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凍思からの解放を
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真相解明作業をフリーズさせる凍思効果
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大きな混乱や、巨大な悲惨を経験した当事者にとって、取り戻すことができない命とその命とともに歩いていくことのできない時間がそこで凍結してしまっている。だから、ことの事実の真実か虚偽かについて考えることも凍結しているのである。
しかも、当事者でない場合でもその事実について説明されても同じ効果を波及させるようである。その「効果」を積極的に利用してきた冷血な悪魔が居た。「一万人の悪魔」「ロスチャイルド・イルミナティ」である。
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わたしが、そのことに気がついたのは韓国や中国の一部の人々が起こしている『反日』暴動に見出した。いったい何故、今こんなことをやり始めたのかと疑問を持ち、それに対しての日本の側の一部からも激しい『反「反日」』がインターネットで繰り返されていた。還流映画を増やし、孫正義がとうきょうを支配する基盤を整備しているなどの情報が流れるなど、『反「反日」』の如何では「ホロコースト」もありうるのではないかと懸念された。その懸念を発端にして私にとっては、『南京虐殺事件』『ユダヤ人ホロコースト』などの歴史の真実を追究するきっかけとなった。
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そうすると、日本が中世から近世の時代に入ろうとする時期、「織田信長」によって鮮明に浮かび上がったものと江戸幕府が崩壊して明治政府が生まれるときに鮮明に浮かび上がったものがある。「イエズス会」である。布教活動やプラントハンターを若者たちにやらせながら、報告書を書かせて情報収集していたのである。もちろん、一人ひとりの人間同士が通わせてきた信頼関係や学びあいは素晴らしいものであり今日にもそれは生きている。しかし、それを組織的に運用し運営してきた支配組織があったのである。「東インド会社」であり「イエズス会」であった。
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なぜ、中国や、韓国・朝鮮は本当に支配してきたものの歴史が見えていないのであろうか。それはまた、とりもなおさず西欧の人たちにも言えることである。フランスを食い物にしている実像が、ドイツを食い物にしている実像が、イギリスを食い物にしている実像が、アメリカを食い物にしている実像が、イタリアを食い物にしている実像がそれぞれ浮かび上がってきている。そしてまた、日本も食い物にされてきた歴史があり、『食い物にするお手伝いをしている連中がいる』ことをこれから明らかにすることになるだろう。そのひとりが、中曽根康弘である。
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それを絞り込んでいくと、『一万人の悪魔』『ロスチャイルド・イルミナティ』と呼ぶ『世界金融支配体制』に収れんされているのである。
そして、これの実像と歴史を命がけで体を張って調べ上げてきた人々がある。その一部が次のものである。
フリッツ・スプリングマイヤー氏の『イルミナティ悪魔の13血流』、太田龍監訳
ヘンリー・メイコウ氏の『世界を強奪したカルト・イルミナティ』、太田龍監訳
ジョン・コールマン氏の 【 『新版・300人委員会』(上)支配される世界、(下)陰謀中枢の正体、太田龍監訳・『世界最大のタブーロスチャイルドの密謀』太田龍監訳・『タヴィストック洗脳研究所』、太田龍監訳・『9・⒒陰謀は魔法のように世界を変えた』・太田龍監訳・など等】
ダニエル・エスチューリン氏の『ビルダーバーグ倶楽部』、山田郁夫訳、など
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1985年8月2日にデルタ航空191便墜落事故が発生し、
その10日後1985年8月12日に日本航空123便事故が発生した。
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この二つの航空事故の原因を正しく把握すれば、それぞれが「連動した計画的な」『事故に見せかけた大量殺人事件』であることが浮かび上がってくるはずである。
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日本航空123便事故調査報告書は、以前は国土交通省ホームページからPDFで入手できたが、今は安全運輸委員会のホームページ(http://www.mlit.go.jp/jtsb/kaisetsu/nikkou123.html)である。私が、この事件について調べ始めたのは2014年3月からである。当初、関連書籍の入手によって情報を集めていた。私自身の無知もあって、運輸安全委員会ホームページからこの事故の調査報告書がPDF(http://www.mlit.go.jp/jtsb/kaisetsu/nikkou123.html)で入手できるということがわからなかった。だから、事故事件の先入観なく全体像の把握から真実を把握する作業を行ってきた。
関連書籍の情報は、主にボイスレコーダーとフライトレコーダーなどからの情報によって、離陸から墜落までの123便の飛行状況・航跡と時間・クルーの対応を知ることから始まった。
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まづ最初に、18時12分離陸直後から18時24分までの12分間
ボイスレコーダーとフライトレコーダーの記録が抹殺されていることが、事故ではなく事件であることの逆説的証明となっていることがわかった。ー序ー
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つぎに、18時24分高度7200メートルの地点で「なんか爆発したぞ」と認知してから18時47分高度3000メートルまでの23分間、
機長たちクルーは、横田基地や羽田飛行場への着陸を希望して奮闘している姿が航跡にありありと見て取れるのである。それにもかかわらず着陸を許可しないで「操縦不能」の『言質』を取ろうとしていることが見えてきた。のらりくらりとした対応に「これはだめかもわからんね」と羽田への着陸を断念し、「適地を探してソフトランディングする」覚悟を決めた。ー破ー
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さいごに、18時47分から機影消失の18時57分までの10分間
「ソフトランディング」を成功させるために高度2950メートルから急降下し、1800メートルあたりで頭を上げ、標高1600メートルの尾根に後部を滑らせながら左へ旋回して160メートル離れた尾根に全体をよこたへるイメージで居たのであろう。それは、ヴォイスレコーダーの最後の一分に収録されていた。第2エンジンが狙撃、右主翼が切りはなされ、胴体部Dが狙撃され、D席の乗客は広範囲に飛散した。左へ旋回して立ち上がっている左主翼の第3エンジンが狙撃された。胴体部CB間が狙撃・第4エンジンを狙撃、そして過酷な「ミサイル狙撃」でコックピットが粉砕された。のこされた機長の遺体は歯が5本だけであった事がそれを明瞭に物語る。ー急ー
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座席別遺体散乱状況図
機内座席別区分
さて、「座席別遺体散乱状況図」が示している「真実の状況」に出会うまで、わたしは「ボイスレコーダーの声を秒刻みで追っていた。」そして、「離陸から墜落までの航跡とその距離をボイスレコーダーの声と統一的に把握する事を試みた。」そうすると、「序」「破」「急」の分水嶺が見えた。
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「序」垂直尾翼をもぎ取った原因を隠蔽する為のヴォイスレコーダー12分間の抹殺
「破」『生還させないアリジゴク』と『操縦不能』という『言質』取るためだけの23分間
「急」『墜落地点への誘導』の9分間と『ソフトランディング』対『ミサイル狙撃』の1分
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これらから、横田基地や羽田飛行場に着陸する事を事実上拒否され、追い込まれたクルーの決断は、「ソフトランディング」によって「一人でも多くの生存者を出す事」の方法に絞られていった。そのクルー達の苦悩を知った。
ところが、「生存者を出させない」とする、「全員死亡の墜落事故」に固執した「巨大権力の意図」に従う傭兵の「執拗なミサイル攻撃」が最後の一分にも示されていた。それが、ボイスレコーダーの最後の一分から「座席別遺体散乱状況図」につながった。
左旋回急降下プルアップ・ソフトランディングでスゲノ沢に降ろした最後部席
緑色の点が三つある。最後部席担当乗務員の二人と次後部席との間の三人のうちの一人の乗務員である。
黒丸がほとんどであるが、最後部席の乗客144+4人中の142人と見られる。
その中に橙色4っつが生存者である。
この黒丸集団部分を拡大して、よくみると、半黒丸が七つ見える。これは、次後部席の乗客が、図の赤い矢印方向にミサイルが撃ち込まれ、飛ばされてきたものと思われる。
さて、ここでの極めつけは図の左に見える「一つの黄色の点」である。黄色の点は、前部の座席で操縦席の後ろの二階の座席16人と一階の座席48人のうちの一人がここまで飛ばされた事になる。どのような力が働いたらこのような状況になるのであろうか。
そして、半黒丸の「次後部席の乗客は89人」となっているが、そのうち7人は黒丸集団の全域に飛ばされていた。残りの82人が「スゲノ沢」から「北斜面」、「北西斜面手前」、「南斜面」、「第一ヘリポート近く」までの広域に飛ばされているのである。これを少し大きくした図が下のものである。
このような状態を形成する力はどのようなものであるかを考えると、わたしはミサイルを撃ち込んだものと判断しているが、ここにおける一人ひとりの遺体の位置や損壊状況がそれを明瞭に裏付けることを示しているはずである、と考えるのである。たとえば、半黒丸が飛ばされている範囲は次後部席の最後部を頂点にして北西斜面へ110メートル、北斜面全域を通じ第一へリポート付近までの250メートルの三角域にわたって飛散しており、そのうち南斜面にまで飛ばされているのが半黒丸9点と黒丸二点がある。この
黒丸二点が最後部席の144点のうちの二点である。理屈で考えるとわかることであるが、軽いものは遠くまで飛ばない、体のうち比較的重い部分で小さくまとまった部分が遠くまで飛ばされているものと考えられ、それを特定することができるのは遺族であり、群馬県警の検証資料にあるはずである。
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付図 3 墜落現場の状況
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シンプルな核心証拠 1
「No2 エンジン部品散乱」と記入された地域は標高1540メートルから1510メートルに至る約60メートルの長さで幅5メートルほどの広さである。「No2エンジン」に何らかの物体が衝突したことによって「エンジン部品」をはぎ取ったのである。そして、その方向は図の右から左方向であることが図示されている。その散乱地域の右端から左端を通り、No2エンジン本体が落下している標高1450メートル地点を直線で結ぶと約200メートルである。 このことは、『高度2950メートルから急降下し、1800メートルあたりで頭を上げ、標高1600メートルの尾根に後部を滑らせ』ようとしているときに、右主翼のNo2エンジンがミサイルで狙撃された状況を示しているのである。
その後、『左へ旋回して160メートル離れた尾根に全体をよこたへる』つもりのところ「
胴体部 D 」が狙撃され、その位置の乗客・乗務員は『座席別遺体散乱状況図』に見る通り、広範囲の扇状に散乱させられている。狙撃点は扇状のかなめ点となるから見ればわかるだろう。
右主翼とNo1/No2エンジンをもぎ取られ、D 胴体部を粉砕された後の機体が左主翼を立てて尾根をすべる態勢にある。と考えてみる。
「No3 エンジン部品散乱」と記入された地域は左から右の方向へ標高1590メートルから1550メートルにかけて55メートルの長さで幅は3メートルほどの広さである。その地域が始まる地点から、65メートルの位置に、したがってその地域が終わる地点からは10メートルの位置に No3 エンジン本体が落下している。これも No2エンジン部品散乱と No2エンジン本体落下のメカニズムと同じである。ところが、「No3 エンジン部品散乱」の左端に縦に交わっている「エンジン部品散乱」と同じような状況を暗示している図が見える。それは、長さ32メートル幅2,5メートルのひろさである。おそらく上から下に向かってその端が「No3 エンジン部品散乱」の左端に接している。これについて『No4 エンジン部品散乱』という表示こそないけれども、間違いなくこれが『No4 エンジン本体』の落下位置がすぐ近くにあったことを暗示しているのである。群馬県警か調査委員会のいずれかに当初の検証資料にそれを証明するものがあるはずである。
以上に示した「エンジン部品散乱」と「エンジン本体」の落下位置が示しているもののメカニズムは『エンジン本体狙撃』をシンプルに証明している第一の核心証拠である。
証明する証拠は、たくさんあるけれども証明する証拠の証明目的を最初から『圧力隔壁の破壊による事故』に意図的に収れんさせようとして、その他の真実を無視し、あるいは意識的に排除するという処理をしているために『調査報告書』から多くが排除されている。それらの仕業から辛うじてかいくぐって調査報告書に添付された付図に書き込まれたものにそれが示されていたのである。
国家機関の上層部からの強力な指示による『排除・削除』の圧力からかいくぐらせた『知恵の結晶』の『長明効果』がこれである。これが生きている限り『日本は世界一の国』になれる。逆説すれば、この時の政府指導者は『日本をダメにしようとした最低の指導者』であるということなのだ。
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付図 14 残骸分布図ー墜落地点
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シンプルな核心証拠 2
右主翼のほとんどが「ダックスフンド」の地域に落下しているのに、何故右ボディランディングギア(G5)が「毛なし鶏」の首背位置に落下している左主翼の裏側に回り込むのか、群馬県警や対策本部・調査委員会の云う落下の仕方ではあり得ない事である。
、調査報告書、調査委員会の結論にあわせたために、公開されている証拠は少しだけれども対策本部の検証が記し残してくれた検証資料の真実を示す知恵の結晶『長明効果』を拾い上げる事だ。
『付図-14-』 の「毛なし鶏」の首背に次のような順位で『直列に並ぶ五つの車輪の「落下のメカニズム」』が『核心証拠 2』である。
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直列に並ぶ五つの車輪
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位置| 落 下 部 位 |
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(G5) 右ボディ・ランディングギア
(G4) 左ウィング・ランディングギア
(G3) 右ウィング・ランディングギア
(G2) 左ボディ・ランディングギア
(G1) ノーズ・ランディングギア
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そのまま落下した場合に想定されるのは次のような配置である。
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(G3) 右ウィング・ランディングギア
(G5) 右ボディ・ランディングギア
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(G1) ノーズ・ランディングギア
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(G2) 左ボディ・ランディングギア
(G4) 左ウィング・ランディングギア
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以上から見えてくる問題は、(G5)右ボディ・ランディングギアと(G2)左ボディ・ランディングギアの間を切り裂く力が働いた結果である事が明らかである。
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そして、なぜ(G1) ノーズ・ランディングギアが「毛なし鶏」の尾部に落下しているのかという事である。
しかも、ノーズ・ランディングギアは「機首の底部」の大部分と共存しており、その「機首底部」の一部は25メートル上方(北東)にあり、(G2)左ボディランディングギアの10メートル左にある。そして、その「機首底部」の上にあるべき「操縦室の前面計器盤の計器が散乱している場所(I1)」が左下17メートルの位置である。機首の右側は副操縦士席で、その後ろにある航空機関士計器盤の「計器散乱場所(I2)」が(I1)から30メートルはなれた上方の「毛なし鶏」の腹部にある。つまり、コックピットを真二つに切り裂く破壊力が入り込み、機首底部を切り裂きノーズランディングギア(G1)を落とした一発ともう一発が (G5)と(G2)の右と左のボディ・ランディングギアをはね飛ばし(G4)と(G3)の左と右のウィング・ランディングギアの後ろに回り込む形で二分した結果だと考えられるのである。
したがって、(G5) (G4) (G3) (G2) (G1) という並び方がどのようなメカニズムで生じているのか『コンピュウターによるシミュレーション解析』をしてみればより明らかである。
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胴体 C 部位の『(F4)胴体部(L3ドア周辺及び上部)』を「毛なし鶏」足下に落とし、それから60メートル東の膝の位置に胴体 B 部位の『(F3)胴体(L2ドア周辺)』を落とした後の『機体の状態』を推測すると、次のようなものである。
『胴体 A 部位の機首・胴体 B 部位の若干と(F4)(F3)の胴体底部・左主翼全体と車輪全部』を保持した状態で、『左主翼を上に向けて、胴体は半捻り右側面を下にしている状態で「(I1)と(I2)を結ぶ直線の中点を90"左へ(Xメートル)、90"上へ(Yメートル)の位置にある。そのコックピットに向かって狙撃したのだ。
「この狙撃」の前に『NO3 エンジン』『NO4 エンジン』を狙撃している。『NO3 エンジン』は、『胴体部 D 』狙撃後150メートル向かいの峰に回り込んだ瞬間に狙撃、『NO4 エンジン』はコックピット狙撃の前という事だと考えられる。
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序・破・急のそれぞれにある『犯罪』
①ー序ーの犯罪は、12分間のボイスレコーダー・フライトレコーダーに記録されているはずの音声などの真実の記録を抹殺していることである。したがって、これと関連付けられる相模湾に落下した垂直尾翼もまた証拠隠滅が行われた。
②ー破ーの犯罪は、23分間の「横田基地」「羽田飛行場」への着陸を妨害し、あきらめさせ、操縦不能のことばをはきださせ、言質をとることで、いずれも『墜落事故』として葬ることに協力しているのである。
③ー急ーの犯罪は、クルーたちは最後に残された手段「ソフトランディング」を見事に成功させた。その『ソフトランディング』を抹殺するために、7発のミサイル狙撃が行われた。この証拠は、「現場検証」で得られた検証資料によって明らかである。事故調査委員会が採用しなかった中にその多くがある。
凍思からの解放を
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真相解明作業をフリーズさせる凍思効果
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大きな混乱や、巨大な悲惨を経験した当事者にとって、取り戻すことができない命とその命とともに歩いていくことのできない時間がそこで凍結してしまっている。だから、ことの事実の真実か虚偽かについて考えることも凍結しているのである。
しかも、当事者でない場合でもその事実について説明されても同じ効果を波及させるようである。その「効果」を積極的に利用してきた冷血な悪魔が居た。「一万人の悪魔」「ロスチャイルド・イルミナティ」である。
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わたしが、そのことに気がついたのは韓国や中国の一部の人々が起こしている『反日』暴動に見出した。いったい何故、今こんなことをやり始めたのかと疑問を持ち、それに対しての日本の側の一部からも激しい『反「反日」』がインターネットで繰り返されていた。還流映画を増やし、孫正義がとうきょうを支配する基盤を整備しているなどの情報が流れるなど、『反「反日」』の如何では「ホロコースト」もありうるのではないかと懸念された。その懸念を発端にして私にとっては、『南京虐殺事件』『ユダヤ人ホロコースト』などの歴史の真実を追究するきっかけとなった。
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そうすると、日本が中世から近世の時代に入ろうとする時期、「織田信長」によって鮮明に浮かび上がったものと江戸幕府が崩壊して明治政府が生まれるときに鮮明に浮かび上がったものがある。「イエズス会」である。布教活動やプラントハンターを若者たちにやらせながら、報告書を書かせて情報収集していたのである。もちろん、一人ひとりの人間同士が通わせてきた信頼関係や学びあいは素晴らしいものであり今日にもそれは生きている。しかし、それを組織的に運用し運営してきた支配組織があったのである。「東インド会社」であり「イエズス会」であった。
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なぜ、中国や、韓国・朝鮮は本当に支配してきたものの歴史が見えていないのであろうか。それはまた、とりもなおさず西欧の人たちにも言えることである。フランスを食い物にしている実像が、ドイツを食い物にしている実像が、イギリスを食い物にしている実像が、アメリカを食い物にしている実像が、イタリアを食い物にしている実像がそれぞれ浮かび上がってきている。そしてまた、日本も食い物にされてきた歴史があり、『食い物にするお手伝いをしている連中がいる』ことをこれから明らかにすることになるだろう。そのひとりが、中曽根康弘である。
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それを絞り込んでいくと、『一万人の悪魔』『ロスチャイルド・イルミナティ』と呼ぶ『世界金融支配体制』に収れんされているのである。
そして、これの実像と歴史を命がけで体を張って調べ上げてきた人々がある。その一部が次のものである。
フリッツ・スプリングマイヤー氏の『イルミナティ悪魔の13血流』、太田龍監訳
ヘンリー・メイコウ氏の『世界を強奪したカルト・イルミナティ』、太田龍監訳
ジョン・コールマン氏の 【 『新版・300人委員会』(上)支配される世界、(下)陰謀中枢の正体、太田龍監訳・『世界最大のタブーロスチャイルドの密謀』太田龍監訳・『タヴィストック洗脳研究所』、太田龍監訳・『9・⒒陰謀は魔法のように世界を変えた』・太田龍監訳・など等】
ダニエル・エスチューリン氏の『ビルダーバーグ倶楽部』、山田郁夫訳、など
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1985年8月2日にデルタ航空191便墜落事故が発生し、
その10日後1985年8月12日に日本航空123便事故が発生した。
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この二つの航空事故の原因を正しく把握すれば、それぞれが「連動した計画的な」『事故に見せかけた大量殺人事件』であることが浮かび上がってくるはずである。
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日本航空123便事故調査報告書は、以前は国土交通省ホームページからPDFで入手できたが、今は安全運輸委員会のホームページ(http://www.mlit.go.jp/jtsb/kaisetsu/nikkou123.html)である。私が、この事件について調べ始めたのは2014年3月からである。当初、関連書籍の入手によって情報を集めていた。私自身の無知もあって、運輸安全委員会ホームページからこの事故の調査報告書がPDF(http://www.mlit.go.jp/jtsb/kaisetsu/nikkou123.html)で入手できるということがわからなかった。だから、事故事件の先入観なく全体像の把握から真実を把握する作業を行ってきた。
関連書籍の情報は、主にボイスレコーダーとフライトレコーダーなどからの情報によって、離陸から墜落までの123便の飛行状況・航跡と時間・クルーの対応を知ることから始まった。
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まづ最初に、18時12分離陸直後から18時24分までの12分間
ボイスレコーダーとフライトレコーダーの記録が抹殺されていることが、事故ではなく事件であることの逆説的証明となっていることがわかった。ー序ー
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つぎに、18時24分高度7200メートルの地点で「なんか爆発したぞ」と認知してから18時47分高度3000メートルまでの23分間、
機長たちクルーは、横田基地や羽田飛行場への着陸を希望して奮闘している姿が航跡にありありと見て取れるのである。それにもかかわらず着陸を許可しないで「操縦不能」の『言質』を取ろうとしていることが見えてきた。のらりくらりとした対応に「これはだめかもわからんね」と羽田への着陸を断念し、「適地を探してソフトランディングする」覚悟を決めた。ー破ー
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さいごに、18時47分から機影消失の18時57分までの10分間
「ソフトランディング」を成功させるために高度2950メートルから急降下し、1800メートルあたりで頭を上げ、標高1600メートルの尾根に後部を滑らせながら左へ旋回して160メートル離れた尾根に全体をよこたへるイメージで居たのであろう。それは、ヴォイスレコーダーの最後の一分に収録されていた。第2エンジンが狙撃、右主翼が切りはなされ、胴体部Dが狙撃され、D席の乗客は広範囲に飛散した。左へ旋回して立ち上がっている左主翼の第3エンジンが狙撃された。胴体部CB間が狙撃・第4エンジンを狙撃、そして過酷な「ミサイル狙撃」でコックピットが粉砕された。のこされた機長の遺体は歯が5本だけであった事がそれを明瞭に物語る。ー急ー
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座席別遺体散乱状況図
機内座席別区分
さて、「座席別遺体散乱状況図」が示している「真実の状況」に出会うまで、わたしは「ボイスレコーダーの声を秒刻みで追っていた。」そして、「離陸から墜落までの航跡とその距離をボイスレコーダーの声と統一的に把握する事を試みた。」そうすると、「序」「破」「急」の分水嶺が見えた。
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「序」垂直尾翼をもぎ取った原因を隠蔽する為のヴォイスレコーダー12分間の抹殺
「破」『生還させないアリジゴク』と『操縦不能』という『言質』取るためだけの23分間
「急」『墜落地点への誘導』の9分間と『ソフトランディング』対『ミサイル狙撃』の1分
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これらから、横田基地や羽田飛行場に着陸する事を事実上拒否され、追い込まれたクルーの決断は、「ソフトランディング」によって「一人でも多くの生存者を出す事」の方法に絞られていった。そのクルー達の苦悩を知った。
ところが、「生存者を出させない」とする、「全員死亡の墜落事故」に固執した「巨大権力の意図」に従う傭兵の「執拗なミサイル攻撃」が最後の一分にも示されていた。それが、ボイスレコーダーの最後の一分から「座席別遺体散乱状況図」につながった。
左旋回急降下プルアップ・ソフトランディングでスゲノ沢に降ろした最後部席
緑色の点が三つある。最後部席担当乗務員の二人と次後部席との間の三人のうちの一人の乗務員である。
黒丸がほとんどであるが、最後部席の乗客144+4人中の142人と見られる。
その中に橙色4っつが生存者である。
この黒丸集団部分を拡大して、よくみると、半黒丸が七つ見える。これは、次後部席の乗客が、図の赤い矢印方向にミサイルが撃ち込まれ、飛ばされてきたものと思われる。
さて、ここでの極めつけは図の左に見える「一つの黄色の点」である。黄色の点は、前部の座席で操縦席の後ろの二階の座席16人と一階の座席48人のうちの一人がここまで飛ばされた事になる。どのような力が働いたらこのような状況になるのであろうか。
そして、半黒丸の「次後部席の乗客は89人」となっているが、そのうち7人は黒丸集団の全域に飛ばされていた。残りの82人が「スゲノ沢」から「北斜面」、「北西斜面手前」、「南斜面」、「第一ヘリポート近く」までの広域に飛ばされているのである。これを少し大きくした図が下のものである。
このような状態を形成する力はどのようなものであるかを考えると、わたしはミサイルを撃ち込んだものと判断しているが、ここにおける一人ひとりの遺体の位置や損壊状況がそれを明瞭に裏付けることを示しているはずである、と考えるのである。たとえば、半黒丸が飛ばされている範囲は次後部席の最後部を頂点にして北西斜面へ110メートル、北斜面全域を通じ第一へリポート付近までの250メートルの三角域にわたって飛散しており、そのうち南斜面にまで飛ばされているのが半黒丸9点と黒丸二点がある。この
黒丸二点が最後部席の144点のうちの二点である。理屈で考えるとわかることであるが、軽いものは遠くまで飛ばない、体のうち比較的重い部分で小さくまとまった部分が遠くまで飛ばされているものと考えられ、それを特定することができるのは遺族であり、群馬県警の検証資料にあるはずである。
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付図 3 墜落現場の状況
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シンプルな核心証拠 1
「No2 エンジン部品散乱」と記入された地域は標高1540メートルから1510メートルに至る約60メートルの長さで幅5メートルほどの広さである。「No2エンジン」に何らかの物体が衝突したことによって「エンジン部品」をはぎ取ったのである。そして、その方向は図の右から左方向であることが図示されている。その散乱地域の右端から左端を通り、No2エンジン本体が落下している標高1450メートル地点を直線で結ぶと約200メートルである。 このことは、『高度2950メートルから急降下し、1800メートルあたりで頭を上げ、標高1600メートルの尾根に後部を滑らせ』ようとしているときに、右主翼のNo2エンジンがミサイルで狙撃された状況を示しているのである。
その後、『左へ旋回して160メートル離れた尾根に全体をよこたへる』つもりのところ「
胴体部 D 」が狙撃され、その位置の乗客・乗務員は『座席別遺体散乱状況図』に見る通り、広範囲の扇状に散乱させられている。狙撃点は扇状のかなめ点となるから見ればわかるだろう。
右主翼とNo1/No2エンジンをもぎ取られ、D 胴体部を粉砕された後の機体が左主翼を立てて尾根をすべる態勢にある。と考えてみる。
「No3 エンジン部品散乱」と記入された地域は左から右の方向へ標高1590メートルから1550メートルにかけて55メートルの長さで幅は3メートルほどの広さである。その地域が始まる地点から、65メートルの位置に、したがってその地域が終わる地点からは10メートルの位置に No3 エンジン本体が落下している。これも No2エンジン部品散乱と No2エンジン本体落下のメカニズムと同じである。ところが、「No3 エンジン部品散乱」の左端に縦に交わっている「エンジン部品散乱」と同じような状況を暗示している図が見える。それは、長さ32メートル幅2,5メートルのひろさである。おそらく上から下に向かってその端が「No3 エンジン部品散乱」の左端に接している。これについて『No4 エンジン部品散乱』という表示こそないけれども、間違いなくこれが『No4 エンジン本体』の落下位置がすぐ近くにあったことを暗示しているのである。群馬県警か調査委員会のいずれかに当初の検証資料にそれを証明するものがあるはずである。
以上に示した「エンジン部品散乱」と「エンジン本体」の落下位置が示しているもののメカニズムは『エンジン本体狙撃』をシンプルに証明している第一の核心証拠である。
証明する証拠は、たくさんあるけれども証明する証拠の証明目的を最初から『圧力隔壁の破壊による事故』に意図的に収れんさせようとして、その他の真実を無視し、あるいは意識的に排除するという処理をしているために『調査報告書』から多くが排除されている。それらの仕業から辛うじてかいくぐって調査報告書に添付された付図に書き込まれたものにそれが示されていたのである。
国家機関の上層部からの強力な指示による『排除・削除』の圧力からかいくぐらせた『知恵の結晶』の『長明効果』がこれである。これが生きている限り『日本は世界一の国』になれる。逆説すれば、この時の政府指導者は『日本をダメにしようとした最低の指導者』であるということなのだ。
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付図 14 残骸分布図ー墜落地点
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シンプルな核心証拠 2
右主翼のほとんどが「ダックスフンド」の地域に落下しているのに、何故右ボディランディングギア(G5)が「毛なし鶏」の首背位置に落下している左主翼の裏側に回り込むのか、群馬県警や対策本部・調査委員会の云う落下の仕方ではあり得ない事である。
、調査報告書、調査委員会の結論にあわせたために、公開されている証拠は少しだけれども対策本部の検証が記し残してくれた検証資料の真実を示す知恵の結晶『長明効果』を拾い上げる事だ。
『付図-14-』 の「毛なし鶏」の首背に次のような順位で『直列に並ぶ五つの車輪の「落下のメカニズム」』が『核心証拠 2』である。
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直列に並ぶ五つの車輪
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位置| 落 下 部 位 |
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(G5) 右ボディ・ランディングギア
(G4) 左ウィング・ランディングギア
(G3) 右ウィング・ランディングギア
(G2) 左ボディ・ランディングギア
(G1) ノーズ・ランディングギア
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そのまま落下した場合に想定されるのは次のような配置である。
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(G3) 右ウィング・ランディングギア
(G5) 右ボディ・ランディングギア
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(G1) ノーズ・ランディングギア
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(G2) 左ボディ・ランディングギア
(G4) 左ウィング・ランディングギア
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以上から見えてくる問題は、(G5)右ボディ・ランディングギアと(G2)左ボディ・ランディングギアの間を切り裂く力が働いた結果である事が明らかである。
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そして、なぜ(G1) ノーズ・ランディングギアが「毛なし鶏」の尾部に落下しているのかという事である。
しかも、ノーズ・ランディングギアは「機首の底部」の大部分と共存しており、その「機首底部」の一部は25メートル上方(北東)にあり、(G2)左ボディランディングギアの10メートル左にある。そして、その「機首底部」の上にあるべき「操縦室の前面計器盤の計器が散乱している場所(I1)」が左下17メートルの位置である。機首の右側は副操縦士席で、その後ろにある航空機関士計器盤の「計器散乱場所(I2)」が(I1)から30メートルはなれた上方の「毛なし鶏」の腹部にある。つまり、コックピットを真二つに切り裂く破壊力が入り込み、機首底部を切り裂きノーズランディングギア(G1)を落とした一発ともう一発が (G5)と(G2)の右と左のボディ・ランディングギアをはね飛ばし(G4)と(G3)の左と右のウィング・ランディングギアの後ろに回り込む形で二分した結果だと考えられるのである。
したがって、(G5) (G4) (G3) (G2) (G1) という並び方がどのようなメカニズムで生じているのか『コンピュウターによるシミュレーション解析』をしてみればより明らかである。
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胴体 C 部位の『(F4)胴体部(L3ドア周辺及び上部)』を「毛なし鶏」足下に落とし、それから60メートル東の膝の位置に胴体 B 部位の『(F3)胴体(L2ドア周辺)』を落とした後の『機体の状態』を推測すると、次のようなものである。
『胴体 A 部位の機首・胴体 B 部位の若干と(F4)(F3)の胴体底部・左主翼全体と車輪全部』を保持した状態で、『左主翼を上に向けて、胴体は半捻り右側面を下にしている状態で「(I1)と(I2)を結ぶ直線の中点を90"左へ(Xメートル)、90"上へ(Yメートル)の位置にある。そのコックピットに向かって狙撃したのだ。
「この狙撃」の前に『NO3 エンジン』『NO4 エンジン』を狙撃している。『NO3 エンジン』は、『胴体部 D 』狙撃後150メートル向かいの峰に回り込んだ瞬間に狙撃、『NO4 エンジン』はコックピット狙撃の前という事だと考えられる。
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序・破・急のそれぞれにある『犯罪』
①ー序ーの犯罪は、12分間のボイスレコーダー・フライトレコーダーに記録されているはずの音声などの真実の記録を抹殺していることである。したがって、これと関連付けられる相模湾に落下した垂直尾翼もまた証拠隠滅が行われた。
②ー破ーの犯罪は、23分間の「横田基地」「羽田飛行場」への着陸を妨害し、あきらめさせ、操縦不能のことばをはきださせ、言質をとることで、いずれも『墜落事故』として葬ることに協力しているのである。
③ー急ーの犯罪は、クルーたちは最後に残された手段「ソフトランディング」を見事に成功させた。その『ソフトランディング』を抹殺するために、7発のミサイル狙撃が行われた。この証拠は、「現場検証」で得られた検証資料によって明らかである。事故調査委員会が採用しなかった中にその多くがある。