

昨日、「オーラの泉」という番組を見ていたら、江原啓之さんが、丹波哲郎さんのお葬式で、
「(亡くなられた)丹波さんが、棺の上にこうやって足を組んで座って、笑っておられた・・・」
と、言われたのが印象に残りました。
実は私のごく近い身内に、江原さんには及びませんが、普通の人に見えないものを見てしまう人がおりますので、そういう人に四六時中付き合っている身としては、さもありなんと思ったお話でした。
お葬式のように、亡くなったばかりの時には特に、故人がそこにいるのが見えたり、故人の声が聞こえたりするのだそうです。
ですから、私は今では、人は亡くなって体はなくなるけれど、魂はなくならないだろうということを、ほとんど確信に近い状態で信じております。
昨年、母が亡くなりましたが、病院であと2~3日といわれ、意識不明の状態のときも、体はベッドの上で、いびきをかいて眠っておりますのに、目で見る体と別に、もうひとつの体が、すっと浮き上がってこちらに向かって手を振ったのを知っています。ベッドの上では苦しんでいるように眠っているのに、もうひとつの体は、にこにこ笑っていたといいます。
「お母さんが、こっちに向かって笑ってるよ」
と教えてくれたので、
「え?」
と私が言われた方を見たら、
「ほら、今おかあさん、手を振ったよ。」と教えてくれました。
旅行が好きだった母でしたが、闘病中の3年間はどこへも行けなかったので、私が、手を振りかえしながら、
「もう自由に好きなところへ行けるんだよ」
と、母に言いますと。
母は、納得したように、私たちになぜかくるっと背中を向け、壁の向こうにすうっと消えてしまいました。
しかし、そのあとがありました。
当時は、家にいても、病院からいつ電話がかかってくるかわからないので、電話が鳴るとドキッとするのでしたが、なぜか、どんどん電話が鳴り出しました。
相手は、母の昔の友人やら、カルチャースクールの先生やら、遠くの親戚やらからです。
「○○子さん(母の名前)に、どうしても連絡したくなって・・・」
「夕べ夢に出てきたので・・・ちょっと気になって。」
そんな理由で、あちこちから、かかってきました。
私は、体から自由になった母が、くるっと回って、一足先に自分の人生に関わった人たちに挨拶に行ったのではないかと思っています。
その後、数日たって母は、本当に亡くなりました。
お葬式のとき、母の友達で仲のよかった人が
「お母さん、うちに来たのよ。いつもみたいに玄関が開いて、はいってきたの。
あ、○○さん来たなって思って、玄関に行ったら誰もいないの。でもお母さんが来てくれたって思っているのよ。」
と泣きながら話してくれました。
私は、「それは本当にそうなんですよ、母はみんなに挨拶に行ったみたいです。」と答えました。
どこまで信じてもらえるかはわかりませんでしたが。
だって肝心のお葬式のとき、母はどこにもいませんでした。
父や弟の仕事関係の人ばかりが集まったお葬式にそれほど、執着はなかったようだし、第一、逢いたい人たちには会ってしまったからかもしれないなあ、なんて思ったりもしています。
後日、病院の後始末を済ませたあと、その霊感の強い身内と二人で、母が病院帰りによく行ったお蕎麦屋さんに入りお蕎麦を食べました。
そのとき、母に病名もちゃんと告げず、何の準備もさせないまま、逝かせてしまったことなど、くよくよしておりましたら、突然、
「ありがとう。これでよかったの。これから、あなたたちは強く生きて。」
と、母からまたメッセージが届きました。
母は、無事、魂のふるさとに帰ったのだと私は思っています。
とても、言葉で表現できないような,感動も覚えました。
お母様とのそんな体験がおありなら、やはり科学では説明つかないかもしれないことを、信じることを、体験者でないものが、簡単に否定してはいけないと思いました。
お母様、最後は本当に幸せに、そして、思い残すことなく皆さんにお別れして旅立たれたのですね。
私は、そういう経験がないのですが、祖母がなくなったちょうどその時間、小さかった娘が、寝たいて突然座り込み、目も開けない状態でゴミ箱の中をひっくり返し、泣き叫びました。
こんなこと初めてだったので、びっくりして、また寝かしつけました。その直後に、さっき祖母がなくなったという電話がありました。ちょうとそのとき、そb
その後、他の同じ位の年齢の老人を見ると、とてもいとおしく思われ、老人も大好きです。そして、会いたい人には、ちゃんと会っておかなければいけないとも思いました。突然の別れだったので。
両親にも、親孝行しなくては、とも切に思ったものでした。
金木犀さんのお母様の「強く生きて。」という
メッセージは、金木犀さんの宝物ですね。
よいお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
金木犀さんはやさしい文章を書かれますね。お人柄がしのばれます。
今年は母の七回忌でしたが、今でも、病名を告げなかったことを悔やんだり、納得したり、母への想いから解放されません。
江原さん的に言うと、それは母にとって、そして、自分自身にとってもよいことなのかどうか?
またお邪魔させていただきます。
老人が大好きと言い切ることが出来るのは、わんにゃんさんのおばあさまとの思い出が、素晴らしいものだったからかもしれませんね。
亡くなる時というのは、こちらの目から見れば苦しそうに見えても、魂は重たい体から離れて、のびのびとしているのではないかと思われます。
だって、うちの母は、ベッドで寝ている姿と、体から離れた姿のギャップがあまりにも大きかったので・・・
小さい子どもは、まだあちらの世界から来て間もないので、そういう人たちを見ることが多いと聞きます。おばあさまも悪意はなかったのだと思いますが、きっとお嬢ちゃん、気配を感じてびっくりしちゃったんじゃないでしょうか。
>金木犀さんのお母様の「強く生きて。」という
メッセージは、金木犀さんの宝物ですね
そうなんです。ことあるごとにかみしめています。
ようこそ、いらっしゃいませ。ぺこり。
>今でも、病名を告げなかったことを悔やんだり、納得したり、母への想いから解放されません
その気持ちは、私もそうでしたから、とてもよくわかります。
でも、これは書物で読んだことですが、あちらの世界に行ってしまうと、慈愛ばかりの気持ちになってしまうそうです。
母からのメッセージにもあるように、相手を思ってのことなのだから、彼らは決して恨んだりすることなどないと思います。また、それで命や人生が終わりなら、悔いが残るかもしれないけど・・・魂はそれぞれまた新たに修行の場を求めて、どこかでまた生まれ変わるはずです。(このこともそのうち書きますね)
だから自分を責めたりすればお母様も悲しむかもしれないです。江原さん的にも、きっとそういわれると思いますよ。