文明開化と平仮名英語

流れるような筆使い、崩し字満載の平仮名で書いた英語は日本国開国・文明開化の一時期を象徴するような出来事でした。

6 いふこころなり (発音談義) (3-2)

2008年11月24日 | 発音談義

 序文がほぼ同文の3書について、序文の趣旨を本文の用語にどのように反映していたか、確認用のサンプルを挿図として掲げてみた。

 掲載の3書については、下記の略称を使用する。
<実用便><手引草><アソム氏手引草>

 先ず、6(1)で提起した疑問「スタアル、ワートル」をはじめ「よこへ寄せて小さく書きたるル」について本文の用語の中でどのような表示になっているか確かめてみよう。
 <実用便>では、「・・・ル」とあるのは「水 みづ ウヲートル」と「来年 らいねん ネキストイヤアル」の二箇所のみ。しかも、よこへ寄せて小さく書かれていない。
 <手引草>においては、<実用便>と全く同じ。強いて言えばネキストの「ネ が 崩し字の子」となっているくらいで、そのほかは全く同じといってよい。
 <アソム氏手引草>では、例示の七文字すべてが「ル」で終わっている。そのうちニ例を除き五例すべてがよこに寄せて小さく書かれている。先の二例が何故よこに寄せて小さくかかれなかったのか、むしろ殊更に大きく見えるような気がしてならない。

 これら3書を見比べながら、あれこれ想像をめぐらしている。 <手引き草><アソム氏手引草>の二冊は程度の差こそあれ親子の関係と密かに思っていた。しかし、ふたを開けてみると、似ているところは6(3-1)で見た序文だけで、その他は、違いが甚だしい。
 不思議なことに<実用便><手引草>は、ご覧のようにあまりにも似ている。敷き写したのではと勘繰りたくなるほどだ。これは如何なる<こころ>なのか。


6  いふこころなり(発音談義) (3-1) 全面修正

2008年11月17日 | 発音談義

たまたま序文がほぼ同文の下記の3書

<実用便>:尾崎冨老(佐野屋冨五郎)『新撰英語実用便』(明治11年)<神奈川県立 図書館、K831/7>石橋正子「錦誠堂尾崎冨五郎出版目録(稿)」#33
<手引草>:尾崎冨郎『英語手引草』(見返し扉なし、外題を示す)<神奈川県立図書館、K83.1/5>
<アソム氏手引草>:ケーエスアソム氏(岸田吟香)撰『新刻撰正 英語手引草』<国会図書館YDM300672>石橋正子「錦誠堂尾崎冨五郎出版目録(稿)」#57

について、誤字脱字の集中が気がかりの序文第1丁裏(1丁ウ)から当該個所、それぞれ三行をとりだし、誤字脱字と思しき

・問題の箇所には赤側線
・欠字の箇所には赤しるし
・重複文字には赤[ ]しるし

など赤を入れて挿図としてみた。

一行目:3書とも特に違いは見つけられない。強いて挙げれば「あるもの可(か)ら」の「」が㊨<実用便>においては「」。この時代、濁点はかなり恣意的で、あったりなかったりしたようだ。

ニ行目:3書とも「お本(ぼ)へ[]遍(べ)し」、[]を欠く、挿入したい。
㊨<実用便>についてのみ、ニ行目末尾に「こと」 三行目冒頭に「ばを」の文字が認められ、他の2書には無い。その結果、<実用便>では「ことばを」 「そのまま[]」と[]を繰り返し、違和感あり。後の[]を削除するか、或いは、㊥<手引草>㊧<アソム氏手引草>の2書の如く「ことばを」がなければ「そのまま[]」の[]は正にそのままにしておく手もありそうだ。

三行目:㊨<実用便>では「かいから」、濁点をとり「」とすれば意味がとおる。㊥<手引草㊧<アソム氏手引草>の2書では「かいたのだから」で違和感はない。    ところで、<実用便>では「かいだ[]から」、[のだ]の挿入については、スペースに余裕なし見送りたい。

更に㊥<手引草>㊧<アソム氏手引草>の2書では「そのつもり尓(に)て」よむべしのところ㊨<実用便>では「その[]にて」と欠字で文意不明、[つもり]を挿入したい。これで「尓(に)てかん可(が)へてよむべし」に繋がる。実は3書とも2行目から3行目にかけて「可(か)ん可(が)へて」を一度使っている。その点を考えると㊥<手引草>㊧<アソム氏手引草>の2書の「尓(に)て[]よむべし」の[]に[かんがえて]の挿入を躊躇する。スペースの関係もあり見送りたい。

実は、この3行のあるページ(1丁ウ)は「よむべし」で終わり、次のページ(2丁オ)はイロハ48文字の表とそのコメントで満たされ前頁からのはみ出しを受け入れる余地は殆どない。この3行の中にすべてを納めるとなると、加除修正の加える方は、文意が通らない場合に限らざるを得ない。

以上、課題の3行について比較してみると、書名が共通しているだけあって㊥<手引草>㊧<アソム氏手引草>の2書は、同じとみてよい。しかも、筆使いも同じとみた。言葉の流れはスムースで違和感はない。それに比して、<実用便>では、流れが悪い。かなり意識が高揚するであろう序文で、流れが悪いのは、如何なる<こころ>であろうか。


6 いふこころなり (発音談義) (2)

2008年11月03日 | 発音談義

 前回に続いて尾崎冨老(佐野屋冨五郎)の『新撰英語実用便』(明治11年)の序文にある冨老流の発音談義<いふこころなり >の後半を見ることにしよう。

 挿図右の原文は『新撰英語実用便』(神奈川県立図書館、K83.1/7)、挿図左の翻案は石橋正子『錦誠堂尾崎冨五郎出版目録(稿)』#33に準拠した。実は、挿図の最初の行は「一丁オ」の最終行で「一丁ウ」との堺を赤色点線で示してみた。なお、欠落文字、過剰文字の箇所に赤星印を付した。<おぼへ「る」べし>「る」挿入、<そのまゝ「を」>「を」削除、<その「つもり」にて>「つもり」挿入。以上この補足は石橋論稿を参考。
 意識が高揚するであろう序文で、これだけ誤字脱字が集まったのは、如何なる「こころか」。冨老に聞いてみたいものだ。

 「スモーク」(煙り)の「ーの字は声を引くしるし」、「モーと書きたるは牛の鳴く声の如く」は明解、「ボーと鳴きたるは・・・かなぼう(金棒)など云う時の音に同じ」、例示の「金棒」が微笑ましい。  「ヴ の字はブとウの間の声にて息を吹き出しながら云うべし」この言い表し方がスゴイ。very などのvを意識してのことか、しかし探し方が悪いのかヴ の字の例示を見つけることができないでいる。 

 <言葉の使いようも紙のことをペープルと書いてあるなれども云うにはペーパーというようなもので>と喋り方のコツを示している。本文中には<紙 かみ ペーパア>とあって、<ペープル>とは書いてない。この辺はどうなっているのか気になるところ。  <日本でも「かんぜおん」の事を「かんのん」>と云うようなもので日本でも外国でも言葉の違い伸び縮みがあるものだからよく考えて覚えるべし>、ここでも蘊蓄のあるところを示している。

 前回提起した疑問「スタアル、ワートル」をはじめ「よこへ寄せて小さく書きたるル」及び今回例示の「ペープル」などが本文中でどうなっているか、探してみたい。また誤字脱字が集中した<1丁ウ>が気がかりである。序文がほぼ同文の『新刻撰正 英語手引草』などと対比すれば何か手掛かりが得られるかもしれない。次回、比較検討を予定。