「シュエット」は外堀通り沿いの小さなビルディングの2階にあったコーヒー・ショップ。
床面近くまでの大きなガラスが使われいて、店内は明るくて、気持ちよかった。
フランス語の授業でたまたま「シュエット」という単語が出てきたので、店名の意味は
わかった。
「フクロウ」だ。
今、調べてみるとフランス語の”chouette”には「素敵な」という形容詞の意味もあるんだね。
「素敵!」という感嘆詞でもつかわれるらしい。
どの意味で店の名前を「シュエット」にしたのかな。
「抹茶のチーズ・ケーキ」というメニューがあった。
いまでこそ海外でも「抹茶スイーツ」は大人気だけれど、そのころはまだ「抹茶」をケーキに使う
ことは珍しかった。
ふだんは「タイム」っていう喫茶店に行くことが多かった。
夜の8時ごろ行くと、よく先輩の後藤さんがピラフを食べていた。
70年代初期のアメリカン・ロックやAORがかかっててね。
そういう音楽が嫌いな奴は別の店に行ってた。
けれど女の子と待ち合わせののときに使うのは絶対「シュエット」だった。
一般教養の授業でモデルみたいな美人さんがいたから、「授業が終わったらシュエットで君の
ことを待っています」というメモ書きを渡したことがある。
半分はふざけてだけど、半分は本気だった。
授業が終わったら、すぐにシュエットに行って待ったよ。
もちろんその美形は現れなかった。
雨続きの6月のある日の午後、その日は本気の待ち合わせで僕はシュエットにいた。
ミルクティーを飲みながらぼんやり外掘通りの街路樹を見ていた。
白くて細かい雨のスクリーンの向こうに濃い緑色の葉が濡れていた。
そして店の入り口につづく外階段を、そのころ僕が大好きだった素敵な女の子が傘をたたみなが
らのぼってくるのが見えた。