1.乍浦路の中心「塘沽路」付近から南側を撮影。右手の9階建て建物は1931年に建築された旧「ピアス・アパート」、現「浦西公寓」。
建設当時は7階建てで、外国人向けの高級アパートでした。優秀歴史建築にも指定されています。
2.更に南の武昌路北東角には高層マンションが完成しました。
3.武昌路北西角はこれから取り壊しが始まるようです。
壁に書かれた赤い「拆」の文字は取り壊す建物を表します。
4.北に行った崑山路南東に建つ「254号住宅」。
5.金色のドームを持った独特のスタイルです。
6.優秀歴史建築のパネルが見えます。
7.同じ下町でも租界の下町は華界の下町と比較し、ちょっと高級そうな雰囲気です。
8.「254号住宅」の東には「宋家三姉妹」の父、「宋耀如」が牧師をしていた教会「景林堂」が見えます。。
9.崑山路交差点から東、呉淞路の眺め。
乍浦路は東の呉淞路と西の四川北路の間にある狭い通りで、再開発が遅れ租界時代の雰囲気を残しており見どころもたくさんあります。
しかし、この雰囲気が感じられるのも、そう長い時間は残されていないでしょう。
撮影:CANON PowershotS100
建設当時は7階建てで、外国人向けの高級アパートでした。優秀歴史建築にも指定されています。
2.更に南の武昌路北東角には高層マンションが完成しました。
3.武昌路北西角はこれから取り壊しが始まるようです。
壁に書かれた赤い「拆」の文字は取り壊す建物を表します。
4.北に行った崑山路南東に建つ「254号住宅」。
5.金色のドームを持った独特のスタイルです。
6.優秀歴史建築のパネルが見えます。
7.同じ下町でも租界の下町は華界の下町と比較し、ちょっと高級そうな雰囲気です。
8.「254号住宅」の東には「宋家三姉妹」の父、「宋耀如」が牧師をしていた教会「景林堂」が見えます。。
9.崑山路交差点から東、呉淞路の眺め。
乍浦路は東の呉淞路と西の四川北路の間にある狭い通りで、再開発が遅れ租界時代の雰囲気を残しており見どころもたくさんあります。
しかし、この雰囲気が感じられるのも、そう長い時間は残されていないでしょう。
撮影:CANON PowershotS100
その意味でもこんな写真がweb上に保存されるというのは意味があると思いますよ。 よい時代になったものです。
10年前と比べてデータの量も質も格段に良くなりました。
ポケットに入る1TBの外付けHDに73,000枚の写真を保存していますが、
当時撮影した400万画素のカメラも今は2000万画素以上、1枚の写真データも300Kから24MBに増えています。
写真の画素数が増えて保存が追っつかなくなってきました、
私も昨日外付けのHDに移す作業をしていましたが結構時間がかかり整理をうまくしないといつの写真か分からなくなってきます。
古き良き時代の建築物ですね~。
そして、多くの高層マンションには、
上海の経済発展ぶりに驚かされます。
それから、下町で取り壊しの指定を受けた建物で、
最後まで商売を続けようという、
上海っ子の心意気が伝わります。
できればバックアップは2か所以上が望ましいですね。
たまに使う古いデータを外付け保存し、現在のデータをPC上に保存すれば全部のデータが一度に紛失することはありません。
私は日付ごとにサブフォルダーを作り、1か月毎にバックアップしています。
5D3からはすべてRAWで保存しています。
外灘の歴史的建造物は公共的な建物が多いですが、ここは人々が生活した建物が多いです。
租界時代の建物は頑丈なので、建国後に屋上に建て増ししたものが多いです。
人口の増加に建築が追い付かなかったためでしょうが、水回りなどにはきっと問題が多いでしょうね。
しかも汚染されている・・・。
健康に気をつけてください・・・。
そういえば、この地区の歴史的建造物は、
一般的ね店舗が入っているんですね!
それに、増築ができるなんて!
それから、宋家三姉妹の父が活動した教会ですか。
孫文の妻が開設した、国際和平婦幼保健院で、
娘が生まれたと誇りに思い、あやかりたいと
思っていますので、何か勝手にご縁を感じます。
実は浦東に「宋慶齢」の生家が残っていて取材に行ってきました。
次女と三女、長男と次男が生まれて幼少期を過ごしています。
その後はまさに小説を地で行く「風雲家族」ですね。
宋家三姉妹の小説は読んでいませんが、先日香港映画をちょっと見ましたら、、
事実とかなり違う部分もありました。
幼い三姉妹が田舎で遊ぶシーンは浦東の風景とダブってしまいましたが。
ブログの宣伝でした。
宣伝ありがとうございます。
「宋慶齢」の生家に行ってきたんですか!?
これはちょうど良い機会になります。
清朝末期が舞台の作品に登場する
中華民国初代大総統孫文、
少しくらいしか分かりません。
ですから、「宋慶齢」はイメージがわかず、
娘は、「孫文の妻が設立した病院で生まれた。」
と孫文中心になってしまいます。
追伸
映画も書籍も、面白くするために
多少は脚色するのでしょうが。
上海には「孫文夫妻」の新婚当時の故居と「宋慶齢」の晩年の故居、それに彼女の墓が公開されています。
お嬢様が少し分かるようになったら、訪問したらよいですね。
三姉妹の映画のワンシーンに、「孫文夫妻」故居の庭で三姉妹が寛ぐシーンが出てきましたが、
建物には見覚えがありましたので、すぐに分かりました。
浦東川沙も地下鉄ですぐ行けるので、将来行く価値がありますね。