目ざめたときから気分が重かった。
楽しかった旅ももうすぐ終わってしまう。
なんとかベッドから抜け出して、カーテンを開けワイキキビーチの様子を
うかがってみる。
今日も天気は上々のようだ。
すでにたくさんのサーファーが海の中に浮かんでいる。
ダイアモンド・ヘッドの真上にお日様が昇っている。
思ったより早く起きてしまった。
朝食をどうするか。
昨日まではマウイのコンドミニアムにいた。
そこならば冷蔵庫の中に入っているグレープフルーツジュースを飲んで、キッチンでパパイアを
切り、コーヒーをいれれば立派な朝食だ。
だが、ここはワイキキの高層ホテルの一室。
ことはそう簡単には運ばない。
とりあえずコーヒーだ。
シャワーを浴び、シャツを着て、エレベーターで一階のコーヒーショップに向かった。
ベルデスクには昨日の午後、部屋までスーツケースを運んでくれたフィリピン系の
ベルマンがいた。
むこうもこちらの顔を覚えていたらしく「グッモーニン」と挨拶してくる。
昨日チップを渡すとラナイに出て、「今日は部屋からホヌ(ウミガメ)が見えるぞ」と
手まねきし、「ほらあそこ。見えるか?」と教えてくれたひとなつっこい男だ。
「よく働くね」
「朝飯食べたか?」
「まだだよ。コーヒーを飲もうと思うんだ」
「そうか。朝飯もたべた方がいいぞ。朝飯を食べれば一日を楽しめる」
「わかった、そうするよ。ありがとう。じゃあまたね」
ガラス張りのコーヒーショップで水とコーヒーを交互に飲みながらあらためて朝食について
考えてみる。
去年このホテルに泊まったときにどこで朝食を食べたか。
「あの店に行ってみるか。オムレツもアサイー・ボウルも悪くなかったな」
コーヒーを飲みおえると、カラカウア通りを西に4ブロックほど歩いたところにあるカフェ
に向かうことにした。
アメリカ本土から家族で来るようなツーリストが泊まるホテルの1階にそのカフェはある。
店に入るとガランとしている。
先客は一組だけ。
おそらくメインランドからきた白人の老夫婦。
この時間にしてはすいてるな。
少しイヤな予感。
チーズのオムレツ、付け合せにはロウズマリーポテト、それにアサイー・ボウルを注文する。
接客に出てきたのは「なんともローカルのおねえちゃん」とでも呼ぶべき20代後半の黒髪の
女性だ。
白人とアジアの血を持った、この島ではよくいるタイプ。
「あれ、去年はもうちょっと陽気なおねえさんが、気持ちよくあいさつしてくれたのにな」
僕の注文を受けた黒髪の女性はニコリともせずキッチンの方へと向かった。
「ああ、ここも変わっちゃったんだな。たった一年で」
もう料理が出てくるまでもなくわかってしまった。
オアフ島、とくにワイキキの一年は東京や上海の一年と変わらない。
いやトキオの一年よりワイキキの一年の方が速く時間が過ぎる。
このカフェ兼レストランも一年の間に、オーナーが変わったのか、スタッフが変わった
のか、とにかくもう一年前のあの「ちょっとイイ店」ではなくなってしまったのだろう。
この島のいたるところでそんなことが高速で起きて、ツーリストの僕はもうついていけない。
「来年の旅行でもまたこの店に来よう」そんな楽しみが毎年裏切られていく。
オムレツもアサイーも接客も予想通りのものだった。
店を出てまだ午前中の白い光の中へとさまよい出る。
「オアフはもういいかな・・・・・・」
晴れたリゾートの朝には似合わない足取りで、ふらふらと定宿に向け歩きだした。