宝物。

ひとり言など

バジル…

2014-11-10 18:44:41 | 

低いエンジン音が聞こえ、ドアの開く音がした。

「おはようございまーす。」と元気のいい先生の声と共に

子どもは、バスに乗って幼稚園へと出かけた。

 

わたしは、少しずつ記憶を取り戻しながら

以前の生活をするようになった。

 

病院に入院しているときは、記憶が曖昧で

何度も同じことを聞いていたようだった。

しかし一度もとがめることなく、少し笑いながら

初めて聞いたように優しく答えてくれる妻に

本当に助けられた。

 

家に帰ってからは付き合っていた頃の写真や

結婚式の写真を二人で見た。

そして、大きなお腹に顔を寄せている自分や

生まれたばかりの少しぼやけた息子の写真も見た。

その時わたしは、声を出して泣いたと言っていた。

 

何もかも失ったと思い、妻に居場所を告げることなく

いなくなったわたしを攻める気持ちもあっただろう。

 

失ったものは大きかった。

しかし、失っていないものも大きかった。

また、1から始めよう…

慎ましい生活なら何とかやっていける。

 

以前の会社が生きがいだと思っていた自分は

もう他人のように遠い存在に変わっていた。

 

白いレースのカーテンが風に揺らめいた。

 

 

バジルの葉っぱについた、こぼれ落ちそうな雫が

キラキラと輝いているのがチラリと見えた。