北羽歴史研究会

出羽国北端より奥羽地方と北の歴史を展望し
北羽地方の風土文化作りに寄与する。

矢立峠歴史の道  整備作業 9月

2008-09-18 13:14:23 | 活動情報

9月9日、古街道矢立杉跡に立てている菅江真澄標柱の説明文字の一部が剥げかかりを塗料を持って行き補修した。道の駅下り標識は当初小さいながら二本あったが腐れていまやつれたのが一片という状態、白ペンキで見えやすくしておいたが、いずれ目につきやすい大きさのもの必要であろう。茶屋峠の方から峰道をあるいて来て、道の駅に下る道を探せず、津軽側に行ってしまい、間違えたといって戻ってきた人と偶然出会ったことがあるので、此処には目立つ標柱が必要と思う。 // 9月14日、今日から秋の刈り払い。明治新道の赤湯沢口から刈り払いながら上り、頂部の交差点へ。近日津軽側からの刈り払い作業があったようである。おかげで時間がとれ頂部橋から下を広く刈り払いできた。この明治新道の頂部双方県境部分は、旧道復元ままならない路盤破壊になっている場所でもある。イサベラバード記念標の立地も具合がどうもなので思案中。  この後茶屋峠へ移動、古街道を上部から刈り払いながら下部へ。上り口の旧国道部分、笹竹よもぎで道路にかぶさっているのを刈り払う。 やれやれこれで秋期作業は終了である。ほかに気になっているのがひとつ。明治新道口の森林管理署設置の案内板の地図がペンキ剥げになっている。この日は各塗料持参で行ったので、この案内図にペンキ補整書き込みをしておいた。ここの案内板の地図は機械書き込みだそうだが、経年ですぐ剥げる、私が補整したのはこれで三回目ですが、何しろここの案内板には「北羽歴史研究会により云々」と書かれているので、地図の補修書きぐらいはやらずばの思いでの事です。所有者にことわりもせず勝手に手を加えて申しわけなし。//  9月18日、この日また赤湯沢の明治新道入り口へ出かける。沢の登り下りの踏段に繁茂の草は、刈払機ではむずかしい。さりとて手で抜いていても、まことにしようがない。根が大きいと踏段壊しにもなるので、除草剤を使うことにしている。夏手加減して少量にすぎたか、繁茂が気になり追加作業に出かけたということ。//春と初夏と秋と矢立峠歴史の道の整備作業は、年三度。どうやらこの辺で今年は終了です。


矢立峠歴史の道を守る会 wa


 


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