ソフトバンクグループは近く、サウジアラビアなどと共同でつくる10兆円規模の投資ファンド発足させる。社長、孫正義は投資家か、事業家か。トランプ大統領との会談や3兆円超を投じたアームの買収、米携帯スプリント問題など、知られざるエピソードをもとに、5回連載でソフトバンクの次を読み解く。
■首相随行をドタキャン
ファンド設立にかける孫の執念は、その足取りをたどると浮き彫りになってくる。
昨年9月3日、東京・赤坂の迎賓館。孫はサウジの副皇太子、ムハンマド・ビン・サルマンと会談した。2人が話しあったのが、孫が提案した10兆円ファンドの構想だった。ムハンマドは初来日に合わせて数々の財界人と面会したが、孫とは特段に意気投合したようで、同行したサウジ国営通信に2人が談笑する写真を配信させている。
実はこの日、本来なら孫はロシアのウラジオストクにいるはずだった。日ロ首脳会談に臨む首相の安倍晋三に随行し、ロシア電力大手トップと会う予定だったが、直前になってキャンセルした。首相に同行する財界人がドタキャンするのは異例中の異例だ。孫はそこまでしてムハンマドとの会談を選んだのだ。
そして1カ月余り後の10月13日、孫はサウジの首都リヤドに飛んだ。ファンド設立の合意書にサインするためだ。孫は閣僚たちとの握手を済ませると足早に空港に向かい、プライベートジェットに乗り込んだ。向かう先の東京で待っていたのは、米アップル最高経営責任者(CEO)のティム・クックだった。
CEOとして初来日したクックは文字通り分刻みのスケジュールをこなしていたが、孫は直前になってクックに頼み込んで会食の時間をずらしてもらっていた。
今回はドタキャンは避けたもののアップル側は突然の予定変更に慌てた。だが、食事を取りながらの会話は孫のファンド構想で盛り上がり、クックはファンドへの参加を快諾した。
ムハンマド副皇太子は昨年9月、孫社長と会談、10兆円ファンドの構想を話し合った
日米政財界の大物を翻弄してまで設立を急いだ10兆円ファンド。孫はなんのためにそんなものをつくったのだろうか。常々「私は事業家」と主張する孫がなぜ「投資」なのだろうか。
■ポートフォリオも作らない
その謎を解くカギが孫が言う「群戦略」だ。孫流投資の真意が一般に理解されず「ソフトバンクは投資会社だ」と言われる理由はここに集約されると言える。
孫流投資の特徴をまとめると次のようになる。あくまで投資であり英アーム・ホールディングスのような完全買収は別になる。
将来有望だと見たベンチャー企業に出資を通じて資本関係をつくる。ただし、孫がより重視するのは「同志的結合」だ。経営者同士の信頼関係と言い換えられるだろう。
信頼関係を結ぶためには長期間の資本関係が前提となる。ソフトバンクの株式保有期間は平均で13年半に及ぶ。
少額だけ出資して事業価値が上がれば売り抜けるような手法は取らず、一般の投資ファンドのようにリスクを最小化するためのポートフォリオをつくることもない。もちろん空売りなどの投資テクニックは使わない。株の売買でキャピタルゲイン(値上がり益)を得ることが目的ではないからだ。
孫は原則として投資先の筆頭株主になる。経営はそのまま任せるが、孫は「自分が経営するつもりで考える」。その過程で孫の言う同志的結合が生まれるというのだ。
では、なぜ投資を通じて同志的結合をつくるのか。孫の言葉を借りれば「300年以上続く企業グループをつくるため」だ。ちなみに「300年」には、孫が尊敬する坂本龍馬など維新の志士が倒した江戸幕府より長続きする企業をつくるという野望が込められている。
孫がフィールドにする情報産業はとにかく栄枯盛衰が激しい。ひとつの事業に頼り過ぎると時代の変化に取り残される。ならば投資を通じて緩やかな企業群をつくり、次の時代に勝ち残れる事業をつくろうという超長期の生き残り策が群戦略だ。そのための打ち出の小づちがサウジとの投資ファンドというわけだ。
興味深い話がある。7年ほど前にソフトバンクの戦略担当チームが実際に調べて孫に報告した話だ。
■競走馬とサケ
「なぜ一時期、英国は競馬で勝てなくなったのか」
競走馬のサラブレッドが最初に定義されたのは1791年といわれる。英ジョッキークラブが認定した456頭で、その血統は「ジェネラル・スタッド・ブック」に記録された。20世紀初頭、英国ではこの本にすべての先祖が記録された馬しかサラブレッドと認められなくなった。その後、競馬新興国のフランスや米国の馬にどうしても勝てなくなった。
英競馬界の衰退の原因は行き過ぎた純血主義だ――。こう結論づけた孫は、異なるDNAを取り込んでこそ馬も会社も強くなると考えた。
かといって、勝ち残るDNAを探すのは簡単ではない。この点、孫が好んで使うのが「サケのふ化理論」だ。
メスのサケは一度に2000~3000の卵を産むとされるが、その中で生き残るのはオスとメスの1匹ずつだと孫は考える。1匹より多すぎると川がサケであふれるし、少ないといずれ絶滅するからだ。その中で生き残る1匹を見抜けるか。いかに名伯楽の孫でも答えはノーだ。
現代は人工知能(AI)の発達がいよいよ加速する時代に差しかかる。孫はAIが人類の知恵の総和を上回る「シンギュラリティー」が30年以内には到来すると予想する。「そうなるとあらゆる産業が再定義される」。フィールドは際限なく広がり、勝ち残るサケを見つける作業はますます困難になるだろう。
■「いずれ理解するだろう」
孫は新ファンドを使って将来は投資先を5000社にまで増やす構想を掲げる。その5000社はいずれも孫が見込んだ起業家たちが率いる。選び抜いた起業家たちがDNAを交差させ、勝ち残る1匹のサケを見つけるのだ。
「実は『群』がなくても30年はやっていける。30年でピークを迎えるような成功を目指すならね。でも300年を考えればそれではダメだ」
そこで必要なのが群戦略と言う。
「孫正義は何を発明したか。チップでもソフトでもハードでもない。たったひとつ挙げるなら300年成長し続ける組織構造を発明した。(後生の人に)そう言われるようになりたい」
これこそが投資家・孫正義の真の狙いだ。なかなか理解されないのは本人が一番よく分かっている。
「ソフトバンクってただの投資会社かという批判をよく受けますが、腹の中ではこう思っていますよ。いずれあなたがたも理解する時がくるでしょう。300年以内にはね」
=敬称略
(杉本貴司)
■首相随行をドタキャン
ファンド設立にかける孫の執念は、その足取りをたどると浮き彫りになってくる。
昨年9月3日、東京・赤坂の迎賓館。孫はサウジの副皇太子、ムハンマド・ビン・サルマンと会談した。2人が話しあったのが、孫が提案した10兆円ファンドの構想だった。ムハンマドは初来日に合わせて数々の財界人と面会したが、孫とは特段に意気投合したようで、同行したサウジ国営通信に2人が談笑する写真を配信させている。
実はこの日、本来なら孫はロシアのウラジオストクにいるはずだった。日ロ首脳会談に臨む首相の安倍晋三に随行し、ロシア電力大手トップと会う予定だったが、直前になってキャンセルした。首相に同行する財界人がドタキャンするのは異例中の異例だ。孫はそこまでしてムハンマドとの会談を選んだのだ。
そして1カ月余り後の10月13日、孫はサウジの首都リヤドに飛んだ。ファンド設立の合意書にサインするためだ。孫は閣僚たちとの握手を済ませると足早に空港に向かい、プライベートジェットに乗り込んだ。向かう先の東京で待っていたのは、米アップル最高経営責任者(CEO)のティム・クックだった。
CEOとして初来日したクックは文字通り分刻みのスケジュールをこなしていたが、孫は直前になってクックに頼み込んで会食の時間をずらしてもらっていた。
今回はドタキャンは避けたもののアップル側は突然の予定変更に慌てた。だが、食事を取りながらの会話は孫のファンド構想で盛り上がり、クックはファンドへの参加を快諾した。
ムハンマド副皇太子は昨年9月、孫社長と会談、10兆円ファンドの構想を話し合った
日米政財界の大物を翻弄してまで設立を急いだ10兆円ファンド。孫はなんのためにそんなものをつくったのだろうか。常々「私は事業家」と主張する孫がなぜ「投資」なのだろうか。
■ポートフォリオも作らない
その謎を解くカギが孫が言う「群戦略」だ。孫流投資の真意が一般に理解されず「ソフトバンクは投資会社だ」と言われる理由はここに集約されると言える。
孫流投資の特徴をまとめると次のようになる。あくまで投資であり英アーム・ホールディングスのような完全買収は別になる。
将来有望だと見たベンチャー企業に出資を通じて資本関係をつくる。ただし、孫がより重視するのは「同志的結合」だ。経営者同士の信頼関係と言い換えられるだろう。
信頼関係を結ぶためには長期間の資本関係が前提となる。ソフトバンクの株式保有期間は平均で13年半に及ぶ。
少額だけ出資して事業価値が上がれば売り抜けるような手法は取らず、一般の投資ファンドのようにリスクを最小化するためのポートフォリオをつくることもない。もちろん空売りなどの投資テクニックは使わない。株の売買でキャピタルゲイン(値上がり益)を得ることが目的ではないからだ。
孫は原則として投資先の筆頭株主になる。経営はそのまま任せるが、孫は「自分が経営するつもりで考える」。その過程で孫の言う同志的結合が生まれるというのだ。
では、なぜ投資を通じて同志的結合をつくるのか。孫の言葉を借りれば「300年以上続く企業グループをつくるため」だ。ちなみに「300年」には、孫が尊敬する坂本龍馬など維新の志士が倒した江戸幕府より長続きする企業をつくるという野望が込められている。
孫がフィールドにする情報産業はとにかく栄枯盛衰が激しい。ひとつの事業に頼り過ぎると時代の変化に取り残される。ならば投資を通じて緩やかな企業群をつくり、次の時代に勝ち残れる事業をつくろうという超長期の生き残り策が群戦略だ。そのための打ち出の小づちがサウジとの投資ファンドというわけだ。
興味深い話がある。7年ほど前にソフトバンクの戦略担当チームが実際に調べて孫に報告した話だ。
■競走馬とサケ
「なぜ一時期、英国は競馬で勝てなくなったのか」
競走馬のサラブレッドが最初に定義されたのは1791年といわれる。英ジョッキークラブが認定した456頭で、その血統は「ジェネラル・スタッド・ブック」に記録された。20世紀初頭、英国ではこの本にすべての先祖が記録された馬しかサラブレッドと認められなくなった。その後、競馬新興国のフランスや米国の馬にどうしても勝てなくなった。
英競馬界の衰退の原因は行き過ぎた純血主義だ――。こう結論づけた孫は、異なるDNAを取り込んでこそ馬も会社も強くなると考えた。
かといって、勝ち残るDNAを探すのは簡単ではない。この点、孫が好んで使うのが「サケのふ化理論」だ。
メスのサケは一度に2000~3000の卵を産むとされるが、その中で生き残るのはオスとメスの1匹ずつだと孫は考える。1匹より多すぎると川がサケであふれるし、少ないといずれ絶滅するからだ。その中で生き残る1匹を見抜けるか。いかに名伯楽の孫でも答えはノーだ。
現代は人工知能(AI)の発達がいよいよ加速する時代に差しかかる。孫はAIが人類の知恵の総和を上回る「シンギュラリティー」が30年以内には到来すると予想する。「そうなるとあらゆる産業が再定義される」。フィールドは際限なく広がり、勝ち残るサケを見つける作業はますます困難になるだろう。
■「いずれ理解するだろう」
孫は新ファンドを使って将来は投資先を5000社にまで増やす構想を掲げる。その5000社はいずれも孫が見込んだ起業家たちが率いる。選び抜いた起業家たちがDNAを交差させ、勝ち残る1匹のサケを見つけるのだ。
「実は『群』がなくても30年はやっていける。30年でピークを迎えるような成功を目指すならね。でも300年を考えればそれではダメだ」
そこで必要なのが群戦略と言う。
「孫正義は何を発明したか。チップでもソフトでもハードでもない。たったひとつ挙げるなら300年成長し続ける組織構造を発明した。(後生の人に)そう言われるようになりたい」
これこそが投資家・孫正義の真の狙いだ。なかなか理解されないのは本人が一番よく分かっている。
「ソフトバンクってただの投資会社かという批判をよく受けますが、腹の中ではこう思っていますよ。いずれあなたがたも理解する時がくるでしょう。300年以内にはね」
=敬称略
(杉本貴司)