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台湾有事とハイブリッド戦争2022/08/24笹川平和財団 特別研究員大澤 淳

2023-07-25 16:35:46 | 連絡
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笹川平和財団
特別研究員
Jun Osawa
大澤 淳
1971年生。52歳。慶應義塾大学法学部1994年卒、同大学大学院法学研究科修士課程1996年修了(法学修士)。
1995年世界平和研究所研究員、2009年同主任研究員、2014年〜2016年内閣官房国家安全保障局参事官補佐(サイバー安全保障担当)、2017年中曽根康弘世界平和研究所主任研究員。
現在、鹿島平和研究所理事、笹川平和財団特別研究員(2022年2月より現職。同年1月まで同財団プロジェクト・コーディネーター)を併任。
2004年〜2006年外務省国際情報統括官組織専門分析員、2007年〜2009年外務省総合外交政策局外交政策調査員、2013年米国ブルッキングス研究所客員研究員(招聘給費)、2012年〜2016年政策研究大学院大学(GRIPS)客員研究員、2017年〜2019年内閣官房国家安全保障局シニアフェローを併任している。
専門は国際政治学(戦略評価、サイバー安全保障)、公共政策(政策分析)。
 最近の著作に、「中国とデジタル覇権の夢」慶應義塾『三田評論』2021年8、9月号、「主戦場となるサイバー空間“専守防衛”では日本を守れない」『Wedge』2021年12月号。「サイバー情報操作の脅威から日本をどう守るのか」中央公論新社『中央公論』2022年4月号。

 
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1.急速に高まる台湾有事への懸念
昨年から急速に台湾有事への懸念が強まっている。
そのきっかけは、2021年3月9日米国上院軍事委員会の公聴会における、共和党のサリバン上院議員の質問に対する、インド太平洋軍


のデビットソン司令官(当時)の証言であり、「2050年までに国際秩序における指導的役割を米国から奪い取る、という中国の野心の前段階として、台湾への(侵攻の)脅威は今後6年以内に顕在化する」という内容であった[1]。
今年に入ってからも、米国のバイデン大統領が訪日時の記者会見で、記者からの「台湾を軍事的に守る意思があるか?」という問いに対して、明確に「YES」と答えた[2]ことが話題となった。
 他方で、台湾への軍事侵攻が実際にどの程度起こりうるかについては、慎重な見方もある。
内政上の理由から、台湾への全面的な軍事侵攻は考えにくい、という中国専門家も多い[3]。
また、デビッドソン元司令官の証言は、予算獲得のための方便である、という見方[4]もある。
 しかしながら、今年2月にロシアがウクライナに軍事侵攻して以降、21世紀の今日においても、大国が軍事力を用いて侵略し、現状変更を迫ることがある、という事実が日本国民の間に広く浸透している。
日本経済新聞社の世論調査でも、台湾有事に備えるべきという回答が9割に上っている[5]。
また、昨年から日米両国のシンクタンクでは、台湾有事を想定したシミュレーションも数多く行われている[6]。
このようなシミュレーションでは、ウクライナ戦争における状況を受けて、キネティックな戦闘だけでなく、グレーゾーン段階からのサイバー空間における攻撃も想定されている。
 本稿では、台湾有事が万が一にも発生した際に、どのようなことが起きうるのかについて、ウクライナ戦争での教訓や、中国の将来戦構想を元に、頭の体操的に考えてみたい。
2.ウクライナにおけるハイブリッド戦争
ウクライナ戦争では、ロシアによる本格的な「ハイブリッド戦争[7]」が行われている。
ロシアによるハイブリッド戦争は、図1で示したように、三段階で行われている。

第1段階は、戦闘が始まる遥か前の平時から行われる情報戦・心理戦である。情報戦は、ディスインフォメーションを流布することによって、相手の社会分断や政府機関の信用失墜を企図する、情報操作型のサイバー攻撃[8]によって行われる。
今回のウクライナ戦争では、ロシア寄りのヤヌコビッチ政権が崩壊して以降、親欧のウクライナ政府の信用を失墜させる目的で、ウクライナ政府がネオナチでありロシア系住民を弾圧している、という偽の言説がロシア側から流布されていた。 
①ー1さらに、開戦の直前には、「ウクライナの国境からロシア軍部隊が撤退した」、「ロシア政府は外交努力を続ける」など、ウクライナに侵攻しないという虚偽情報をロシアは出し続けた。
①ー2また、軍事侵攻後には、ウクライナ国民の士気をくじく目的で、「ゼレンスキー大統領はキエフから逃亡した」という虚偽のニュースを流布し[9]、3月中旬にはディープフェイク(AIを用いた人物画像・動画合成技術)を用いて、ウクライナの人々に降伏を呼びかけるゼレンスキー大統領の偽動画がtwitterやYouTubeで拡散された[10]。
国際社会に対しても、広範な情報戦が行われている[11]。
その最たるものが、「今回のウクライナ危機の原因はNATOの東方拡大にある」、というものである。
ロシアの行動を正当化するこのような言説の流布は、欧米以外の地域では、影響力を持ちつつある。
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中国の非科学的な「日本の水産物輸入規制強化」 日本政府は国際世論に訴えるべき2023-07-21松井孝治
https://blog.goo.ne.jp/globalstandard_ieee/e/0c25571d47414da0085042aeecd2938a
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➁第二段階のサイバー戦では、実際の戦闘が起こる前に、ウクライナに対して3波にわたるサイバー攻撃が仕掛けられた[12]。
この段階では、ウクライナ国内の電力網や通信網などの重要インフラに麻痺を起こし、政府機能を混乱させ、相手の継戦意思を失わせることが目的であった。
第1波は、1月中旬にランサムウェアを装ってサイバー攻撃が行われた。ウクライナの政府機関のウェブサイトが改竄され、「最悪の事態を恐れろ」というメッセージが映し出された。
第2波は2月15日に発生した。
ウクライナの外務省、国防省や軍、国営商業銀行PrivatBankおよび国営貯蓄銀行OschadBankに対して通信を妨害するDDoS攻撃が行われた。
これにより、モバイルバンキングが使えなくなり、ATM(現金自動預払機)から現金の引き出しができなくなった。
第3波は軍事侵攻の直前の2月23日に発覚した。ウクライナ国内の官民のコンピューターを破壊するために、機能破壊型のマルウェアが送り込まれており、金融、防衛、航空、通信などでマルウェアHermetic WiperがMicrosoftにより発見された。
第3波の攻撃は重要インフラを止める直前で対策が取られ、被害が局限化されたため、サイバー攻撃による大きな被害はでなかった。
 2月24日に軍事侵攻が始まると、軍の指揮通信系統を標的として、これを寸断して麻痺させる事を企図したサイバー攻撃が行われている。
軍事侵攻に付随して、ウクライナのインターネット基幹網、ウクライナ軍が利用するKaバンド通信衛星に対するサイバーと電磁波を組み合わせた妨害が行われた[13]。
また、GPSに対する電磁波を用いた妨害も局所的に発生している。
このように、ウクライナ戦争においては、有人戦闘機、戦車・火砲などの従来装備による戦闘と同時に、宇宙、サイバー、電磁波などの新領域における戦闘が行われ、「ハイブリッド戦争」を優位に戦えるかどうかが、戦場での優劣を決する状況になってきている。
 3.人民解放軍で重視される制脳権:認知領域の戦い


「ハイブリッド戦争」や情報戦はロシアだけのお家芸ではない。
中国もまた、孫子以来の「戦わずして敵を屈服させる」戦略を最上級のものとしており、有事の際には、心理戦、輿論戦、法律戦の三戦で、軍事的に戦う前に勝つことが、人民解放軍の戦略とされてきた。
2003年と2010年に改訂された人民解放軍政治工作条例[14]では「輿論戦、心理戦、法律戦を実施し、瓦解工作、反心理・反策反工作、軍事司法および法律服務工作を展開する」とされている[15]。
2013年以降、中国はこれを一歩進めて、認知空間の戦闘で勝つという「制脳権」という概念を打ち出している。
この「制脳権」は、敵の状況把握能力を弱体化・喪失させる「認知抑制」、虚偽情報により敵の意思をくじき、誤った判断を導く「認知形成」、敵の意思決定メカニズムを改ざんする「認知支配」の考え方から成っている[16]。
有事が近づけば、中国は躊躇無く情報戦を行うであろう。
 中国は、軍事戦略として「情報化戦争」における勝利を標榜し、2015年12月に人民解放軍を組織改編し、情報戦、サイバー戦、宇宙戦、電子戦を担当する部隊を統合して、戦略支援部隊を編成した。
同部隊は17万5千名を擁し、このうち3万人がサイバー攻撃要員といわれている[17]。また、これ以外にも、数万から十数万のサイバー民兵が動員可能であるとされる。 
4.台湾有事で想定されるハイブリッド戦争
「ハイブリッド戦争」の第1段階は、すでに始まっているのかもしれない。
台湾においては、2016年以降、総統選挙、国政選挙、地方選挙において、特定の候補を応援する意見の大量流布や、SNS上で反中候補者を攻撃する大量の投稿がなされるなど、民主主義プロセスに対する情報操作型のサイバー攻撃が発生している[18]。
そのサイバー攻撃の目的は、大陸と距離を置こうとする民進党の候補者を選挙において追い落とし、大陸との関係を強化しようとする国民党の候補を支援するものであった。
大陸からの選挙に対する干渉を受けて、台湾では2021年1月に「反浸透法」が施行され、反浸透法では、国外の敵対勢力による選挙運動やロビー活動が禁止され、また、中国による情報戦を念頭に、選挙に関連した虚偽情報の拡散も禁止された
長年台湾に対しては、上記のような、中共統一戦線工作部を中心とした台湾統合の試みが行われてきたが、2021年に、「台湾の愛国統一力量を発展させる」という表現が統一戦線工作条例に登場した[19]。
統一戦線部を中心とした対台湾工作が目論見通りに運ばず、台湾の平和的統一の希望が潰えた場合、武力を用いた台湾統一の「特別軍事作戦」を決定する可能性が高くなる。
実際に有事が近づいてくれば、台湾でもウクライナと同様の「ハイブリッド戦争」が展開されることが、想像に難くない。
①第1段階の情報戦・心理戦では、フェイクニュースを含むディスインフォメーションの流布によって、台湾政府の信頼失墜や台湾社会の分断を図ると共に、日米を含む第3国の介入を牽制するため、日米や国際社会に対して、経済関係を人質にすることを示唆する情報戦をしかけるであろう。
いよいよ、武力攻撃が近くなれば、中国国内向けに武力行使を正当化するために、「日米にそそのかされた台湾の政権が中国からの独立を企図している」為、中国はやむにやまれず武力を行使せざるを得ない、という言説(ナラティブ)の流布を行うと思われる。
  その上で、
➁第2段階のサイバー戦は、ウクライナの轍を踏まないように、台湾と国内外の通信を徹底的に遮断し、国内の通信を麻痺させ、台湾の政府機能や重要インフラを麻痺させるため、より烈度の高い攻撃を仕掛けてくるであろう。
台湾と域外の通信のほとんどは、海底ケーブルを通じて行われており、ケーブルの陸揚げ地点は、台北近郊の八里、淡水、頭城、高雄近郊の枋山の4カ所である。
この海底ケーブル


と台湾の中華電信の運営する衛星通信は、真っ先に電磁波とサイバー、物理的な攻撃を受けるであろう
台湾有事の際には、日本も「ハイブリッド戦」に巻き込まれることになる。
中国は米国による台湾支援を牽制するため、日米両国の国内における混乱を狙い、電力などの重要インフラ、通信、クラウド・センターなどを標的として、機能妨害型のサイバー攻撃を仕掛けてくる可能性がある。
日本の備えはサイバー領域で立ち遅れているが、台湾有事を想定した場合、国家の存立を揺るがす安全保障上の極めて重要なサイバー領域での体制整備は、何を差しおいても取り組むべき最重要課題なのである。
(2022/08/24)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Hybrid warfare in a Taiwan contingency
脚注
  1. 1 Committee on Armed Services United States Senate, Hearing to receive Testimony on United States Indo-Pacific Command in review of the Defense Authorization Request for Fiscal Year 2022 and the Future Years defense Program, March 9, 2021.
  2. 2 U.S. White House, “Remarks by President Biden and Prime Minister Kishida Fumio of Japan in Joint Press Conference,” May 23, 2022.
  3. 3 例えば、川島真東大教授、松田康博東大教授への以下のインタビュー記事を参照。
    (川島教授)森 永輔「台湾有事が当面は起こらない2つの理由」『日経ビジネス・オンライン』2021年6月21日。
    (松田教授)森 永輔「台湾武力統一は今後10年考えにくい」『日経ビジネス・オンライン』2021年8月24日。
  4. 4 小川和久「台湾有事、その表層的な情報に踊らされてはいけない」『時事ドットコムニュース』2021年11月7日。
  5. 5 日本経済新聞「台湾有事「備えを」9割超 「現行法内で」50%、「法改正を」41%・・・本社世論調査、「反撃能力」保有賛成60%」、2022年5月30日。
  6. 6 例えば、笹川平和財団『2020年度TTX(Table Top Exercise)報告書:サイバー攻撃に端を発する台湾危機における日米共同対処の課題』2022年4月。
    日本戦略研究フォーラム『第1回政策シミュレーションの成果概要: 徹底検証: 台湾海峡危機 日本はいかに抑止し対処すべきか』2021年8月。
    Stacie Pettyjohn, Becca Wasser, and Chris Dougherty, “Dangerous Straits: Wargaming a Future Conflict over Taiwan,” CNAS, June 15, 2022.
  7. 7 ハイブリッド戦争については拙稿「主戦場となるサイバー空間“専守防衛”では日本を守れない」『Wedge』2021年12月号、pp.24-27を参照。
  8. 8 情報操作型サイバー攻撃については拙稿「サイバー情報操作の脅威から日本をどう守るのか」中央公論新社『中央公論』2022年4月号、pp.154-161を参照。
  9. 9 例えば、ロシアのタス通信の2月26日付けニュース “Zelensky hastily fled Kiev, Russian State Duma Speaker claims,” Tass, February 26, 2022.
  10. 10 Jane Wakefield, “Deepfake presidents used in Russia-Ukraine war,” BBC News, March 18, 2022.
  11. 11 European Commission, “Disinformation About Russia's invasion of Ukraine - Debunking Seven Myths spread by Russia,” January 24, 2022.
  12. 12 ウクライナに対するサイバー攻撃については“Special Report: Ukraine An overview of Russia’s cyberattack activity in Ukraine,” Microsoft, April 27, 2022.https://query.prod.cms.rt.microsoft.com/cms/api/am/binary/RE4Vwwdを参照。
  13. 13 軍事侵攻に伴うハイブリッド戦に関しては、拙稿「将来戦を見据えた新領域整備を」産経新聞社『正論』2022年8月号、pp.84-91を参照。
  14. 14 「中国人民解放軍政治工作条例」第14条18項
  15. 15 航空自衛隊幹部学校戦略研究グループ「中国による三戦の定義等およびエア・パワーに関する三戦の事例」航空自衛隊幹部学校編『エア・パワー研究』第2号、pp. 114-124。
  16. 16 飯田将史「中国が目指す認知領域における戦いの姿」防衛研究所『NDISコメンタリー』第177号、2021年6月29日。
  17. 17 防衛省『防衛白書(令和3年度版)』p. 140。
  18. 18 笹川平和財団安全保障事業グループ『「我が国のサイバー安全保障の確保」事業政策提言:“外国からのディスインフォメーションに備えを!~サイバー空間の情報操作の脅威~”』2022年2月、pp.12-13を参照。
  19. 19 福田円「習近平政権の対台湾工作-その現状と展望」日本台湾交流協会『交流』No. 961、2021年4月 。
  20. 12 ウクライナに対するサイバー攻撃については“Special Report: Ukraine An overview of Russia’s cyberattack activity in Ukraine,” Microsoft, April 27, 2022.https://query.prod.cms.rt.microsoft.com/cms/api/am/binary/RE4Vwwdを参照。
  21. 13 軍事侵攻に伴うハイブリッド戦に関しては、拙稿「将来戦を見据えた新領域整備を」産経新聞社『正論』2022年8月号、pp.84-91を参照。
  22. 14 「中国人民解放軍政治工作条例」第14条18項
  23. 15 航空自衛隊幹部学校戦略研究グループ「中国による三戦の定義等およびエア・パワーに関する三戦の事例」航空自衛隊幹部学校編『エア・パワー研究』第2号、pp. 114-124。
  24. 16 飯田将史「中国が目指す認知領域における戦いの姿」防衛研究所『NDISコメンタリー』第177号、2021年6月29日。
  25. 17 防衛省『防衛白書(令和3年度版)』p. 140。
  26. 18 笹川平和財団安全保障事業グループ『「我が国のサイバー安全保障の確保」事業政策提言:“外国からのディスインフォメーションに備えを!~サイバー空間の情報操作の脅威~”』2022年2月、pp.12-13を参照。
  27. 19 福田円「習近平政権の対台湾工作-その現状と展望」日本台湾交流協会『交流』No. 961、2021年4月 。

 


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