織田君が迎えに来ると約束の日曜日の朝は、晴れていて日中はかなり暑くなりそうだが、風は穏やかでドライブには快適な日和であり、理恵子は胸をときめかせて待っていた。
なにしろ上京後初めてのデートあり、昨夜から彼の近況についての話題や愚痴等取り留めもないことを、あれこれ考えて満足に眠れなかった。
その日の朝、大助は居間でゴロンと寝ころんで雑誌を見ていたら、姉の珠子が険しい顔つきでジレッタそうな声で
「大助ッ!理恵子さんの支度を一体どうしてあげれば良いの。昨日あれほど頼んでいおいたのに・・」
と、理恵子のドライブ用の服装について催促されるや、彼は読んでいた雑誌を放り投げて、慌て
「コワ~イ 姉ちゃんのためなら エ~ット コラッ」
と、皮肉混じりに答えて、自転車に乗りリュックサックを肩にかけて肉屋の健ちゃんの店に一目散に向かった。
健ちゃんは、朝の仕込みで忙しそうであったが、大助が
「健ちゃん、おはよう~」 「僕、健ちゃんにお願いがあってき来たんだけど・・」
と挨拶すると、彼は見向きもせず
「朝からなんの用事だっ!」「お前は、いつも気楽で羨ましいよ」
と顔の汗を拭いながら振り向きもせず仕事しながら答えたので、大助は
「アノ~ゥ 実は、理恵子姉ちゃんが、今日、友達とオートバイに乗せてもらってドライブに行くんだが、埃に汚れてもいいように、健ちゃんのジーパンを貸してくれないかなぁ~」
「健ちゃんも足が長いし、丁度良いと思って・・」 「理恵姉ちゃんも、借りて欲しいと言ってるので」
と、勝手に作り話をして頼むと、彼は
「本当か!彼女が俺のジーパンをはきたいなんて信じられないなぁ~。マジか。朝から俺をからかうなよ」
と言いつつも満更でもない様に
「彼女が本当にそう言ったのなら、それは光栄だなぁ~」 「いま揚げ物の最中で手を離せないので、お前、俺の部屋に行って適当にさがせよ」
と快諾してくれた。
大助は「サンキュウ」と答えるや早速勝手知ったる健ちゃんの部屋に行き、洗いたてのJパンと大き目の新しいヘルメット、それに野球の打撃用の革手袋を取り出してきて
「これ借りてゆくよ。きっと理恵姉ちゃんは喜んで、健ちゃんの親切に感謝するよ」 「ドライブから帰ったら、本人がお礼に来るから・・」
と、あててにならないお世辞を言って機嫌をとり店を出ようとしたら、健ちゃんはニコット笑いながら
「朝からお前が飛び込んで来て面食らわせるから、ホラ出来損ないができてしまったわ。一ッ このコロッケを食べて行けよ」
と言って、出された熱そうなコロッケを美味しそうにフフ~と息をかけて立ち食いして店を出て行った。
肉屋を出ると、今度は、はす向かいの八百屋の昭ちゃんのところに行き
「昭ちゃん、おはよう~、いそがしそうだね」
「珠子姉ちゃんに言われたんだが、理恵子姉ちゃんが友達とドライブして遊びに行くのでジュースを買いにきたんだが・・」
「お金は、珠子姉ちゃんが、あとから持って来るから・・」
と、これも彼の想像的なユーモアで昭ちゃんの気を誘う様に言いながら、理恵姉ちゃんの里に近いものをと考えて、値段の高そうな<あっぷるりんご園>の、林檎ジュース2本と夏蜜柑2個を籠に入れ昭ちゃんに見せて
「これ、戴いてゆくよ」 「珠子姉ちゃんが、あとでお金を持ってきたら、今度こそ直球で姉貴の胸に響く様に思いっきり話せばいいさ」
「9回裏2死満塁で打席に立ったつもりでさ。こんなチャンスはめったに巡ってこないよ」
「僕のコーチも満更ではないと思うんだが・・」
と言ったら、昭ちゃんは大勢のお客さんの前なので少し照れて
「余計なことを喋ってないで、早く持ってゆきな。お前のコーチは当てにならんからなぁ~」
と言って笑っていた。
実際、大助の話は大袈裟で当てにならないところもあるが、笑いを誘うユーモアにあふれている。
大助は、家に帰ると早速、理恵子と珠子に
「オートバイで遊びに行くときは、なるべく ボーイシュ と言うか、オンナノコでも男の服装に近いものが流行しており、埃にまみれてもいい様にJパンに派手な色の長袖のYシャツのスタイルがカッコ良く、ヘルメットは髪型が崩れない様に少し大きめのもので、タオルで髪を覆い、手袋は洒落だよ」
と説明したあと
「試しにここで、Jパン履いてみたら。 健ちゃんも足が長いし、きっと理恵姉ちゃんに合うと思って選んできたんだよ」
と、見たこともない理恵子のナマ足を見る絶好の機会とばかりに、真面目くさって言ったところ、珠子は理恵子に
「二階で履いてみましょう」
と澄ました顔で言いながら二人で自室に行ってしまった。
大助は、またもや姉の横槍で絶好の機会を逃して「チエッ!」と舌打ちしてがっかりしてしまった。
暫くして、二人が部屋に戻ってくると、理恵子が
「大ちゃん、あなたの言う通り丁度良いヮ。少し腰周りに余裕があるが、これで結講だヮ」
「ヘルメットも、大ちゃんの言う通りにしてしてみたら、髪が全然崩れず良かったヮ」
と言って喜んでくれた。
珠子は、リュックに折りたたみの日傘を入れ、大助に
「あなたの、薄水色のサングラスも貸してあげて」
と言うので、大助は机の中から愛用のサングラスを取り出し理恵子に渡してやった。
三人で昼食を終えたころ、玄関先で「御免下さぁ~い」と、織田君の元気な声がしたので、真先に大助が返事をして飛び出して行き
「やぁ~ お兄ちゃん、去年見たときよりず~と体が大きくなり、それに陽に焼けて頑丈そうだね」
「まるで、人が違った様で、僕、ビックリしてしまったよ」
と挨拶していると、珠子が眩しそうな目つきで彼を見つめて笑いながら挨拶をすると、遅れて出てきた理恵子が
「本当に来てくれたのネ」 「内心、半分は急用が出来たと言って断りの電話がくるんでないかと心配していたヮ」
「それにしても久しぶりで心配させる人だわネ」
「上がらせて戴いて、珠子さんからお茶でもご馳走になったら・・」
と言うと、彼は玄関先で
「珠子さんも、すっかり高校生らしくなったじゃないですか。理恵子が貴女にすがりきっていて・・、有難うね」
「大助君も、背丈が伸びて中学で野球のレギュラー選手だと、理恵子から電話で聞いていたが、本当にいい体になったね」
と、久し振りに見る二人を、黒い瞳を輝かせて見つめながら、それぞれに握手をして挨拶を交わしていた。