:::
西田 亮介
日本大学危機管理学部教授、社会学者
西田 亮介(にしだ・りょうすけ)
日本大学危機管理学部教授。
博士(政策・メディア)。
専門は社会学。
慶應義塾大学総合政策学部卒業。
同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。
同後期博士課程単位取得退学。
東京工業大学准教授を経て現職。
著書に『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『17歳からの民主主義とメディアの授業 ぶっちゃけ、誰が国を動かしているのか教えてください』ほか多数
:::
【西田亮介の週刊時評】重なってみえるのは維新の創成期
■参院選が終わり、政局へ
2025年7月20日に参議院議員通常選挙が行われた。
結果は既知のとおり、
自公大敗(それぞれ62→39、公明14→8)。
連立過半数を割り込み(自公で122)、
国民民主党と参政党が躍進(それぞれ4→17、1→14)、
立民、維新、れいわがほぼ横ばい(22→22、6→7、2→3)、
日本保守党やチームみらいが新たに議席を獲得した(2、1)。
N党と再生、誠真などは議席を獲得できなかった。
衆院は自公が過半数を割る少数与党状態。
類例の少ない予算の修正が行われるなど、重要法案の審議に難しい舵取りが求められた。
日本の参議院は政権の安定運営の要であり、過去の政権交代でも先行する参議院選挙における敗北がトリガーとなっていることもあって、今回の参院選は「事実上の政権選択選挙」と目されていた。
そうした事情もあって「自公で改選過半数」という、
見方によっては低い目標が掲げられることになった。
ところが選挙戦中盤から自公にとっての情勢は日増しに悪化。
非改選も含めた過半数維持の可否が焦点となった。
結果として、自公大敗。開票と同時に、過半数維持が難しいことが伝えられた。
公明党も含めて多くの有力与党議員が落選している。
特に先の衆院選も含めて、将来を担うと目された若手、中堅議員が数多く落選した公明党の傷は深い。
選挙区の現職議員が落選しているだけになおさらだ。
石破総理は即座に続投を表明するも、23日には総理経験者らと異例の会談。
その前後から、責任論と「8月末退陣不可避」言説が飛び交い、石破総理本人は否定するが、急速に政局の雰囲気が色濃くなっている。
並行して、日本経済とその先行きに深刻な影を落としてきた日米関税交渉が、トランプ大統領の「15%で妥結」ツイートで唐突に幕をおろした。
カナダやメキシコといったアメリカと自由貿易協定を結ぶ国々よりも低い水準で、不透明な部分は残るが、一定評価することができるはずだ。
自公国、自公維、自公立と多様な三党合意を駆使してなんとか乗り切った通常国会のような手法はそう何度も使えないのではないか。
ガソリン減税の期限などを巡って野党各党のメンツを丸潰しにしてきたからだ。
いよいよ本格的な政局にも思える。
■台風の目になった参政党
ところで、やはり台風の目になったのは参政党というほかない。
これは良し悪しではない。
結果を直視するべきだ。
報道やネットにおける参政党を論評する言説には「ポピュリズム」「排外主義」「差別」といった表現による批判が飛び交っている。
◎日本の新たなポピュリズム 新自由主義から右派にシフト - 日本経済新聞
◎玉川徹氏「ついに日本でも典型的なポピュリズム政党が支持を集めるようになってきた」参政党の大躍進に(スポニチアネックス)
言うまでもないことだが課題は少なくない。
憲法草案などにも立憲主義や基本的な権利の観点でも数多の課題があることは明らかだ。
ただし、
筆者らが神谷氏に尋ねたところ、
あくまで「素人が何度も集まって作った叩き台のようなもので、
今後も修正が続けられる」とのことだった。
◎【神谷宗幣vs高橋弘樹】参政党にNG無し質問!【西田亮介vs参政党】 ReHacQ
だが、「SNS中心のポピュリズム政党」などとステロタイプに軽んじていると、むしろその実情を見誤ってしまうのではないか。
参政党のホームページ
によれば、
本稿執筆時点で参政党には所属議員が173名いるという。
国会議員が18名(衆議院3名、参議院15名)、地方議員が155名という内訳だ。
総務省の「地方公共団体の議会の議員及び長の所属党派別人員調等」によれば、
2024年末の国民民主党の地方議員は194人というから、
そこに迫る勢いだ(立憲民主党や自民党などは1000人を超える)。
地方議員の存在は24時間、365日専業として政治活動、選挙運動に従事する人員がいるということで、当然活動量が増加する。
さらに今回、多くの議席を獲得した参議院は任期6年で、途中の解散がない。参議院議員も単独で(予算なし)法案を提出できる数を確保している。
これでも「SNS中心のポピュリズム政党」といえるだろうか。
筆者はそうは思わない。
有権者と巨大政党を警戒させないため、
あえてそのようなポジションをとっているようにも思えてくるが、
実態は「SNSも得意な、根が生えた本格政党の萌芽」に近いのではないか。
■重なってみえる維新の創成期
筆者が重なってみえるのは維新の創成期である。
テレビで有名だった橋下徹弁護士と、大阪自民党の改革派が合流した産物だ。
橋下氏は物議を醸す過激な言説と知名度を背景に、大阪という地方を変えるために日本維新の会を設立して国政にも働きかけることで、
少数政党ながら大阪都構想に必要な大都市地域特別区設置法を成立させ、
住民投票に漕ぎ着けた。
日本の政治システムは政党優位、現職優位が知られる。
政治的挑戦者が勢力を拡大するためには、過激な言説や、グレーゾーンを突いた戦術が必要なのかもしれない。
参政党にも重なって見えてくる。
2025年参院選の参政党には少なくとも3つのハックが認められる。
①「ポピュリズム政党に見せかけるハック」
➁「人気政策を提示するハック」
➂「トレンド・セッティングというハック」の3点である
① 一つ目は、前述のとおり、
参政党は確信犯的に「ポピュリズム政党」というラベルに甘んじているように思われる点である。
➁二つ目は人気政策の提示である。
参政党は実は減税や子育て支援、自主憲法など、有権者の関心が高いとされる多くの「人気政策」を幅広く網羅的に掲げている。
◎参政党「参政党の政策」
人気政策を網羅して主張するとどうなるか。
最近、有権者のあいだで「ボートマッチ」が人気である。
投票に行くという学生からもその利用をよく耳にする。
新聞社やNPOなどが提供している、
アンケートに答えることで、
政策的志向性と近しい政党を推薦するサービスである。
無償で提供されていることがほとんどだ。
このボートマッチを使うと、参政党は総じて国民民主党や自民党と近しい傾向で表示されるようだ。
自民党や国民民主党と並ぶ「本格政党」として選択肢に並びやすくなっているのではないか。
➂第3に、外国人問題を主要な争点として設定し、他の政党もこの問題に言及せざるを得ない状況を作り出した。
一般に議題設定(アジェンダ・セッティング)と言われるが、
突如として外国人問題についての世間の関心が高まった。
虚を突かれた格好の各政党も政策へ追加し、
政府も急遽対策を表明するなど対応に追われたし、
国民民主党においては関連する主張を修正せざるをえなくなった。
言い換えれば、参政党が作り出したトレンドに完全に追い込まれた格好だ。
減税といった主要政策では差別化が困難ななかで、
先行してマイナーな論点を通じて差別化を打ち出したといえる。
ハックを肯定しているわけではないが、
表層やステロタイプだけではなく、
実態や戦術を読み取り、理解してこそ正しく批判できるのではないか。
■投票率に続いて上げるべき「投票の質」
先週の本稿では、有権者の投票パターンがハックされる現状と政策主張が変化するなかでの政治的選択の難しさを取り上げているが、まだ他にもいろいろな組織化や資金源などに多様なハックが存在するようにも思われる。
◎新興勢力が沸きに沸く参院選、私たちは何を基準に1票を投じるべきか?シングルイシュー重視で見落とされがちな観点 【西田亮介の週刊時評】| JBpress
今回の参議院選挙は、物価高騰、深刻化する少子高齢化、そして変化する国際情勢を背景とした安全保障政策など、日本が直面する喫緊の課題に対し、国民がどのような判断を下すかが問われる重要な機会となったが、どうも争点として明確になった気はしない。
改めて概観してみたい。
各政党や候補者が掲げる政策は多岐にわたり、
その解決策も一様ではない。
こうした複雑な状況下で、
有権者がいかにして自身の考えを代表する人物を政治家として選び出すか、
そのプロセスそのものが民主主義の成熟度を測る指標といえるが、
現実にはとても難しい選択の構造になっていることが明らかになったし、
その構造自体がハックされようとしているようにも思われる。
かつて有権者が候補者情報を得る手段は、
演説や政見放送、新聞、テレビ報道など限定的であった。
しかし現在では、インターネットを通じて、政策ごとの詳細なスタンスの違いを一覧で比較したり、
「ボートマッチ」のように自身の政治的立ち位置を「客観的」に把握したりできるようになった。
ところが、こうした情報提供が全ての有権者に届き、「有意義」な政治参加を喚起できるかは別の課題である。
今回の参院選で投票率は上がった。次は「投票の質」を上げる必要がある。
政治と政治力学が不安定であることから、
直近で公選法改正などを期待することは難しい。
それほど遠くないうちに、
いよいよ本当の政権選択も行われるかもしれない。
そのとき表層だけを批判する言説をメディアが流通させているだけなら心許ない。
選択の素材を適切に提供するだけではなく、選択の難しさとその背景も掘り下げるような記事を読みたいがどうか。