吉松ひろむの日記

高麗陶磁器並びに李朝朝鮮、現代韓国に詳しい吉松ひろむの日記です。大正生まれ、大正ロマンのブログです。

韓国旅の風景 三

2006年05月03日 06時31分11秒 | Weblog
韓国旅の風景    

 初めての大地  三
 新羅(SHILLA)ホテルはソウルでナンバーワンの国際ホテルで南山の南の丘陵に建つ三十五階の客室から遠く東大門市場やその西にそびえる北漢山は花崗岩の白い岩肌が李氏朝鮮王朝いらいの都を守る玄武として眩しく光っている。
 朝、念願だった新羅、高麗、李朝時代の陶磁器や仏像を見るべく国立中央博物館に向かうべくホテル前のタクシー運転手に、クンニップゥパンムルガンカジカプシダ!と何度言っても若い運転手は首を横にふった。会話本の国立博物館にそうルビがふってあるのでそのまま言ったのだ。片言の日本語を話すドアボーイに事情を説明すると、ネェネェ社長さん、それ景福宮ヨ!と言ってキョンブク!と運転手に告げた。
 これもルビにはキョンブッククンとある。この日、明治に建てられた歴史的建造物のソウル駅まで行くのにタクシー運転手はやはり首を横にふって走り去った。そうこうしてるうちに年配の紳士が近ずいて…どちらまで行かれるんてすかですか?と言ったので、すみません、日本の方ですか?と訊ねると…いえ、私は韓国人てすヨ…と返事したのでソウル駅まで、タクシー運転手に伝えていただけませんか…と頼んだ。
 手をあげて止まったタクシーにはすでに乗客が乗って居る。あとでソウルのタクシーは行き先が同じ方向だと相乗りし、料金は各自が指定されたとうり払えばいいと知った。
 最初に首をよこにふったタクシー運転手が私の韓国語の発音が全然理解できなかったのだ。
 ソウル駅までお願いします…ソウルヨクカジカプシダ…と会話の本にルビがふってあった。
 韓国語は子音のまま次の言葉に入る場合が多い。日本語は母音がついて発音する。だからソウルゥヨクゥカジィカブゥシィダァとなってさっぱり意味がつうじなかったのだ。ソウルヨカジカプシダ!でいいのである。
 飛行機内のスチュワーデスに何度ムゥルチュウセヨ(水をください)と言っても怪訝な表情で通じなかった。これもムとモと一緒にして口をすぼめ、ムォル!のルも舌先を上の前歯の裏につけて発音しなければ通じない。英語のr発音に近いのである。
 ホテルのボーイにル音を言わせるとルルルルルルル…とまるで機関銃を連射したようなスピードで発音した。

韓国旅の風景 二

2006年05月03日 05時04分42秒 | Weblog
韓国旅の風景

 初めての大地  二
 ゲートをでた途端、数百人の男女の視線を浴びた。ゲートをでた乗客が疎らなので余計に視線がまぶしいのだ。
 八の字形に通路が広がってそこを通り抜け、銀行の窓口で一万円を両替する。
 建物の道路をはさんだ向こうの看板文字が目にはいった。主要場所までのタクシー料金表である。ソウル市内まで一万ウオンで、日本円にすると約二千八百円である。
 距離から見て断然安いと思った。タクシー乗り場にたどりつくまで数人の男に執拗に取りつかれた。何度ケンチャナヨ!と断っても馬耳東風で社長さんヤスイヨ!と白タクの勧誘をしてくる。
 乗ったタクシーは見た目に決して上等とは言えないポニーと言う小型車だった。
 広い国道は八車線もあり、スビード制限看板数字はマイル式で六十とあったから、弾丸のようなスピードでタクシーはレースを展開する。
 車の洪水をぬって右に左に車を移動させながら走行するので、万が一を考えて私は足を踏ん張って体を後ろに反らし、衝突事故に対処した。しかしこのスピードでは事故のときまず助からないと思った。
 空港で買った地図で窓外の風景を見比べながら、もっとスピードを落としてください!と四十代とおぼしき人のいい顔つきの運転手に英語で声をかけ、ここは韓国なんだ…英語が通用するはずはない…と気ずいて慌てて韓国語会話の本をとりだし、やっとゆっくりの意味の韓国語が分ったので、チョンチョンヒと大声をだしたが母音のついてまわる怪しい発音が分るはずもなく運転手は相変わらず、ボロトラックやバスを次々と追い越してレースを展開している。やっとスピードが落ちたと思ったら信号が赤になっていた。もう数十キロも走ったのに信号で止まったのははじめてで、立体交差道路が多いのだ。
 南山にそった新羅ホテルに到着してやと危険なレースから開放されて降りた時は足がふらついた。