続・こころレッスン

うつ病(双極性障害Ⅱ型)と診断されています。こころのことを中心に、いろんな思いを綴っていく予定です。

自傷は人まで傷つける・・・

2011-01-21 23:58:12 | 今日の具合
自分を傷つける行為・・・自殺をも含め・・・は、多くの人のこころを傷つけてしまいます。

今日見に行く予定だった中古分譲マンションに、心理的瑕疵があるとわかり、仲介不動産屋に訪ねると、記載漏れだったということで、急遽とりやめてもらうことにしました。

やっぱり動揺してしまいました・・・。
死という言葉に対し、常に敏感になりすぎているところがあり、ただ「事前にわかってよかったね」で済まされない気持ちになってしまいました。

その方は、その部屋で、いろいろ悩まれていたのだろうと思うと、やりきれない思いがしてしまって・・・。

正直、怖いという気持ちと、お気の毒にという気持ちと、複雑です。

でも、ここで動揺していても仕方ないし、異常に反応すべきでもないし、ごめんなさいね、と謝ってスルーしようと思います。

ただ、これが残された人間の心理なんだなぁというのは、しっかり受け止めなければと思いました。
家族だけでなく、世の中の人すべてを傷つけてしまう行為・・・。

しかし、人それぞれ、いろいろな事情があります。
辛さを乗り切れなかったからといって、あまりに忌み嫌ったり、恐れたりするのも、気の毒な気もします。

どうか、安らかに眠れますように、とお祈りして、花舞妓も気持ちを切り替えようと思います。




うつ病者の孤立化を考える

2011-01-19 22:49:39 | その他
社会人になったと同時くらいから、もう十何年前の話ですが、手話を勉強し始めました。
なんとなく興味を持ったのと、職場関係で、講座が開かれるというので、参加し始めたのがきっかけです。
今も、そのなごりで、月一回の講座に、休み休みですが、行けるときには参加しています。
20代のころは、手話サークルに所属し、通訳者の問題研究会に顔を出したり、積極的に活動していました。

今日はその手話講座の日でした。
ある冊子を300円で募金のような形で購入したのですが、それを読んで、聴覚障害者の団結力のすごさに唖然とした次第です。
思わず、自分の置かれている精神障害と比べてしまいました。

全国的にも京都がさきがけとなり、「聴覚障害者にもきちんとした情報提供を!」という運動が起こり、それが全国へと広まって行った経緯があります。
なので、団結力でいえば、今始まったばかりではなく、長い年月の集大成といっていいものだと思います。

それを安易に精神障害者の場合と比べるのは、ちょっと無謀だと思うのですが、冊子を読んでいて、いかに精神障害者は弱い立場に置かれているか、孤独や死と隣り合わせになっているかということを感じました。

それはなぜか?
具合のとても悪い時は、とてもじゃないけれど、社会に訴えていく余裕がないことだと思います。
精神が不安定な者同士、団結していくのは、難しいことです。
リアルに症状を伝えあったり、団結できる仲間が集まれないことも原因だと思います。

現在は、具合が悪い=家に引きこもる=行動を起こせない、という図式が出来上がっています。
それに対して、医者は、「何もしたくないときは、しないでおきなさい」という指示が標準です。
ですが、現実、何もせずに生活していくことは不可能、お風呂ひとつ入るのも億劫な毎日を、やっとこさこなしています。
働き手となっている方の発病は、その後の生活に大きな影を落としていくことでしょう。

穏やかそうに見える花舞妓ですが、ささいなことで豹変してしまう自分も怖いし、それにM君も、いつまで気長にみまもっていてくれるかも心配です。

うつ病について回る「自殺」というリスク。
花舞妓も今はのんきにしていますが、過去に実行したことがあります。
この世への未練や、周囲の人への迷惑を思うと、思い切ったことができず、結局は失敗に終わり、事なきを得て現在がありますが、ひとつ間違っていれば、今この世にはいなかったでしょう。一度は失敗、もう一度は仲間に支えられて、回避できました。
命は助かったものの、その時の異常な精神状態から、ためらい傷のリストカットは、左手首や腕に無数の傷が生々しく残っています。

たまに、残された遺族が、遺書などを公開し、自殺に至った経緯を亡き人に代わって訴えている催しがされています。
けれど、花舞妓は、そういう辛い場所には、まだ行けません。
自分の辛かった経験を思い出し、リンクして症状悪化してしまうからです。

なので、生の声を上げる人が少ないのが現状です。
病気を克服した人は、よき理解者にはなれても、まずは自分の生活を軌道に乗せるため苦労し、病気で苦しむ仲間と少し隔たりができてしまう気がします。
精神障害は、障害なのか病気なのか、いまいち線引きがなされておらず、手続きも複雑、また実際に治るケースもありますし、花舞妓のように、しつこく治らないものもありますし、まだ発展途上、わからないことだらけの分野です。

まぁ、要するに、いちばんひどい状態のときに、国や市町村にどんどんアピールできたらいいのだけれど、引きこもりがちな生活うえ、それができません。
泣き寝入り、それがひどくなると自殺、という今の図式、どうにかしないといけないなぁと思います。

健康とは、肉体的精神的に良好な状態であること、と昔学校で習った覚えがありますが、正にその通りだと思います。

うつ病は、人間全員が悩むストレスが多くは起因しています。
でも、発病する人しない人、それぞれいます。
一過性の人も、慢性的な人もいますし、多岐にわかれていて、一つの大きな団体として、政府に対して物申すことは、難しいでしょうね・・・。

そう思うと、聴覚障害者の団結力は、すごいなぁと思わされます。
耳は聞こえなくても、行動力の面はパワフルだと感じます。

それにひきかえ、精神障害者は、今後どうなるでしょうね・・・。
年々増え続ける自殺者、うつ病者、その他精神疾患・・・
フォローしてくれる団体ができるまでには、まだまだ長い年月がかかりそうですね。

「ただ生きていてくれさえすればいいから」
幸か不幸か、花舞妓は今、わからずにいます。
自分の存在意義は何なのか、問わずにいられなくなります。

人を避けたくなる病気、それでは団結も何もあったものではありません。

身の回りのことがおおかたできて、まだ若いのだから、自分でやって。
今の行政の姿勢です。
ちょっとだけ、手を貸して。話を聞いて。
私たち精神障害者が立ち上がれない分、行政から手を差し伸べてもらえることを切に望んでいます。