文明開化と平仮名英語

流れるような筆使い、崩し字満載の平仮名で書いた英語は日本国開国・文明開化の一時期を象徴するような出来事でした。

6 いふこころなり (発音談義) (1)

2008年10月27日 | 発音談義

 

  佐野屋冨五郎は明治11年に尾崎冨老の名前で『新撰英語実用便』を出版(この頃から板の字は影を潜める)、序文に冨老流の発音談義がある。 その序文にある譬えが云い得て妙と云うかサスガと云うか。冨老の<いふこころなり >を聞いてみたい。

 序文の冒頭と最初のルールを取り上げる。
<それ初めから、横文字の本を読むことは難しくって、覚えられぬものなり>から始まって<いぎりす言葉はみんな片仮名で書く>ことを宣言している。しかもと云うか、当然と云うかイギリス言葉は横書き。課題の『外国商通ことばつけ』では、全部平仮名英語、英語といえども平仮名書きだから縦書きである。時代が移り変わり、当座しのぎから脱して横文字を横文字として受け止める心の準備を促しているようだ。波止場の庶民の平仮名英語に固執した佐野屋冨五郎にとって、自分自身に言い聞かせているようでもある。

 難しくて覚えられないから、物の名をあらまし覚えてから、「本当の稽古」なるものを勧めている。(尤も「本当の稽古」をどのようにイメージしていたか問題であるが。)備えあれば憂いなし<絵図を見ておいて旅へ行くが如し>この譬えが現実的で分かりやすい。共感を呼ぶ。

 本文は平仮名、漢字まじり。英語の読みは、全編を通して片仮名英語である。発音にかかわる部分は大変興味深い。石橋正子「錦誠堂尾崎冨五郎出版目録(稿)」#33の翻案に準拠して挿図の如く掲げてみた。挿図は原文 (神奈川県立図書館、K83.1/7)の文字を現代の文字に翻字し読みやすくするように努めた。紛らわしい文字の読み等石橋論稿を参考にした。

 実際にどのようであったか、同書、本文中には、対象の「スタアル、ワートル」をはじめ「よこへ寄せて小さく書きたるル」そのものは、いくら探しても見つからない。何かキツネにつまされたようだ。これは彼流には一体如何なる「こゝろ」なのか。 佐野屋冨五郎に伺ってみなければならない。 

 実は、この序文は同出版目録(稿)#57:ケーエスアソム氏撰 『新刻撰正 英語手引草』尾崎冨五郎蔵板(刊年不明)の序文にも見出される。いわば発音の手引きというか、「コツ」として、庶民に歓迎されたのであろう。


平仮名英語(3)

2008年10月20日 | 文明開化と平仮名英語

 
 江戸時代から明治初めにかけて庶民の子どもたちは寺子屋で「読み・書き・そろばん」を学んだ。寺子屋では習字が最も重要な科目で、はじめ「いろは」から入り、次いで平仮名交りの手本で学び、やがて片仮名に移り、さらに名頭字尽・村名尽・国名尽等の語集に入り、易から難へのコース設定であったという。
 名頭字尽(な・がしらじづくし)について、『広辞苑』では、「名頭」の見出しに<源・平・藤・橘・菅のように、姓氏の頭字を列記したもの。江戸時代、寺子屋などで、読み書きの教材に用いた。」>とある。

 寺子屋は、明治5年(1872)の学制の制定により公立学校に変わり、明治10年代には殆ど姿を消したと伝えられる。ところで、尾崎冨老編『新撰英語実用便』(錦誠堂蔵版、明治11年)(神奈川県立図書館、K83.1/7)の序文の中に挿図の如く

か多可奈をしらね者こ乃本んハよめ春ま多可た可奈をなら王ぬこどものため尓ここ尓志るす

当時の平仮名、崩し字に惑わされて読みずらいというか、ほとんど読めそうにない。今日流には

片仮名を知らねばこの本は読めず又片仮名を習わぬ子供のためにここにしるす

そして、挿図の如く 平仮名つきで片仮名のイロハ四十八文字の表が摺込まれている。

 「引用文献」にあげた佐野屋冨五郎の出板物のなかでは、『新刻撰正英語手引草』と『新撰英語実用便』が片仮名英語である。この 挿図を眺めていると、一般の庶民レベルでは寺子屋で平仮名は習ったものの、片仮名まで手が届かなかった階層が現実にはかなりあったと想像されるが、はたして如何であったろうか。
 時代は移り変わり、学制の制定によりこの頃になると佐野屋冨五郎も平仮名英語から片仮名英語に転換している。時代の流れに敏感であったことが窺える。

 「引用文献」にあるように、佐野屋冨五郎の出板物を中心に見ていると、 寺子屋の盛衰と平仮名英語の盛衰とどこか類似の軌跡をたどっているように思われてならない。やがては片仮名に一元化される。
 平仮名英語は開港期・文明開化の走りの一時期を象徴する産物であったと云えそうだ。


引用文献 11 『改正増補英語箋』

2008年10月13日 | 古文献(古文書)

  『改正増補英語箋』

 石橋政方編纂の『英語箋』を便静居主人(こと島桂潭)が手を加えて『改正増補英語箋』(巻一72葉、巻二43葉の全二巻、185×125)として明治5年(1872)に出版。

 箕作阮甫(みつくりげんぽ)編『改正増補蛮語箋』(嘉永三年、1850)と称する日本語とオランダ語の対訳単語集を手本に英語との対訳単語集として『改正増補英語箋』が編纂されたというだけあって、目次など全体の構成は大変よく似ている。
 原本の翻訳改正増補を繰り返してきただけあって、また、流麗な筆使いもあって端正な出来栄え、好評を博したことが窺える。

 構成は、序文一葉、.目録半葉、イロハ半葉、アルファベット一葉、本文、奥付、広告。余談ながら広告が九葉にもわたり真に多彩で驚くばかり。

 巻之弐:依添名字、自・能・所三種動字、人品・指示・承接・疑問・四種代名字、会話一、会話二、附録:五州国号表並びに都府海名、詞品区別點記符号表

 本文の構成:巻之壱:「天文」に始まり「数量」まで漢字(カタカナのふり仮名つき)に対する英文字綴り(カタカナのふり仮名つき)。英文字の滑らかな筆使いには思わず目を見張る。

(挿図:早稲田大学、文庫08_c0585)


引用文献 10 『新刻撰正英語手引草』

2008年10月06日 | 古文献(古文書)

  『新刻撰正英語手引草』

 ケーエスアソム氏撰『新刻撰正英語手引草』尾崎冨五郎蔵板(刊年不明、冊子、160mm)、 乾坤2冊「言語編」全22葉、「扱言編」全21葉、序文は、発音談義を含み『新撰英語実用便』の序文とほぼ同文、金港住 エブルハム氏記とある。 エブルハム氏とは、尾崎冨五郎の戯名。

 ケーエスアソム氏とは、荒木伊兵衛によれば「岸田吟香のペンネームで、彼の著述本に時々K. S. Ason とあり、Ason とは、英語ではなく「朝臣」を英語にもじったもの」とある、従って岸田朝臣。もともと佐野屋冨五郎(本名 尾崎冨五郎)と交友関係にあった岸田吟香を担ぎ出して拡販に努めたのであろう。

 前編は、漢字の用語について、平仮名の読み、その英語読みを片仮名で表記している。漢字用語の中に「蒸気船」、「蒸気車」、「鉄道」など新時代をを象徴する単語も散見する。後編の「英和対話の部」は、横浜に入港したアメリカ人とラシャメンとの対話シーンになっていて「手引」とは、云い得て妙と変なところに感心した。 

  片仮名英語。

(挿図:国会図書館YDM300672の見返し扉、神奈川県立図書館、K83.1/5見返し扉なし)