ホノアピイラニ・ハイウェイと呼ばれる州道30号線ができる以前。
「西マウイ」という言葉は「田舎」と同義語だった。
灌漑用水を引ける土地はサトウキビ畑。
水が充分でなければパイナップル畑。
雨が少ない西マウイにはそのふたつ以外に耕作に適した作物はない。
あとはただの乾いた荒地がひろがっていた。
そのころ。
数カ所の岬をたどる海岸沿いの道としてホノアピイラニ・ロードはすでにあった。
地域の中心地ラハイナの町とさらに北部のパイナップル・プランテーション
を結ぶ生活道路。
収穫されたパイナップルをホノコワイの缶詰工場まで運ぶ道でもあった。
缶詰工場の跡地は今、ショッピング・モールになっている。
週末、モールのまんなかにあるステージでは地元のこども達がコーラスを披露したり
フラを踊ったりする。
そんな呑気なモールだ。
ショッピング・モールを東側からグルっと包みこむようにしてホノアピイラニ・ロードが
走っている。
そして敷地の北東の角で現在のステイト・ハイウェイと合流し、ホノアピイラニ・ロードは
終わる。
その昔、北西部のプランテーションにつづく道の終点・起点が缶詰工場だった、ということだ。
西マウイのパイナップルが1日に万単位で缶詰にされていたころ、ホノアピイラニ・ロード
にその食堂はもうあった。
「シシド・レストラン」
2011年9月。
空港で車を借り出し、カパルアに向かっていた。
ホノアピイラニ・ハイウェイでラハイナを過ぎ、時間を確認する。
午後1時前。
コンドミニアムと約束した時間にはまだ少し早い。
それに腹が減った。
思えばハワイ時間の早朝に飛行機の中で出されたフルーツとペチャンコにつぶれたクロ
ワッサンが最後の食事だった。
それにしても「クロワッサン」の発音が難しい。
機内で今回も一度でクルーにわかってもらえなかったな。
フランス語だからかな、三日月。
ハイウェイを降り、左折で旧道に入る。
ローワー・ホノアピイラニ・ロード。
ハイウェイとの交差点にあるガス・ステーションに車を入れ、ポンプの番号を確認する。
喉もかわいていた。
とりあえず、なにか飲みたい。
ガス・ステーションの事務所兼売店の中に入る。
眠そうなフィリピン系のアーンティが店番をしている。
ダセニのドリンキング・ウオーターを一本手に取り、なにか食事になりそうなものがないか物色
してみる。
サンドウィッチやデリ用の冷蔵ケースはあるのだが、ほとんど商品は入ってない。
カップに入ったフルーツゼリーでは腹の足しにならないだろう・・・・・・
水のボトルをキャシャーに差し出し、3枚のドル札をそえる。
「おはようございます。調子はどうですか?パンプナンバー3に10ドル、それとこの水ね」
アーンティーは水のボトルをスキャンする。
「おはよう。あら、もうお昼すぎだよ。”おはよう”には遅すぎる。調子は、まあまあ。現金なんて
100年ぶりに見たよ。あんたたち日本人はまだ現金で払う。11ドル70。」
「チェックの方がいい?」
「いいよ、いいよ、現金で。お釣りはあるから。ありがとうね」
「ありがとう。えーと、この近くにカフェか食堂ないかな?朝ごはん、いや、そうじゃなくて
昼メシ食べたいんだ」
ボトルのスクリュー・キャップを開け、ひと口飲んでアーンティに聞いてみた。
「シシド・レストラン知ってる?」
「聞いたことないな。近く?」
「日本から来たなら、行ってみるといいよ。ここを出て右、ローワー・ホノアピイラニ・ロ
ードを行くと、彼らの店がある。パン・ケーキかサイミンを試してみなさい。コークの大きな
看板がサインの店だよ」
「教えてくれてありがとう。行ってみます。じゃあよい日を」
「ありがとう。あんたもね」
ガス・ステーションを出てローワーホ・ホノアピイラニ・ロードを1マイルほどゆっくりと
北上する。
右手に大きなコカ・コーラの看板が見えてきた。
横幅10フィート以上はある赤地のコカ・コーラのロゴ広告。
その上の白く抜かれた部分に店名と広告が記されている。
「シシド・レストラン、世界的に有名なパン・ケーキ」
外観は昔ながらのロード・サイド・レストランだ。
日本ではドライブ・インと呼ばれるやつ。
横長の平屋で、真っ平らの陸屋根。
屋根と壁はピンクがかったサンド・ベージュに塗られている。
店の前は舗装された広い駐車場で、その駐車場に向かって屋根が5フィートほまっすぐ
にせり出しひさしと雨よけになっている。
大きな腰高のガラス窓が6面。
店の前面は7~8インチほどの高さで、白いコンクリートのテラスになっている。
中央やや右手にアルミニウム・サッシュにかこまれた両開きのドアがある。
入口を入った左手にキャシャーがあり、そこの70代くらいの女性が座っている。
「こんにちは。ひとりです」
そう告げる。
「カウンターの席はいかが?」
「ありがとう」
カウンターにはひとりぶんずつ重いマグカップとカトラリーが用意してある。
座ると中年のウエイトレス役の中年女性がマグカップをひっくり返しながら、
「コーヒー?紅茶?」とたずねてくれる。
コーヒー、と答えると、すぐにマシーンで保温してある大きなポットから薄いコーヒーが
注がれる。
席についてすぐにコーヒーを飲めるのはいいシステムだ。
味はともかくとして。
店の自慢のパンケーキを食べ、店を出るときだった。
キャシャー席に腰掛けていた、老女に声をかけられた。
「パンケーキを楽しみましたか?」
「はい。おいしかった。ありがとう」
「あなたは日本から来ましたか?」
「はい」
「そう。津波きましたか?あなたのファミリーは大丈夫だった?レディエイションは?」
「マウイしまにも津波が来ました。多くの人が高いところに逃げましたよ。水が
入った家もあります」
「わたしのおじいさんはね、フクシマ。だから私は津波のこと悲しい。レディエイションも。
心配です」
「マウイしまに来てくれて、ありがとう。また必ず来てください」
老女は僕の目をまっすぐにみながら言った。
距離も時間も離れてしまったおじいさんの祖国を心配している人がここにいる。
ホノコワイのグランマ。
ありがとう僕も僕の家族も友人も無事でした。
でももうあなたのおじい様の祖国は安心して暮らせる国ではなくなりました・・・・・・
悪魔に魂を売ったからです。
残念です。
しばらくマウイでのんびりしたら僕はまた東京に帰ります。
そしてまたマウイに来たら、必ずパンケーキを食べにきます。
グランマ、そのときまでどうぞお元気でいてください。