低いエンジン音が聞こえ、ドアの開く音がした。
「おはようございまーす。」と元気のいい先生の声と共に
子どもは、バスに乗って幼稚園へと出かけた。
わたしは、少しずつ記憶を取り戻しながら
以前の生活をするようになった。
病院に入院しているときは、記憶が曖昧で
何度も同じことを聞いていたようだった。
しかし一度もとがめることなく、少し笑いながら
初めて聞いたように優しく答えてくれる妻に
本当に助けられた。
家に帰ってからは付き合っていた頃の写真や
結婚式の写真を二人で見た。
そして、大きなお腹に顔を寄せている自分や
生まれたばかりの少しぼやけた息子の写真も見た。
その時わたしは、声を出して泣いたと言っていた。
何もかも失ったと思い、妻に居場所を告げることなく
いなくなったわたしを攻める気持ちもあっただろう。
失ったものは大きかった。
しかし、失っていないものも大きかった。
また、1から始めよう…
慎ましい生活なら何とかやっていける。
以前の会社が生きがいだと思っていた自分は
もう他人のように遠い存在に変わっていた。
白いレースのカーテンが風に揺らめいた。
バジルの葉っぱについた、こぼれ落ちそうな雫が
キラキラと輝いているのがチラリと見えた。
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