文明開化と平仮名英語

流れるような筆使い、崩し字満載の平仮名で書いた英語は日本国開国・文明開化の一時期を象徴するような出来事でした。

外国商通ことば 8: 数1-5

2010年07月26日 | 文明開化と平仮名英語

8: 数 1~5
一から十までを③では「ゑい遍い数」(英米数)の囲いで、では「数量」の囲いででは囲みなしで扱っている。

 「」(one)は「王(わ)ん」を想定するから「う王(わ)ん」には戸惑い。先例や如何にとみると、『英米通語』元治元年(1864)に「ウヲン」を見つけた。
 「」(two)について「とう」の読みで一貫している。しかしその前後の読みに『ゑんぎり志ことば』万延元年(1860)、『英語実用便』明治11年(1878)の読み「ツウ」、「ツー」を見つけた。この方が馴染みやすいが。
 「」(three)も「つれい」で一貫している。-th- の読みには苦労したに違いない。「スリー」の読みは『英語実用便』明治11年(1878)まで待たなければならないようだ。
 「」(four)は③、①で「本(ほ)うる」、②で「ふをる」読みに苦労しているようだ、いづれも語尾-r (語尾ーる)の影響をもろに受けている。
 「」(five)については「ふ王(わ)いふ」で一貫している。当時は濁点の有無はかなり自由度が有ったというから「ぶ」と読んだかもしれない。

次回は「9:数6~10」を予定

挿図
   ①『外国商通古と者つけ』(刊年不明)手持ち原葉、一枚もの
   ②『外国商通言葉集』(刊年不明)横浜市中央図書館所蔵、折本
   ③『外国商通古と者附』(刊年不明)神田外語大学付属図書館所蔵、折本
 『ゑんぎり志ことば』万延元年(1860)早稲田大学図書館所蔵
 『英米通語』元治元年(1864)横浜市中央図書館所蔵
 『英語実用便』明治11年(1878)神奈川県立図書館所蔵


外国商通ことば 7-構成

2010年07月19日 | 文明開化と平仮名英語

7 構成

 「2表題」において①『外国商通古と者つけ』、②『外国商通言葉集』、③『外国商通古と者附』それぞれの表題と表紙を比較し、「3刊記」でそれぞれの刊記を取り上げてきた。ここではこれら外国商通もの3部作においてどのような言葉を取り上げていたかその構成を概観してみたい。

 三者とも始めに「数」を取り上げ、次に本文に相当する言葉を扱う。その言葉のグループ分けと取り上げ語数を調べてみよう。
 挿図③の上段は「ばんもつのぶ」として186語、②は「万物の部」として189語。ここで3語の違いは・・・②の刊記は高さが半分ほどでその省スペースに3語分を当てている。もともと、②は③を踏襲して内容もかなり近いのに、あえて刊記を変則的な形としてまでスペースを確保したのか。余程収録したい言葉があったかも知れない。今後明らかになればと思う。①では②及び③の「万物の部」186~189に相当する109語を掲げ、半減に近い。①の使途は明らかに②、③と異なるようだ。①、②、③のいづれも刊年不明であるが、年代順は収録語彙から③、①、②の順と睨んでいる。いずれ、その辺の事情は徐々に明らかになるでしょう。 

 ③の下段は「ことばのぶ」129語、「しよくもつのぶ」は130語から185語まで、②は「言葉つかひ」129語、「食もつの部」は130語から185までで、構成はほぼ同じようだ。①は上段と同様に②、③の185語のほぼ半数に近い107語を取り上げている。

以上、構成からみる限り③と②は大変近い関係にあり、①は②、③とはかなりかけ離れている。

   挿図 ①『外国商通古と者つけ』手持ち原葉、一枚もの
     ②『外国商通言葉集』横浜市中央図書館所蔵、折本
      ③『外国商通古と者附』神田外語大学付属図書館所蔵、折本

次回は「8 数 1-10」を予定


外国商通ことば 6-サイン

2010年07月12日 | 文明開化と平仮名英語

6 サイン
 「5 商標」で取り上げた挿図のうち②、④、⑦には、それぞれ記、述、誌とあって序文を記した者、冊子を記述した者、或いは冊子を書き誌した者を特定している。したがって、…板や…版のあとの商標とは一味違ったサインの気配もあり和文では花押の類と見た方が当たっているかも知れない。
 
 挿図の②は、『英語手引草』(刊年不明)(神奈川県立図書館、K83.1/5)の序文から、「追加」は、同上「扱言編」の序文から、④は『新撰横文字独習教』(よこもじひとりけいこ)(明治10年)(神奈川県立図書館、K83.1/16)の見返しから、⑦は、『新撰英語実用便』(明治10年)(神奈川県立図書館、K83.1/7)の序文から、それぞれ関係箇所を取り出したもの。
 難問は、エブルハム氏記とあって、その下にある縦斜線3本と横2線の組み合わせ、これは、果たして何を意味するのか。エブルハム氏とのコンビでないとこの線の組み合わせは見当たらないようだ。補強用に一例「追加」してみた。

 ②、④、⑦並びに「追加」は、それぞれ住居地として横浜を示している。「金港」とあるは、『横浜・ハマことば辞典』によると、「金の儲かる港という意味で横浜港の別名、また、神奈川の別名「金川」に由来する」という。 
 「追加」した例示には、「者ま尓春む人エブルハーム氏記」とある。それぞれ「者」の崩し字は「は」、「尓」の崩し字は「に」、「春」の崩し字は「す」と読ませている。その下に課題の「縦斜線3本と横2線の組み合わせ」のしるしがある。 この「縦斜線3本と横2線の組み合わせ」模様は、見れば見るほど英文字サインの最後に現れる一筆書きの飾りストロークに見えてくる。もし、そうだとすれば佐野屋冨五郎は、英米人のサインにあこがれ、それを真似て見たかったかもしれない。

 早速、ヘボン先生をはじめ当時の英米人のサインを調べてみたが、未だに見つからない。そうこうするうちに、当時から200年以上もはるか前の平戸英国商館長Richard Cocks(1550-1624)のサインをフト思いだした。急ぎ資料を調べたところ、ペン書きの英文書簡と毛筆の和文書簡、こちらには珍しい毛筆による英文サインを探し当てた。

    平戸ノゑけれいす かひたん *
 岩生成一訳注『慶元イギリス書簡』(雄松堂)ではここに*印があって註に「挿画の如く此の下にリチヤード・コックスの英文花押あり。」とある。「平戸ノゑけれいす かひたん」この平戸は横浜に通ずる。「ゑけれいす」(イギリス)が面白い。また「かひたん」(captain キャプテン)が愉快。更に「英文花押」には驚かされた。書簡の写真を見れば一目瞭然なのだが。この写真の使用には、書簡を所蔵するIndia Office Records(The British Library)に伺いを立てなければならない。紆余曲折があったが、ご厚意で許された。

 「花押」について吉川弘文堂『国史大辞典 3』で調べると、「花押 自署の代りに書く記号。押字ともいい、その形が花模様の如くであるところから花押とよばれた。 ・・・花押は個人の表徴として文書に証拠力を与えるもので、他人の模倣・偽作を防ぐため、その作成には種々の工夫が凝らされた。」とある。
 花押を視野に入れると、サインと変わるところはないようだ。サインの印象を益々深くした。リチヤード・コックスの英文花押がヒントになって、「縦斜線3本と横2線の組み合わせ」模様は、英文字サインの最後によく見かける一筆書きの飾りストロークで、単なる商標とは一線を画す存在だ。

 それもこれも、「はまにすむ人」がヒントになって「平戸ノゑけれいす かひたん」がその繋ぎをしてくれた。佐野屋冨五郎は、ハイカラなデイスプレイを思いついたものだ。
   次回は「7-構成」を予定

      


外国商通ことば 5-商標

2010年07月05日 | 文明開化と平仮名英語

5 商標

 「4_冨五郎」において取り上げた挿図①から⑧のうち⑧の英文字刊記を除外してご覧のように①から⑦を再掲。ここでは、商票に絞ってチェックしてみよう。

 挿図の①は手元にある原葉一枚摺りの刊記から、②は『英語手引草』(刊年不明)(神奈川県立図書館、K83.1/5)の序文から、③は同上の刊記から、④は『新撰横文字独習教』(よこもじひとりけいこ)(明治10年)(神奈川県立図書館、K83.1/16)の見返しから、⑤は同上の扉から、書店名「錦誠堂」の名が見える⑥は『新鐫横文字獨稽古』(しんこうよこもじひとりけいこ)(刊年不明)(横浜市中央図書館、830/5)の扉から「五葉舎」のマークが窺える。⑦は『新撰英語実用便』(明治10年)(神奈川県立図書館、K83.1/7)の序文から

 ①と③に見える商標は、既に「3_刊記」において神奈川県の伝統工芸品の寄木細工「菱万字(ひしまんじ)」模様と見定めた。④は富五郎の戯作者名、五葉舎万寿の下に見える商標、卍しるしの4つのスペースにそれぞれSA NO TO MIとあり外周を四角形の中に収めている。濃淡があって見にくいがどうやら確認できるでしょう。英文字入りでオシヤレだ。⑤と⑥はいづれも「錦誠堂版の商標、⑤は尾嵜を四角形の中に、⑥は飾り書きの五葉舎を四角形の中に収め、可成り手が込んでいる。最後の⑦には「錦誠堂主人誌」とあってその下に垢ぬけたデザインのTOMIが見える。この見る目も鮮やかなデザイン・・・ずば抜けていると思うが如何か。 残るのは②の『英語手引草』の序文にあるエブルハム氏記の下にある縦斜線3本と横2線の組み合わせ模様・・・はたして何を意味するのか、手がかりがない。これでは判じ物だ。

 なんとなく、サインの雰囲気も窺えるが・・・

 次回は「6 サイン」を予定