喜多圭介のブログ

著作権を保持していますので、記載内容の全文を他に転用しないでください。

哲学とは何か

2007-01-01 19:44:42 | 宗教・教育・文化

哲学とは何か、ぼくなりの言葉で表すと自分探しということになるのだけど、これではあまりにも安っぽく聞こえるので、もう少しまともなことを書く方がいいかもしれない。中学2年生頃から武者小路実篤の人生論のようなものを愛読したせいで、亀井勝一郎、堀秀彦の著作へと発展していった。亀井勝一郎の人生論には影響を受けたが、堀秀彦は薄っぺらな印象だった。中学3年生になると書店で見付けた定価50円の雑誌「人生手帳」を毎月購読した。この雑誌の内容は働く青少年向け人生論といったもので、文理書院から発刊されていた。

 

ここから哲学の文庫本を書店で探すようになった。ヤスパース著『哲学入門』、ウィル・デューラント著『西洋哲学物語』上下、三木清著『哲学ノート』、西田幾太郎著『善の研究』、ショウペンハウアー著『自殺について』、モンテニュー著『随想録』全巻などを、二十歳になるまでには読んでいた。京都山科の一燈園の西田天香の書いた物なども読んでいた。それで中学校を出ると一燈園に入門しようと夢想したこともあった。


哲学は自分探しなんだから、とくべつ大学で学問するようなものではないのだが、紀元前7世紀ごろの古代ギリシアから始まっており、哲学という表現を最初に用いたのはピュタゴラスである。ソクラテス、プラトン、アリストテレスといった人物が自分探しを始め、その後今日まで様々な哲学者による自分探しがあるわけだから、これらの学者によって何が見付かり、何が見付かっていないかを知識的に整理する意味では大学の哲学科に学ぶのも価値のあることだが、そこで学んだからといって自分が見付かるものでない。将来大学に残って哲学を教えたり、哲学概論の書物を書いてみたいというヒトには向いているだろう。

 

学問以外の形で自分探しをするヒトの動機は、自分が生きていることの意味を問うところから始まっているのでないか。少なくともぼくはそうだ。小学高学年から厭世観のあるぼくにとっては、生きる意味を問うことは三度の食事よりも重要なことで、生きる意味が無であれば生きていることはないのであるから、三度の食事も必要なくなるのである。いわばぼくにとって哲学は死活問題である。

 

とはいえ哲学書を読むと自分探しは大雑把に分けると、科学者のように外観から調べ上げる方法と宗教家のように内観から調べ上げる方法とがある。外観からとなると最小限医学の学問を必要とする。内観からだと悟りの修行なるものが必要。凡人なまくらなぼくにはどちらも無理そうで、もう少し飛び越えられそうなハードルの低い方法を見付けなければと思案していたら、30歳頃に自然と文学表現に落ち着いてきた。何も見付からなければ鬱に陥るか狂人になるしかなかったであろうが、子どもの頃からの読書好きが幸いしたのかもしれない。

 

ぼくがオプティミストなのは武者小路実篤の理想主義、楽天主義と「人生手帳」の影響が大きい。昨今は社会主義を志向する風潮が薄れているが、5、60年代はそうでなかった。「人生手帳」はこの頃に発刊され、左翼系の哲学者、評論家、文学者が青少年向きに執筆した唯物史観、唯物論の解説を載せていた。宗教のような観念論よりも先にこの思想に触れておいたことが、右往左往の観念の渦巻きの中でノイローゼになったり、無批判に狂信的組織に近付いたりすることを制御するブレーキの役割を果たしてくれた。物事を一応客観的に眺める性向となったが、だからといって現世を唯物史観、唯物論の観点からだけ観ているのでもない。

自分探しは、底なしの井戸を掘り進んでいるような気分のものである。デカルトの「我思う故に我あり」という言葉に、なるほどと納得しかかっていたら、その我とは何のことやということになり、モンテニューの「世界で最大のことは自分自身を知ることである」は、一筋縄では行かないことに気付く。

ぼくなりに自分がわかる頃とは、おそらく命の灯の消滅する寸前でなかろうかと想像してみる。そのとき、ぼくはこんな風に生きた自分に結構満足しているのではないか。