はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

李鳳宇シネカノン社長

2006年03月16日 | 映画(2005-06年公開)
『パッチギ』が韓国上映を果たした経緯が、
昨日、今日とフジテレビの佐々木恭子アナのレポートで
テレビ放映された(朝のワイドショー)。

昨日は井筒監督、今朝は李鳳宇(リ・ポンウ)社長に
フォーカスしたレポート。
李社長はシネカノンという映画会社を経営し、
映画の製作と東京と関西で計5館の映画館経営も手掛ける。
最近は韓国屈指の繁華街?明洞でも映画館をオープン。
そのうちのひとつは日本映画を専門に上映する。
その上映第一弾が、社長自らプロデュースを手掛けた
『パッチギ』なのだ。テレビでは、舞台挨拶と上映後の監督
と観客のトークセッションの模様も放映された。
これは李社長のかねてからの念願だった。
在日一世の父と二世の母との間に生まれ、
両親の苦労を目の当たりにして育った李社長は、
自分が映画界で活躍し、日韓の架け橋になることが、
両親の苦難の人生を肯定することに繋がると信じて、
ここまで頑張って来たのだという。


「君は在日か?それとも日本人か?」
「在日なら、北か?南か?」
常に二者択一を迫られて来た人生を、
今はその経験があったからこそ、映画会社経営における経営
と映画製作のバランス感覚が育まれたのだと感謝する。
こういう話を耳にするたびに、人生に起こることは、
自分自身の気持ちの持ちようで、プラスにもマイナスにも
作用するのだな、と励まされる思いだ。

『パッチギ』の中で、朝鮮高校生がバスを倒すシーン、
棺桶が入らないからと玄関を斧で叩き壊す葬式のシーンは
李社長の実体験(その情景、あるいは、それに近い情景を
目の当たりにした)に基づくものだそうだ。
ただ単に、日本と朝鮮半島に横たわる溝を描くだけでなく、
ひとつの青春像を描きたかったという李社長の製作意図は、
『パッチギ』を見れば納得できる。

今回のレポートで初めて知ったが、
韓国映画ブームの火付け役となった『シュリ』や『JSA』を
日本に紹介したのも、他ならぬこの李社長なのだそうだ。
その映画界における日韓交流への功績が認められて、
今回の日本アカデミー賞では、協会特別賞を受賞。
これには日本アカデミー賞の大手礼賛一辺倒に留まらない、
良心のカケラを見たようで安堵した。
朝から目がウルウルしてしまったわ
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