続・こころレッスン

うつ病(双極性障害Ⅱ型)と診断されています。こころのことを中心に、いろんな思いを綴っていく予定です。

絆・・・我が家の場合

2011-12-27 23:16:51 | こころのこと
今年の漢字に「絆」という字が選ばれましたね。

そこで、自分の場合はどうだろう・・・?と振り返ってみたら、この半年くらいで、夫との絆がかなり深まったなぁ、と感じることができました。

子どもがほしいともめた場面もありましたが、特にこの半年、知り合って以来、いちばんいい感じになってるじゃないかと思います。

言葉少なで、会話が続かないのが悩みの種だったけれど、最近は、それに慣れてきたというのもあるし、会話が増えたのもあり、二人でいると、心地いいです。
二人しか通じない冗談も増え、顔をあわせて、にっこりする場面も増えました。

最初の結婚のときは、だんだん、だんだん、失望が増していきましたが、その逆というのでしょうか。
それほど期待していなかったせいもあるけど、こんなうまくいくとも思ってなかったよ、というのが今の心境です。

夫は、花舞妓のことをとても自由にさせてくれているし、いろいろ負担がかからないよう、できることは自分でしよう、という姿勢でいてくれます。
そんな夫を見ていると、花舞妓も、迷惑かからないよう、できるかぎり頑張って、できることは自分でしなきゃ、と自立心が芽生えます。

双方そういう気持ちでいると、頼りすぎない関係ができるというか、優しい関係でいられるんだなぁと最近感じます。
一緒にいてくれるのが、いちばん嬉しいです。
一人だと崩れやすいペースが、崩れにくくなるし、ピリっと生活にハリが生まれます。

お正月明けから3月まで、夫の仕事は忙しい時期を迎えますが、去年よりは、夫を労われる妻になりたいなと思います。
そしてさらに、一日一日を大切にしながら、絆を深めていけたらいいな、と思っています。

埋められない溝

2011-03-12 02:20:10 | こころのこと
昨日は精神状態がとても悪く、朝からずっと寝ていて、昼食だけ食べてからも、また寝ていました。
イライラして、落ち着かず、構ってもらう人がいれば、ちょっとは気がまぎれるのだろうけれど、一人で家にいたら、たまらなく気分が落ちてきて、真っ暗、になってしまいました。

診療所の先生をつかまえようと電話するも、「診察中です」とつかまらず、それで余計腹が立って、安定剤8錠と、缶ビール2本、お菓子のやけ食いして、ふらっと「カラオケでも行って来よう・・・」。

もう、夕方の出来事でしたので、M君にその旨はメールして出かけたら、ちょうどカラオケBOXについたころ、「今から迎えに行くから」と返信が。

そして、数曲歌っているうちに、M君登場、「帰ろう」と手を握られ、車に押し込まれてしまいました。

その間、薬もだいぶ効いていたので、ぼ~~っとしたままです。
帰りは外食で済ませて帰宅しましたが、M君なぜか、始終笑顔でした。

「ヤケになっちゃったん?」と、聞いたくらいで・・・・

でも、寝るときになり、花舞妓もすなおなことを話しました。
毎日、会話がなくて、正直つらいと。
そしたら、M君も、仕事でいっぱいいっぱいで、これ以上どうしていいのかわからない、との返事でした。

単に無口なのもあるけど、ちょうどご飯時に、電話がかかってきたというのが、ここ数回ありました。
どちらも重要な電話だったので、続けて話していると・・・
「もぅ飯にしようや」と苛立った声で、そういいます。
先に食べててくれたらいいのに、どうしても花舞妓が電話しているのが、気に入らない様子。

M君が食事中に受けた電話に対し、花舞妓は何も言ったことはありません。
だって、先方さんは、何もしらないわけだし、怒りようがないでしょう。

なのに、M君は、食事に限らず、花舞妓が単独行動をすると、きまって機嫌が悪くなります。
ほんと怖いほど機嫌がわるいので、「ごめんね、ごめんね」と何度も気を遣ってあやまりますが、それ自体がストレスになっていて・・・

昨日は、ちょっと覚悟を決めて、したいがままに動いてしまいましたが、M君はびっくりしたようでした。

昨日はたまたま、事なきを得ましたが、これが再々続けば、さすがに嫌がられるでしょう。

なんとなくしっくりいっていないなぁと感じる今日このごろです。

冗談にもほどがある

2011-03-02 16:00:09 | こころのこと
先日の通院のときの話です。
このところマンション購入の件で、我が家は重い雰囲気に包まれています。
花舞妓が働けない状態で、夫にだけ借金負わせて、会社の見通しもよくない中、本当によかったのか、正直わかりません。

でも、このまま家賃を払い続けるなら、その分をローン返済に回すというほうが、賢明ではと思っての判断でした。

それで、とてもストレスを感じていると話したら、主治医は「もしものときは、ダンナに飛び降りてもらったら、借金ゼロになるで」と。
また、「また相手さがすんやったら、電話帳見て探したらええ」。

冗談大好きの明るい先生で、いつもその冗談に救われるのですが、さすがに今回は嫌な気分になりました。
でも、「怒りますよ」と言いながらも、いつもの冗談だと聞き流していたのですが・・・

日に日に気持ちが重くなります。
言っていい冗談と悪い冗談があるやん。
これはどう考えても、質が悪すぎの冗談や。

そう思ったら、どうにも腹がたってきて、さっき電話して、ようやく主治医をつかまえました。
忙しかったらしく、「ごめんごめん。言い過ぎた」とすんなり謝ってくれましたが、それでスッキリとう訳にもいきません。
かといって、主治医を変えるのはもっと怖いし・・・。

相手はプロといっても、人間同士のこころのやりとり、難しいです。
でも、さすがに今回は、ちょっとこたえました・・・。
(もちろん夫にはこのことは話していません)

まだ、ローン結果待ち状態、動くに動けず、辛い状況、それと重なり、気分も重く苦しいです。

両親との関係

2011-02-17 04:24:02 | こころのこと
残念ながら、花舞妓の育った家庭は、円満ではありませんでした。
とはいえ、親が離婚したというわけでもなく、傍目にはごく普通の家庭に見えたと思います。

でも、いつもどんなときも、気持ちがすれ違ってしまいます。
よくいう反抗期のときのものだけじゃないな、と感じていたように、それは現在も続いています。

書きたいことは山ほどあるけれど、要するに、相性が合わない、との一言につきるのでしょう。
親子だから、仲がいいとは限らない。
そう今は思うようにしています。

親との思い出は、楽しかった思い出より、辛かったことのほうが多いです。
花舞妓は、親の言動が理解できないかわりに、親にとっても、花舞妓の言動の理解ができないようです。
責任がどちらにあるというわけではないと思います。

親子関係も悪かったですが、父と母の関係も最悪でした。
高校まで18年間、一緒に暮らしましたが、家にいるときだけ、ウツ状態になっていました。
学校に行くと、一時だけ治る・・・。
それを毎日繰り返していたのだから、気が狂いそうでした。
17歳の夏休み、真剣に死を考えました。
でも、死に場所を見つけられず、毎晩ひとりで泣いているうち、夏休みが終わりました。
2学期の始業式、学校の体育館で、「あぁ、生き延びた・・・」と思ったことが忘れられません。

幼いころからかかえていた情緒不安定ですが、大人になっても、治る気配はありませんでした。
でも、医者にかかるという発想もなく、これは性格の問題だと、ずっと我慢し続けました。
おかしい、おかしい、と一人悩んでいたのですが・・・。

それが、いろんなストレスから一気に爆発したのが、8年半前。
自殺未遂などで、親にも精神的ストレスをかけさせ、何度も迷惑をかけました。
なので仕方ないのですが、今でもたまに電話すると、まず、「何?何か用?」と、普通の会話ができません。
親のほうから普段電話がかかってくることは、ありません。
親戚が亡くなったときだけ、「弔電打って」とだけ電話がくるので、親からの電話=親戚が亡くなった、になっています。
寂しい話ですね。

なので、花舞妓には、普通の親子関係が、よくわからないままです。
M君は、「おやじもおかんも、大好きや!」と言い切りますが、花舞妓はとても、言えません。
好きである心境が、読めません。

悲しい人間だなぁと思います。
誰のせいでもないのだけれど・・・。

どうしてもうまくいかない人って、いるものだ。
そういう人と正面からぶつかっても、さらに悪化させるばかりだ。
それがたまたま、親だったというだけの話・・・

花舞妓がこう思っているように、親は親なりに思っていることはあると思います。
「あんたは、生きているだけでいい」と親に言われています。
花舞妓も、「両親は、生きていてくれるだけでいい」と思うよう、こころの距離をおかなければと思います。

もしも願いが叶うなら

2010-09-24 10:08:45 | こころのこと
こっそりこんなところで白状してしまいますが、花舞妓は37歳です。
ちょっと忘れかけたりしていました(苦笑)が、5月に結婚したばかりの新婚さんでもあります。

今日は歌の題名みたいな、ロマンティックなタイトル掲げましたし、読んでくださいね。

そう、もしも願いが叶うなら、夫M君の子どもがほしいな、と最近とても思うようになってきたこと。

それはとても自然で当たり前のことかもしれませんが、花舞妓は再婚ですが、生まれて初めて、こんな気持ちになりました。

まだ、年齢的にぎりぎり間に合う?という微妙な歳というのも手伝って、今しかない、と焦ってもいます。

ですが、結婚する前に、M君からはっきり言われていました。

・経済的に子どもまで養う余裕がない
・自分も病気があるし、不安
・花舞妓が服薬をやめなければならない→体調が不安定にならないか不安

という理由で、子どもは持たないと。

それでもいい、と結婚しました。
どうせ育てられないだろう、と思って。

でも、姪っ子や幼い子を見ると、とてもかわいくて、子どもがいたら、どんなふうだろう?という興味から、M君との子どもがいたら、生活変わるかな?という期待を描いてみたり、一人悶々と過ごすことが増えていきました。

育てる自信はないし、やっぱり病気に負けそう、と思うと、辛くて、はっきり言い出せないまま、うやむやにしてしまっていました。

ですが、先日書いた通り、自分の物忘れなどの老化が急激に進んでいることを知って、恐ろしくなったんです。
このまま過ごしていても、ただ老いるだけ、それだけにしては、長すぎる時間だ・・・って。

そう思っていたとき、ちょうどM君の友人宅の子どもにふれて、思い極まってしまいました。
ちゃんと言おう、M君との子どもがほしい、って。口で言っても、かわされるだけだから、手紙にしよう、って。


夜中に書いたので、うまく書けませんでした。
でも、ドキドキするのをおさえ、朝、渡しました。

まず、M君は薬の心配をしました。
もう飲まない、と書いたからです。
「急に薬をやめたらだめだよ。お医者さんに相談して、決めていかなね」
M君のやさしさに、感謝しました。

そして、返事については、
「気持ちはよくわかったよ。本気で考えて返事するから待って」
それだけで嬉しい返事でした。

どうしても子どもにこだわるつもりはありません。
できなければ、それまでだと諦めもつくでしょう。

もしも願いが叶うなら。
M君とわたしに、少しの勇気をください。