goo blog サービス終了のお知らせ 

世界標準技術開発フォローアップ市場展開

ガラパゴス化から飛躍:小電力無線IEEE802規格開発会議・・・への寄与活動拡充

「拉致は日本が自らの力で解決する問題」被害者家族の訴えを政治家は聞いているのか2017/8/27産経#中村昌史

2023-11-18 16:38:13 | 連絡
拉致被害者奪還への一手となるのか-。
北朝鮮が核・ミサイル開発を加速させ、朝鮮半島の緊張感が高まる中、8月21日に政府の招きで家族や支援組織のメンバーらが内閣府に集まり、北朝鮮への独自制裁の強化策などが説明された。
長い時を耐える家族


は拉致問題の解決を信じて、静かに情勢を見つめている。(社会部 中村昌史)
〇「日本は甘く見られている」 拉致問題解決へ打開策は
「拉致被害者を救うための運動を始めてから20年がたちました。
なぜ、まだ解決できないのか不思議だ」
 8月21日、内閣府で多くの報道陣に囲まれた横田めぐみさん(52)=拉致当時(13)=の母、早紀江さん(81)は静かに語った。
表情には怒り、悔しさ、悲しみが入り交じり、疲れ切っていた。
 この日、内閣改造で約2年間務めた拉致担当相に留任した加藤勝信氏は家族らの前に立ち、こう話した。
「一刻の猶予もならないという切迫感をしっかり共有させていただきたい」
 家族会と救う会は2月、今年中の全拉致被害者の救出を求める運動方針を掲げた。
加藤氏はこうした経緯をあげた上で「帰国の具体的な道筋を見いだせず申し訳ない」と現状をわびた。
 また被害者、家族がともに高齢化する中、再会に残された時間が限られる厳しい現状を踏まえ、期限を区切って解決を求めた家族会の思いを「しっかり共有する」とも述べた。
政府は国内外の北朝鮮の資産凍結対象を拡大。関連する第三国の船舶を対象に規制を強化するなど、独自制裁をさらに進める。「
厳しい圧力をてこに、1日も早い被害者帰国へ、あらゆる政策を駆使する」加藤氏はこう強調した。
家族からは厳しい意見もあがったという。
 「『全員をすぐに帰せ』という交渉が必要。調査や報告はいらない」
「日本には真剣に対応せずとも良いと甘くみられている」
「外交努力が不十分では」
「国際社会で拉致問題は理解されていないのではないか」
 政府側は外相級や実務者レベルそれぞれで、北朝鮮側に拉致問題を投げかけていると説明。
朝鮮総連幹部らを日本に再入国させないなど、人的・物的往来を含めさまざまな形で制裁を強めていることを訴えたが、被害者帰国という結果を切望する家族にとって、現状は腑に落ちない。
 「状況がまったく、何も分からない。ただただ戸惑っている…」。
早紀江さんの言葉がすべてを象徴していた。
 一方、この日の説明会には北朝鮮による拉致の可能性が排除できない「特定失踪者」家族会も参加した。
 独自制裁実施など折を見て政府は説明会を開いてきたが、特定失踪者家族会が参加するのは初めてのことだ。
5月、家族会が発足したことなどをきっかけに初めて参加が決まった。
「ようやく呼んでいただいたが、特定失踪者の家族は不満をぶつける場所さえなかった。
政府の方々はわれわれの心情を知っていただきたい」。
特定失踪者家族会の大沢昭一会長(81)はこう力を込めた。
警察当局は過去に行方不明になった900人近くの人について、拉致の可能性が排除できないとして捜査・調査を進めている。
政府の認定がなく、失踪の理由も判然としない中で多くの家族が今も苦しんでいる。
〇平和な日本、静かな故郷 拉致された弟に見せてあげたいものは
 日本は今年も猛暑の夏を迎えた。39年前の昭和53年7〜8月、福井、新潟、鹿児島各県で交際していた若い男女らが相次いで失踪した。
55年に産経新聞が「3アベック失踪」と拉致容疑を報じた事件。
北朝鮮が平成14年に拉致を認め謝罪するまで真相は闇の中で、家族はもだえ苦しんできた。
 鹿児島では8月12日、市川修一さん(62)=同(23)=と増元るみ子さん(63)=同(24)=が拉致された。
 3アベックのうち、地村保志さん(62)、富貴恵さん(62)夫妻と蓮池薫さん(59)、祐木子さん(61)夫妻の2組は14年に帰国。
だが、北朝鮮は市川さんと増元さんを死亡と説明し、帰国は実現していない。
市川さんの兄、健一さん(72)は「修一を平和な故郷・鹿児島に早く迎えてあげたい」と語る。
平成9年、拉致被害者の家族会設立の当初から参加。
拉致問題の激動を目の当たりにしてきた。
 「拉致は日本が自らの力で解決する問題。
国や政治家に本気度がなければ道は開けない。
『生命』の問題だということを、真剣に考えていただきたい」
 昭和53年7月、鹿児島県鹿屋市にある市川さんの実家は「スーパー市川」を開店した。
市川さんも準備を手伝い、記念セールではレジにも立った。
「だから、地元の皆さんも修一のことをよく覚えているんですよ」。
健一さんは懐かしそうに語る。その直後、市川さんは拉致された。
 拉致問題をめぐる北朝鮮の説明には数々の嘘が発覚している。
息子の生存を信じて帰国を待ちわびた父、平(たいら)さん=当時(99)=は平成26年に、母のトミさん=同(91)=は20年に他界した。
「本当に会いたかっただろうね。本当に…」。
健一さんの唇は震え、目には涙がにじんでいた。
平さん、トミさんが老いる中で平成19年、思い出が詰まったスーパーは静かに閉店を迎えた。
隣接した敷地に住居を新築し、地元住民の生活を支えた店舗は今、更地になっている。
 健一さんは「本当は帰国した弟に店を見せてあげたかったんだけれど。あまりにも時間がたちすぎてしまった」と嘆息した。今、当時の面影を残すのは敷地内に残された桜の木だけとなった。「毎年、花を咲かすんですよ。修一が見たら、喜んでくれるかな」 
 健一さんは8月21日、政府の説明会に参加し、静かに聞き入っていた。「どれだけ状況が厳しくても、突然、パッと道が開けることがある」。
平成14年の拉致被害者帰国を頭に浮かべつつ、こう続けた。
「『やっている』というポーズはもはや必要ありません。
家族にとっては、被害者帰国という結果だけが望みです」
 拉致事件が発生した鹿児島県日置市の吹上浜で10日、解決を呼びかけるビラ配りを行った増元るみ子さんの弟、照明さん(61)もこう語った。
 「国会で拉致や北朝鮮の核・ミサイルがどれだけ真剣に議論されているか。国民の命に直結する議論をしていただきたい」






最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。