




2015年5月22日00時21分
4月のネパール大地震で、ヒマラヤ山脈では大規模な雪崩が起きた。世界最高峰エベレスト(8848メートル)に日本人最年少での登頂を目指しながら、大地震に遭って断念した東京経済大学2年の伊藤伴(ばん)さん(19)=小平市=が帰国した。「無事だったのは奇跡的」。間一髪で助かったあの時を振り返った。
4月25日。標高5350メートルのベースキャンプに着いて3日目。伊藤さんは、ほかの日本人登山者や山岳ガイドら11人と一緒にいた。
正午前、無線機材などがあるテントで片付けをしていた。グラグラ。大きな揺れがしばらく続いた。「氷河の異常か」。テントの外へ飛び出し、カメラで動画を撮り始めた。
ゴゴゴゴ……。地鳴りのような音がした。雪崩だ。しかし、雲が立ちこめて雪崩の場所が見えない。「やばい、やばい。来た、来たっ」。登山隊を率いていた国際山岳ガイドの近藤謙司さんの叫び声に振り返った。高さ100メートルはあっただろうか。巨大な壁のような雪崩が猛スピードで崩れ落ちてきた。
ベースキャンプから雪崩まで3キロほど離れている。来るはずない――。だが、突風が雪を巻き上げながら迫ってきた。「テントに戻るなっ」。近藤さんが声を張り上げた。雪崩とは反対側の斜面を駆け下り、石でできた仏塔の陰に隠れた。
その瞬間、突風が走った。「口を押さえろっ」。近藤さんの叫び声。身をかがめ、必死で口と鼻を手で押さえた。息が苦しく、目も開けられない。「デブリ(岩などの破片)が降ってきて埋まる」。死を意識した。「怖いよ」。動画に自分の声が残っていた。
1分ほど耐えると、風が収まった。仲間たちの名前を叫び、探した。無事だった者同士、抱き合って泣いた。寝泊まりしていたテントはつぶれ、現地スタッフの1人はテントのポールが頭に当たり出血。別の1人は突風に飛ばされ、足を打撲した。
30メートルほど離れた所にあった別の登山隊のテントは吹き飛ばされていた。中にいた2人が岩にたたきつけられ、亡くなったと聞いた。ベースキャンプでは20人近くが亡くなった。「自分たちの隊が全員無事だったのは本当に奇跡的」
14歳で欧州アルプスの最高峰モンブラン(4810メートル)を制覇。19歳でエベレスト登頂を果たせば日本人最年少となるはずだった。登山の中止が決まった時は「精神的ダメージは大きかった」。だが、気持ちを切り替えた。
約2週間かけて少しずつ山を下り、首都カトマンズへ。ボランティア活動のため、カトマンズから車で約1時間の村へ向かった。マグニチュード7・8の揺れで、日干しれんがの家々は倒壊。被害情報をブログで発信し、インスタントラーメンや米、豆などを買って住民に配り歩いた。
16日夜、成田空港に帰国した。「日本人最年少でのエベレスト登頂は難しくなったけど、まだ登りたい気持ちはある」。シェルパやロッジで働く人たちは、登山客や観光客が減り、途方に暮れていた。「またネパールに行き、復興に役立ちたい」。黒く日焼けした顔で語った。(高橋友佳理)