在沪日記

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「妻と娘はビーチに行っている」と彼は言っていたが

2021-11-14 | ワイキキの影
 薄暗い店の奥に進んだ瞬間「しまった」と思った。

 日曜日の朝だったのだ、しかも10月の。

 メインランドからきた観光客だらけの店内は休日の朝にふつりあいなほど騒々しい。

 NFLの試合が中継されているからだ。

 ゲームは東部時間の午後行われる。

 時差のあるハワイではまだ朝食の時間帯だ。

 だが彼らにはリゾート地の朝だろうが何だろうが関係ないらしい。

 大型モニターを真剣にながめている。

 画面の中のディフェンスに向かい「ツブせ」とか「殺せ」とか叫んでいる。

 ほかの店を探そうかと思ったが、やけに愛想のいいウェイトレスが席を用意してしまった。

 しかたなくルーベンサンドイッチとクアーズを注文する。

 地元の人間はほとんどいない。

 ローカルなら日曜の朝にワイキキの店なんかには来ない。

 だいたいこんなに天気のいい日にビーチに出かけないなんて馬鹿げている。

 となりの席に30代の白人男性がやってきた。

 彼もひとり客だ。

 ウェイトレスにひとりかとたずねられ「妻と娘はビーチに行った」と答えている。
 
 スマートフォンを忙しく操作しメールを数件送ったあと、チキンウィングをつまみにハイネケンを飲んでいる。

 家族とビーチで過ごす気は彼にはないのだろう。
 
 奥のモニターあたりからひときわ大きな歓声が上がる。

 どこかのチームが得点したらしい。

 立ち上がりテーブルに拳を叩き付ける音がする。

 フロアを踏み鳴らす音がする。

 ビールの瓶をぶつけあって乾杯がくりかえされる。

 店を一歩出てしまえば、いつものワイキキ、日曜日のルーワーズ通りだ。

 海の方角から光が射してくる。

 強い東風が吹いている。

 一瞬どちらに向かって歩こうかとまどってしまう。

 強い日ざしを浴びて店の中と外界と、どちらが現実なのかわからない奇妙な感覚におそわれた。



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