日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (46)

2023年03月04日 04時07分07秒 | Weblog

 奥羽山脈に連なる飯豊山の麓にある、村の診療所である田崎家の夕食時に、美代子の姿が見えないので、老医師が晩酌の杯を置いて怪訝そうな顔で、キャサリンに対し「美代子はどうしたんだ」と、聞いたので、キャサリンは答えにくそうに渋々ながら
 「お爺様と主人にお話して、どうしても御承知して頂きたいたいことがあるの。と、顔をこわばらせて言張って、私を部屋にも入れてくれず、言うことも聞いてくれないんです」
と、寂しそうな表情で話したあと顔を伏せて恐るおそる、美代子が怪我で入院中の大助君のお見舞いに上京したいと言い張っている。と,簡単に訳を話すと、晩酌をしていた老医師と養父の正雄の二人は、顔を見あわせて小首をかしげて断片的にキャサリンから事情を聞いていたが、美代子の我侭に困惑気味のキャサリンと、美代子の考えに深い溜め息を漏らした正雄に対し、老医師は表情を崩さず険しい顔になると
 「よしっ。判った。キャサリン!あなたが美代子を連れて大助君のところに行ってきなさい」
とキャサリンに指示して、彼女の我儘に憤怒のためか震える手で晩酌を続けた。
 お爺さんも、話しを聞いていて、内心では大助のことが気になって決然と言いはなったのである。
 予期に反し、お爺様が即決で美代子の希望を聞き入れてくれたので、キャサリンは夫のお酌をしながら顔を見て、次に何が起こるのだろうかと少し心配になってしまった。

 キャサリンは彼女の部屋の前で
 「美代ちゃん、お爺さんが東京行きを許してくれたわょ」
と言うと、彼女は「エッ!ホントウ ウレシイ」と返事をして、部屋から出しなに「お母さん、有難う~」と声をかけて階下のリビングに素早く階段を駆け下りていってしまった。
 自分の席に腰をおろすと、テーブルに両手をついて丁寧に頭を下げ
 「お爺さん、私の希望をかなえてくれて、嬉しいワ」
と言うと、老医師は
 「まぁ~、お前も色々と悩みを抱える歳になったもんだなぁ~」
 「兎に角、夕飯をきちんと頂きなさい」
と言って、皆が揃って夕食を始め、食事がすむとお茶を呑みながら、お爺さんは三人に対し真面目な顔つきで
  「わしの信仰する法華経に”三乗方便 一乗真実”と言う教えがあるが、美代子が大助君をお見舞いに行きたいとゆう心は、それなりに心が成長した証で、単なる遊び心でなく親友の怪我を思いやる真実の心と思うよ」 
  「正雄もキャサリンも親の立場で、美代子の上京に対して思うところはあると思うが、彼女に素直に育って欲しいと思う願いは、わしと同様であると思うが・・」
  「まぁ~、佛経典の難しいことは後で話しすることにして、今は気持ちよく美代子を行かせてあげよう」
  「大助君は、ワシの見る限り、間違いなく素直で真面目な子である」
  「あの盆踊りのとき、年寄りや小学生等に自然に溶け込んで行く様子を見ていて、彼は相手の年令や言葉使いなどで人を差別することなく、誰とでも明るい表情で話し合えるなんてことは、まだまだ古い因習の残る田舎では普通に出来ることではないわ」
  「二人の将来については、今後、二人が成長した暁に、お互いに決めれば良いことで、我々は静かに見守り助言し、二人が正しい方向に進んで欲しいと願うだけだ」
と許可した理由を述べたあと
  「但し、ワシが許可するには条件がある。それは、キャサリンが同伴して来年進学を志望しているミッションスクールの場所の確認や内容を事前に担当者から聞き施設を見学することを第一義とし、大助君の城家には絶対にお邪魔しないこと。お見舞い品は病院で差し上げることだ」
  「これだけは、絶対に守っておくれ。田崎家として城家には未だ表見的に直接関係ないことだし」
  「ホテルは、何時も正雄が使う品川のホテルに予約しておくことだ」
と言ったあと自室に引き上げてしまった。
 美代子は、父の正雄と母のキャサリンに対してもテーブルに両手をついて無言で丁寧に頭を下げて、零れ落ちる涙を手で拭い食事を簡単に済ますと部屋に戻って行った。
 リビングに残った正雄はキャサリンに「君も美代子の部屋に行き準備をしなさい」と言って肩を軽く叩き
 「お爺さんも、今日は、以外に物分りがいいので驚いたよ」
 「まぁ~、お爺さんの言うことは最もで、美代子も僕達の手から少しずつ離れて行く歳になったのだなぁ・・」
と呟いて部屋に戻った。
 キャサリンは、夫のなにげない言葉に、美代子が成長するにつれ必然的かもしれないが、外見的に彼女の心が異性に傾きはじめ離れて行く様子を見て、かねてから考えていた現実が身に迫ってきたことを思い知らされて少し寂しさを感じたが、思いがけなく問題が処理出来て、後方付けをしながらもホットした気分で明日の予定を考えていた。

 すると、お爺様が再びリビングに出てきて、節子さんのご主人に電話で、愉快そうに
  「いやぁ~ 夕飯はお済かネ」「当家は、孫の爆弾娘が何時破裂するのかとヒヤヒヤしながら晩酌をしたので、酔いも醒めてしまったよ」
  「君は、豊富な教師経験から女学生を扱うのはベテランで、今度、孫の美代子のことで色々ご指導をお願いするわ」
  「思春期になると、盆栽と同じで下手にいじくると一生根性の曲がった人間になってしまうので、元教師とはいえ君の長年のご苦労を今更ながら痛感していますわ」
と、美代子が大助君をお見舞いに上京するに至った事情を話していた。
 健太郎の傍らで聞いていた節子は、自分が美代子に頼まれて教えたこととはいえ、彼女の希望通りに問題が解決されたことに心が休まった。

 日曜日の翌朝は曇りであったが、美代子はキャサリンの薦めもあってグレーのスーツと黒のスカートに薄緑色のコート姿で黒のパンプスを履き、中学生らしい落ち着いた容姿であった。
 彼女は、最初、赤色の上下で派手な衣服を着たかったが、キャサリンに注意されて素直に中学生らしい衣服にした。
 新潟で新幹線に乗ると早速小さいアルバムを取り出して夏休み中に撮った大助とのスナップ写真を見ていたり、窓外の流れ行く景色を見ながら物思いにふけっていた。
 キャサリンが、ころあいをみて彼女に
 「貴女、大助君を好きな気持ちは、母さんにも良く判りますが、この先どうなるの?」
と、キャサリンなりに二人が共に跡継ぎの立場で、将来結ばれる可能性が低いことを心配して、何時の日か、別離の悲しい思いをしない様にと思って、さりげなく聞いたところ、美代子は
 「大助君は、唯一、わたしの悩みを優しく受け止めてくれる兄の様な気がするの」
 「お話しや仕草にユーモアがあり・・それに タマニハ ムネヲ キュント サセテクレルヮ」
 「ウーン 一口で言へば、とにかく、わたしを思いやってくれるので・・ スキダワ」
 「永くお付き合いしたいと思っているが、大助君の考えもあるし・・。ウーン サキノコトワ ワカンナイヮ」
 「今日、お逢いできるだけで、ワタシ スゴクウレシイノ」
と、景色に見とれながら、途切れ途切れであるが思いつくままに感想をまじえて屈託なく返事をするので、夫の正雄に指示されたとはいへ、それ以上聞くことは、今の美代子の夢を砕くようなことになると思い聞くのを遠慮した。

 正午ころ、東京駅について少し歩いたところで、理恵子と珠子の二人が出迎えに来ていた。 
 美代子は秘かに来たつもりなので、恥ずかしさもあり、ビックリして母親の後ろに身を隠そうとしたが、理恵子が「美代ちゃん、元気そうネ」と笑顔で挨拶すると、珠子が後を継いで
 「弟も手足は包帯でグルグル巻きにされているが、口だけは相変わらず達者で元気にしているわョ」
 「今日、美代子さんがお見舞いに立ち寄ると教えたら、こんな無様な格好でこまったなぁ~。と、本当は堪えきれないほど嬉しいのに、わたし達の手前心にも無いことを言っていたゎ」
と説明してくれた。
 キャサリンと美代子が上京するについては、その裏で健太郎が節子に指示して、彼女達が戸惑うことのない様にと、理恵子に連絡しておいたことは言うまでもない。

 

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 河のほとりで (45) | トップ | 河のほとりで (47) »

Weblog」カテゴリの最新記事