその三つをすべて備えているところがまこと素晴らしい

 国民総“感じ悪ぅ~”と思ったエリカの不貞腐れ姿、それは実は腹が減ってイライラした自分自身の姿であり、そして手軽にどこでも食べられるこのヌガーチョコを食べれば血糖値も上がり空腹も収まりイライラも解消されますよ ということを面白おかしく明確に示しているこのCM、作った人はなかなかのセンスの持ち主だな、と拝察いたしまする

 ワタクシの中ではこれ、かなりの高得点CM
 97点くらいさし上げよう

 絶賛なのになぜ100点いかないのか? といわれたらば、ワタクシがチョコがあまり好きではなく(しかもヌガーは歯の詰め物に時折甚大な危害を加える)、腹が減ってあそこまで機嫌が悪い時のワタクシが「チョコなんぞで腹が膨れるかッ! ちゃんとした飯を食わさんかいっ!」とちゃぶ台ひっくり返すタイプだからという、実に私的なマイナス点なのであまり気になさらないように(誰がじゃ
 やっぱりCMってものはこうじゃないとね

そんなCMアカンやろ

2011-10-18 | テレビ・CM
 近頃、NHKの朝ドラの、カーネーション、をよく見るようになった
 ゲゲゲの女房、は結構ハマって見ていたのだが、その後の朝ドラにピンと来るものがなく、全く縁がなくなっていたのですが。
 なんか、登場人物もそれを取り巻くヒトビトも、共感できるものが全くといっていいほどなかったもんで

 その続きで、初めはこのカーネーションも見てなかったのだが、主人公の糸子がミシンとであった頃から話がなんとなく面白くなってきたので見ているワタクシ
 ミシン=女でも乗れるだんじり、という男女の権利的な構図はあまりピンと来ないのだが、とにかく、好きなものに向かってまっしぐらに突っ込んでいく糸子の姿がとても好ましく懐かしく感じられて

 好きなもの、好きなことに向かって突っ走れるあの満ち溢れる若さというか生命力というか、今の自分にははるか昔のことになってしまったあの感覚が甦るような気がして、見ていて気持ちがいいざんす

 好きなことにあれほどのめりこめることは幸せなこと、そして、のめりこむほど好きなものを見つけられたということはもっと幸せなこと。

 あの頃の感覚、無限に広がる好きなものに対しての希望や不安に立ち向かっていけた自分の強さはどこに置き忘れてきたんだろう? と、ふと後ろを振り返ってみるが、さっぱり判らない


 さて、そんな自分の好きなことに突っ走って行ける人が好きなワタクシが今一番嫌いなCMが、ソニーのブルーレイだかのCM。
 人を軽く非難するような拗ねたような顔で、どうして自分の見たかったものがうまく録画できてないのか? と女の子が文句を言うあのCMが、ワタクシ、大ッ嫌いなんでやんす

 そんなに好きで見たいものなら、自分で録画の設定をしろッ! うまく録画が出来なかったら自分でその原因を解明しようと思わんのかいっ
 出来なかったことを他人、もしくは機械のせいに擦り付け、自分はかわいそうな被害者ヅラって、一体どういうCMなんだろうね

 誰かのせい、といえば済むようなことじゃないいろんなことに見舞われているこのご時世に、よくまあ、あんな些細なことを誰かのせい、と非難するようなセコいCM作りましたわね。世界のソニーの名が泣きますわよ、全く

 録画のミスがなくなりました、と伝えたいのなら、切り口はもっと無限にあるはず。
 なのに、あえてあの誰かが悪いから自分がこんな目にあうんだ、みたいなCMを作って選んで流しているソニーの、どこ見て甘えてんだ体質、を目にするに付け、世界的競争力を失ったのも仕方がないわなぁと思うばかりでやんす

 自分の好きなことに夢中になれる情熱、困難は自分で乗り越えるだけの熱意、それをなくしたら人は生きる力をほとんどもがれたようなもの。
 誰かのせいにして収まる事なら、ワタクシだって誰でもいいから誰かのせいだっ! と声高らかに訴えたいざんすよ
 そんな状況でもがいているワタクシみたいになっちゃイカンだろう。
 日本が誇る世界的企業なんだから、もっと前向きなCMを作っていただきたいものです

情熱大陸♪

2011-09-19 | テレビ・CM
 昨夜は見たいテレビもなかったので、9時半には床に就いたのだが 夜中11時前になるとパッチリと目が開き そそくさと一階の映るテレビの前に行っておりましたワタクシ
 昨夜の情熱大陸で、中村吉右衛門が取り上げられていたから

 ワタクシは今、鬼平犯科帳にはまっているので、これはぜひとも押さえておかねば、と

 御歳67歳になられている吉衛門さんはワタクシの知ってる脂の乗った長谷川様の面影はあまりなく、まなざしに時折鬼平の鋭さが見えるものの、鬼平のイメージとは随分違う静かで穏やかな方のようにお見受けいたしました(やっぱり長谷川様と同じくチャーミングだけどね)。 

 普通に話しているときの声も、長谷川様の、あのどこかゴロゴロッとした感じの声でもなかったし。
 そう思っていたら、舞台に立たれるとあの鬼平の声になるのですのよねぇ
 ああ、この声よ、この声

 養子として貰われ、中村吉衛門という大きな名前を継ぐことを運命付けられた少年、義父が亡くなり実家に戻っても自分だけ姓がちがう、という孤独感を感じ、中村吉衛門という名を継ぐのが重圧に感じ、他の仕事につこうか、と悩んだ日々もあったという。
 そういう人生があったから、鬼平犯科帳では長谷川様の気持ちがよく判って、あれほど血の通った芝居が出来たのかもしれないなぁ、と思う

 それにしても、歌舞伎の名門ってのも、なかなかに大変な運命を背負って生きる定めが付きまとうものなのだなぁ
 ああ、一般人の家庭でよかった

 己に厳しく芸を磨き、芸の道には厳しいが、それでいてまわりのへ高ぶった態度一つなく、本当に素敵な方でしたわね
 鬼平犯科帳の長谷川様としてだけでなく、歌舞伎役者、中村吉衛門、としてもファンになりましたわ

 一度、氏の歌舞伎を拝見いたしとうございますわね。
 もちろん、きっちり和服でお洒落して

 芸の肥やし、と勘違いして毎晩酒飲んで暴れまくって事件にまで発展したどこかのぼんぼん歌舞伎役者も、数十年経ったらこの人のような芸も人格も立派な人になれるのでしょうかね。
 いや、絶対ならねばね。だね

テレビ、始まりと終わり

2011-07-24 | テレビ・CM
 今日の正午で、地上デジタル完全移行(一部地域除く)となる次第になったようで

 自室のテレビにまだチューナーを付けていないので、今日の正午きっかりにウチの部屋のテレビは砂の嵐となるのでやんしょうね
 まあ、近頃はテレビよりラジオをつけているウチなので、今の所、自分の部屋のテレビが見られなくなる、というサミシサとかは全くない。 
 ないならないでスッキリするが、あのブラウン管の場所取る物体をどうすべか? という気は起きる(ああ、でも部屋でDVDとかは見たいか)。

 案外、そういう人も結構いるようで、テレビが映らなくなったら、その後はもう家のテレビを見ない、と、決めた人もいらっさる様子。


 テレビとは何なのか?

 昔は家族団らんの友だった立ち居地が、パソコンや携帯の進化によってその居場所がどんどん狭められていく。

 テレビとは何なのか?

 情報を詳しく伝える手段?
 面白かったり、ためになったりする情報を伝えてくれるツール?
 今のテレビは昔ほどの魅力はなくなってしまっている、多分。

 奇しくも、今、テレビで流しているのがちょうど、岡村と中居が司会している超くだらない番組だしさ
 少なくとも、あの番組に魅力は感じないなぁ、ワタクシは

 それでも、昨夜のドラマ、ドン・キホーテ、は結構好きで楽しみにしてますのよ
 違う場所に違う人を当てはめて見たら、その人の欠点が意外な長所になる、ってなところがミソね
 まあ、あの番組を見た後はすっきり楽しい気持ちになれるけど、今やってるダラダラ長いだけの番組とかは、見たら見た分疲れる
 あの番組の言う“笑い”や“笑顔”ってなんなんだろう?


 震災後、自分の笑いの感覚も変わったのか、某売れっ子司会者がやっている番組がすべて嫌いになった。
 芸能界のあまり売れてない人を集めてきて、誰が一番おバカな回答をするかを笑うような番組は前々から大嫌い(ここ強調したい)だったのだが、今はそのプロディユースをしている司会者のやっている番組すべてがウザイし胡散臭い、と感じるようになってしまいました

 震災とともに、価値観の変わってきたこの国、今、テレビの一つの時代が終わるというのも、奇しくもその価値観変化の波にちょうどあった形になったわけで。

 この先、この国のテレビは、番組は、どういう道を進んでいくのでしょうか?
 ワタクシはモヤさま2や、アメトーークなどの道についていくでしょう

仁、最終回

2011-06-27 | テレビ・CM
 昨夜は見ました、ドラマ、仁-JIN-の最終回
 最終回だけに堂々の二時間になっていました。

 最初の一時間は、いつものドラマと一緒で、人間ドラマだわ~ と言う感じだったのですが、最後再び仁が現代に帰った辺りから謎が解ける、というよりも謎の説明、のような感じになってしまってちょっとだらり

 しかし、まあ、とりあえず南方先生は、もともとの世界とは少し違うけど、ちゃんと未来さんのいる世界に戻って、多分、今度は未来さんを救ってなんとか結ばれるのでしょうな、という終わり方には反論はいたしません。
 南方先生が江戸時代に随分進んだ医療技術を持ち込んだというのに、再び戻った“現代”では、江戸に行く前に彼が居た時代の医療とさほど変わらぬ感じというのもなんだか、もう少し進歩していてもいいんじゃないの? とかも思うけど、それはまあいいとしましょう
 だがしかし、これでいいのか? 橘咲 という感は否めませんでした

 咲さん、一生を医療(南方先生?)に捧げたわけよね。
 もともと違う時代の人なので、初めから結ばれることは出来なかった人なのかもしれないが、咲さんが野風さんの子供を養子に受けた、というのもなんだか、そんなに都合よく? と言う気もしたし。
 野風さんが命をかけて生んだ子供で、父親のフランス人も子供が出来たことを喜んでいたのに、なぜその大事な子供を咲さんに渡したのでしょうか?
 南方先生があの時代から消えたときからちょっとづつみんなの立場が修正され、野風さんが子供を咲に託す状況になっていたのだろうとは思うのですが(野風さんががんで亡くなって、フランス人の旦那も事故で死んじゃったとか?)

 まあ、そういう細かいことも感じましたが、ワタクシが一番心に残ったのは咲さんが失われゆく自分の好きだった“先生”への思いを手紙に綴っていたところ。

 とても好きだった人の記憶をすべて失っていく。

 失ってしまった方が咲の未来によいことなのかもしれなくても、自分が抱いた気持ち、そしてその間に感じた嬉しいこと悲しいこと、すべてを消されてしまう、その優しくて残酷なことにワタクシ自分でもよく判らないくらいの動揺を感じたわけで。

 何か魂の深いところの痛みのような。

 もしかしたら、遠い前世かなにかでこの運命の修正力、と同じような力を受けて、大事な人のことを忘れてしまったりしたのかもしれないなぁ
 もしかしたら、前世とかじゃなく、今生きているこの世界でそういうこと -誰かとても大切な人の記憶すべてを失ってしまう- そういうことを経験しているのかもしれないな、自分の全く気がつかないところで。
 あんな風な歴史の修正力、のような力があるとしたら、昨日の記憶が本当に自分が体験してきたものだという証拠はどこにもなくなってしまうし。

 ああ、きっとワタクシは何らかの理由で、心から愛した人のことを忘れて今を生きているのだわきっと。
 だからいつの間にかオーバーフォーティーになってしまっていたのだわ

 まあ、妄想はそこまでにして、とりあえず最終回も無事に済んでよかったどす
 次のシーズンは、どんなドラマが始まって、ワタクシを楽しませてくれるのでしょうね

無から生まれる希望

2011-06-20 | テレビ・CM
 ロッテのアイスの実のCMに出ているAKB48の新メンバーがやっぱりCGだった、とか言う話が先日ありましたわよね
 前田、大島をサイドに置き、メインで歌うあの子は? とか一部で話題になっていたそうでありんすが、実はワタクシ、そのCMを今だ一度も見たことがございませんの
 ワタクシの暮す地域では放送されなかったのかしら
 それともこのネットに流れているアイスの実CM問題自体がCGな話だったのでしょうか?
 ワタクシにとってはCMの話も、江口愛実の存在と同じように無かった話のように感じられます。

 しかしまあ、CGの美少女アイドルが現実社会にいるかのように振舞うというお話は、昔々のアニメ、メガゾーン23というヤツで、ありましたのよね、風祭イヴってのが
 結構可愛いキャラで、アニメオタクだったティーンエイジャーのワタクシは結構好きだったんですけどね
 自分たちの暮している世界すべてが実は作り物だったんだよ、ってな話でございましたわね、あのアニメ。ああ懐かしい
 あのアニメから二十数年、時代はあの頃に近づいて来ているのだが、はたして人の中味は進化しているのだろうか?

 震災後、あまりこれといって自分の好きそうなCMが無かったのですが(トマール猿人のやつくらいかな?)この前、やっと見ました、惑星調査員のジョーンズさんの新CM
 今度は学校の先生になり、生徒達をびしびし指導して、モンペに学校に押しかけられて、そこを金八先生がとりなして、ってなCM
 いや~、やっぱり震災後もジョーンズさんは日本に残って調査続行中だったんですな、と思うとなんか、物凄く嬉しい

 CMという作り物なんだけど、なぜか嬉しい。
 会った事もない人なんだけど、なんだか凄く親しみを感じてしまうんですのよね。
 もう結構長い間、あのCMに出続けているから、あの役者さんは実際には日本に暮してちゃいないのに、ジョーンズさんはいつも側にいてくれている、という感覚に見舞われるからなんだろうな
 
 たとえ、CMという絵空事からでも、勇気や親近感をもらえるものなんだな
 少なくとも、ワタクシはジョーンズさんのCMを見ると、ちょっとだけだが勇気と希望をもらえるぞ

 アニメやゲームとかのオタクも、そうやって現実には無い世界から愛や元気をもらい、現実を生きているのかもしれない。
 アニメマンガオタクだった若き日のワタクシも、多分、そうやって二次元からエネルギーをもらっていたんだろうな

 アイスの実のCM用メンバーの江口愛実も、このままメンバーとしてネットやテレビの中で活躍し続け、来年のファン投票で一位を獲る! とかになれたら、その現実には無い存在が現実に愛や夢を与えたことになるんだよな
 それくらいがんばってくれたら面白いのにな、江口愛実ちゃん